二幕・黄泉比良坂へ小旅行

 現世から異界である黄泉国へ行くためには、現世と黄泉国の境界である黄泉比良坂を通らなければならない。

 黄泉比良坂はS県に存在するとされているが、僕たちがいるのは、そこではない。

 本来、千曳のちびきのいわという千人がかりで動かす大岩により封じられている黄泉比良坂の場所を口にすることはできない。

 

 真田くんは、黄泉比良坂を一目見て驚いたような顔をして、周りを興味深そうに見まわしている。

 死者の国である黄泉国へ続くと言われたので、もっとおどろおどろしいものを想像していたのかもしれない。

 実際の黄泉比良坂は、山を削って作られたニュータウンと呼ばれ、持て囃(はや)された住宅街の中にある。

 遠くから踏切のカンカンという音が聞こえる。それ以外の音は聞こえない。

 昭和末期から平成初期には輝きのピークを迎え、今はただ滅びるのを静かに待つ鉄筋コンクリート製の住宅や団地が立ち並ぶ住宅街の中を僕たちは歩く。


「あれ? もう夕方になっている……」

 

 真田くんは呟いた。

 

「黄泉比良坂は、いつもいつまでも黄昏時たそがれどき……。逢魔がおうまがどき大禍時おうまがどきでございますわ。クフフフ。昼が終わり夜の気配が漂い始める時間帯でございます」


 僕たちの前を歩く花廻り屋八雲さんが振り返り、わざわざ驚かすようなことを言う。

 ただ、黄昏時のせいか、あの美しい花廻り屋八雲さんのご尊顔が薄暗くて判別できない。暗くて他人の顔が判別しにくくなり、「誰ですか?」と訊きはじめたのが、黄昏時の語源とか。

 いつの間にか皆から逸れないように、いつの間にか何かを連れてきてしまわないように、僕は注意を払う。

 花廻り屋八雲さんは、四ツ辻で立ち止まり、左右を確認する。

 遠くで、電車が踏切を通過する音が聞こえた。


「何もない場所で止まって、どうかしました?」


 真田くんが、突然足を止めた花廻り屋八雲さんに尋ねた。


「クフフフ。先客がいる四ツ辻は立ち止まるものでございましょう?」

「先客?」

「ほら、蓑笠姿みのかさすがたの人々がいるじゃないか、真田くん」


 僕は、指をさした。


「え? わたしには何も見えませんけれど……」


 四ツ辻で左右を確認した真田くんが僕に訊いた。

 僕は真田くんの言葉を聞き、しまった、と眉を顰める。


「あまり、ジッと見ていると、連れていかれますわよ」


 花廻り屋八雲さんに、軽く注意された。 


「あれは七人同行しちにんどうぎょうでございます。七人童子しちにんどうし、七人ミサキなどなど呼び方はたくさんありますが、小泉くんは知っておられますか?」

「K県に伝わる七人一組の亡霊ですね」

「クフフフ。牛の股間から覗くと、よく見えるのでございますが……残念ながら牛がおりません。なにゆえ小泉くんには見えるのでございましょう」

「違います! 僕にも見えません!」


 花廻り屋八雲さんは、「クフフフ」と笑う。花廻り屋八雲さんは四ツ辻で七人同行と遭遇するのを嫌がって立ち止まったのだろう。

 七人同行に四ツ辻で行き当たってしまうと、遭遇者は七人同行に殺されてしまう。……殺されるだけならまだいい。

 遭遇者を殺すとことで七人同行の一人は成仏できるが、代わりに殺された遭遇者が七人同行の一人に加えられてしまう。新しく七人同行となり、次の犠牲者を求めて死してなおさまよい続けなければならない。

 七人同行は、僕たちに興味がないのか四ツ辻をそのまま通過していった。

 ついに真田くんには七人同行は見えなかったようで、不思議そうな顔でキョロキョロしていた。


 花廻り屋八雲さんは真田くんの姿を楽しそうに観察しつつ、歩みを再開した。

 僕は左目を手のひらで隠し、七人同行の後ろ姿へ顔を向ける。黄昏の嫌な薄暗さがただただ広がるばかりで、何も見えなかった。

 花廻り屋八雲さんと一緒にいることが多いせいで、つい忘れてしまいがちだが、普通の人間は七人同行なんて見えない。


 気をつけないと。 


 そんなことを考えていると、寂れた住宅街が唐突に終わる。川があった。その川には朱色で木製の湾曲した昔ながらの橋が架かっている。

 花廻り屋八雲さんは足を止めて僕を見るので、頷いて真田くんへ尋ねた。


「真田くん。ここから先は君の常識が否定される普通ではない領域だよ。正直、お勧めはしない。さくらさんが好きだからって、これから君のやろうとしていることは常識を逸脱する行為だ。考え直す最後の機会だ。よく考えて。諦めるなら今が最後だ」

「ありがとう。ありがとうございます、小泉さん。花廻り屋さん。でも、わたしは行きます」


 僕はため息を吐き、肩をすくめた。「クフフフ」と花廻り屋八雲さんは笑う。真田くんは足を力強く踏み出した。

 僕と花廻り屋八雲さんは後に続く。

 橋も中ごろには女が立っている。その女は真田くんにも見えたようで、微かに動揺したのが分かった。


 女はボサボサにのびた黒髪を五つに縛り、額にはツノが生えていた。顔と身体は赤色の鉛丹《えんたん》が塗られており、頭には火をともした松明を三本足の鉄輪に載せている。大きく裂けた口には、両端に火がついた松明をくわえていた。


「ごきげんよう」


 花廻り屋八雲さんは、ご近所さんに挨拶するがごとく、温和な笑みを浮かべて女へ挨拶なんてしている。女は血走り濁った瞳で僕たちを見た。睨んだように見えたが敵意はないようだ。そもそも興味があるかわからない。


「あれは……」


 女とすれ違い、声が聞こえないだろうと判断した距離で真田くんが僕たちに訊く。

橋姫はしひめでございます。疫病《やくびょう》をこの世へ入れないために存在する女神でございますわ」

「女神?」


 真田くんは怪訝そうに呟き僕を見た。確かに、女神といえば、普通は花廻り屋八雲さんのような美しい女性を思い浮かべるだろう。


「橋姫は嫉妬深い鬼神の側面もある女神なんだ。丑の刻参りって知ってる? 五寸釘を藁人形藁人形に打ちつけて相手を呪う儀式なんだけど」

「あ、知っています」

「丑の刻参りをおこなった女性の成れの果てが、橋姫の鬼神としての側面だね。彼女の前で嫉妬心をくすぐるようなことは禁忌だよ」


 僕の説明を聞き、真田くんは納得したようだ。僕も初めて橋姫を女神として紹介されたときは、女神ってなんだろうと悩んだものさ。

 橋を渡りきると、また無人の寂れた住宅街が延々と続く坂道となる。

 橋を渡る前よりも建物が古くなっており、鉄筋コンクリート製の家々は無くなっていき、昭和期の木製のアパートや戸建てなんかがちらほらと顔をのぞかせはじめる。

 風が吹き、ちりん……と風鈴が鳴った。

 真田くんは眉を顰め、ポケットからハンケチを取り出すと口元を覆った。

 物が腐ったときの臭いに糞尿が混じった、まさに悪臭と表現すべきものがどこからともなく漂ってきたのだ。

 黄泉国の住人からしてみれば、香りらしいのだが、僕たちからすれば、これは悪臭以外のなにものでもない。


「黄泉国のかまどから漂う臭いでございますわ。黄泉国にはもうすぐつきましょう。クフフフ」

「この臭いも数分すれば慣れるから大丈夫だよ」


 なんて気休めを真田くんに言ってみるが、正直、慣れたい臭いではない。

 真田くんはただでさえ青白い顔色を、さらに青くした。心底、具合が悪そうだ。

 残念なことに、僕は慣れたもので真田くんのように、黄泉国の竈から漂う臭い程度で具合が悪くなるということはない。

 花廻り屋八雲さんはよくわからんです。

 黄泉国に近くなったからなのだろう、黄泉国から黄泉比良坂に溢れ出た、黄泉国の鬼があてどなく道をさまよっている。


「な、なんですか……あれは? 生き物ですか?」


 顔面をフライパンのような物で思い切り叩かれたのだろう、顔が巨大化し平面化した女が、住宅の塀に向かってなにやら独り言を呟き続けいた。それを指さし、真田くんが僕に尋ねる。


「生き物なのかな? 生き物じゃないかも。あれらの名前はヨモツシコメだよ。黄泉国や黄泉比良坂を徘徊している幽鬼だ」


 僕は、身体は犬なのに顔が人間という、いわゆる人面犬へ視線を向けつつ答えた。

 なんとも見ていて楽しいものではない存在が、住宅街をウロウロしているのだ。

 常人の神経では、耐えるのが厳しいだろう光景ではないだろうか? 

 真田くんは顔をしかめて、新しい前衛的な形状の黄泉国のヨモツシコメに出会うたびに驚愕の表情をする。

 それがとてもみっともなくて、楽しいのか、花廻り屋八雲さんは笑いを堪えるので精いっぱいといった感じだ。


「ヨモツシコメ……黄泉国の醜い女という意味ですか」


 真田くんの言葉に、僕は首肯した。


「そうだね。あいつら知能は低いけど、力は異常に強いから気を付けて。そもそも、シコというのは、単純に醜いという意味のシコの他に、平常とは異なる威力を持った存在に対してもシコを使う場合もあるんだ」

「あら、殿方だけで密談でございますか?」

「違います! 真面目な話をしていたんです」

「否定するところが怪しいでございますなぁ」

「だから、真面目な話です!」

「真面目なお話とは、お嬢様がヨモツシコメになってしまうという、お話でございますか?」

「え?」


 真田くんは声を上げて足を止め、花廻り屋八雲さん見た。真田くんの表情がよっぽど面白かったのだろう、花廻り屋八雲さんは「クフフフ」と笑った。

 僕は、しまったと頭を抱える。

 そうだ、重要なことを真田くんに伝えることを失念していたと気がついたのだ。

 花廻り屋八雲さんは横目で僕を見て笑う。


「さくらがヨモツシコメにとは、あのような、ば、化け物になっているということですか?」


 真田くんは、生首から手がはえ地面を這いずっているヨモツシコメを指さして、花廻り屋八雲さんに尋ねた。

 冷静を装っているが、声が微かに震えている。動揺を悟られまいとしている姿が痛々しかった。


「ええ。そうでございます、わ!」


 花廻り屋八雲さんは、サッカーボールを蹴るように、助走をつけて生首から手がはえたヨモツシコメを蹴り飛ばして答えた。

 びちゃっと木造の家の壁にぶつかり嫌な音が聞こえる。

 花廻り屋八雲さんの顔は満面の笑みに彩られている。不覚にも僕は、その笑顔に見惚れてしまっていた。

 真田くんの視線に気がついたのは、その少し後だ。


「小泉さん、さくらは黄泉帰らないのですか? 儀式を執りおこなうって言ったじゃないですか……」

 僕は「そんなことはないよ! 大丈夫だよ!」と答えることができない。なぜなら、さくらさんがヨモツシコメになっている可能性を僕は否定できないからだ。

 僕が適切な答えがだせないでいると、花廻り屋八雲さんは真田くんの青白い顔を覗き込むようにして尋ねた。


「クフフフ。あなた様は、お嬢様が化け物になった程度で愛せないのでございますかぁ?」



 黄泉帰りの儀式に失敗したという苦い経験は何度かある。

 失敗例でもっとも多いのが、黄泉国から死者の魂を月夜野古書店へ連れてくることが出来なかったというものだ。

 死者の魂が、現世へ戻ることを拒否したのである。

 僕みたいな、つまらない普通の人間からしてみれば、黄泉国と現世との境界である、無人だけど生活感がどことなくある寂れた住宅街という不気味な黄泉比良坂。ここは常に夕暮れの逢魔が時であり、漂う悪臭にはうんざりする。

 ヨモツシコメが視界に入るたびに憂鬱な気分になる。

 しかし、『黄泉竈食ひ《よもつへぐい》』という行為をしてしまうと黄泉国の住人になってしまう。そんな難しい行為ではない。黄泉国の竈で作られた食事を口にするだけだ。


 黄泉竈食ひをすると、その死者の目から見た黄泉比良坂は、新生活に住んでみたい小洒落た住宅街に見え、逢魔が時という不気味な時間帯も心が安らぐという。

 さらに常に良い香りに満ちているのだそうだ。すれ違う人々は皆一様に幸福そうな表情であり、よい匂いの発生源である黄泉比良坂の奥にある黄泉国へと自然に足が進んでしまうらしい。


 黄泉国では皆が生前と同じように、その上、幸せそうに暮らしており、ある種の理想郷のようであったそうだ。

 黄泉国にある大きな竈で煮炊きされた料理は、現世では食べることができない程の美味だった、と黄泉帰りを拒否した死者は教えてくれた。

 その死者が持っていた料理は僕が見た限りでは、蛆(うじ)や見たこともないおぞましい毒虫が混じった残飯より酷い、とても食べ物とは呼べないドロドロして悪臭を放つ汚物だった。


 それを死者は実に美味しそうに貪りついていた。その光景は、たまに悪夢として見るくらいにはショッキングなものだ。


 同じ釜の飯を食べ一緒に暮らした人に対して、親近感を抱き仲間や友人に認定する感覚がある。それが呪いになったものといえるだろう。

 黄泉国で黄泉竈食ひを何度も繰り返していくうちに、徐々に人間だったころの知性は失われていき、死者の魂は腐敗していく。腐敗して魂が人間の形をとどめることができなくなると、幾度かの変態をおこない、ヨモツシコメへ進化する。

 僕から言わせれば、あんなのは退化だけど。

 黄泉竈食ひを一度でもおこなうと、現世への未練や人間だったころの記憶は薄れていき、僕たちとの簡単な意思疎通ですら難しくなる。


 ヨモツシコメになった死者の魂からすると、僕たちはただひたすらに醜くおぞましい化け物に見えるらしい。

 ヨモツシコメになった死者の魂は、ただただ黄泉国の維持と繁栄のために働き続けるのを無上の喜び、あるいは幸福であると感じるようだ。

 だから、生きている僕たちに黄泉国の竈で炊いた、食べ物とは呼べない汚物を食べさせようと群がってくる。

 ヨモツシコメとなった死者の魂を見た、黄泉帰りを花廻り屋八雲さんに依頼した依頼主は、愛し敬愛した死者であっても、嫌悪感を抱き触れられるのですら拒むようになる。

「おぞましい」、「話が通じない」、「穢れている」という理由で、だ。

 なんだかんだと美辞麗句をならべ死者を黄泉帰らせると宣言しても、その死者が依頼主の望んでいた人格や性格ではなければ、多くの依頼主は死者に興味をなくし、嫌悪の対象物として上書きしてしまう。

 そんな依頼主を何人か見たことがある。


 真田くんの依頼を、花廻り屋八雲さんが受けた時、本当は僕が黄泉帰りの儀式のリスクを真田くんに説明しなければならなかった。絶対に黄泉帰りの儀式が成功するとは限らない、と。

 でも、今回は花廻り屋八雲さんが真田くんをやたらとからかうし、真田くんがさくらさんを殺したという話のせいで、頭から完全に抜けてしまった。いや、言い訳だなこれは……。

 真田くんにしてみれば、気分は天国から地獄だろう。

 理由はわからないけど、真田くんは殺してしまったさくらさんを黄泉帰らせる可能性に賭け、月夜野古書店へやって来て、この世と黄泉国との境界である黄泉比良坂まで来たというのに。このありさまだ。

 僕がきちんと注意事項を伝えていれば、幸せの絶頂から不幸のどん底へ落ちるという酷い仕打ちを受けずに済んだかもしれない。そのことを考えると申し訳ない気持ちで心がいっぱいになる。



 真田くんは、自身の顔を覗き込む花廻り屋八雲さんを、見下ろし力強い声で言った。


「さくらがヨモツシコメになっていたら……わたしもさくらと一緒に黄泉国の住人になります」 


 その答えを聞き、僕は息を呑んだ。

 真田くんは花廻り屋八雲さんの黄金色の瞳を見ていた。たぶん、嘘はついていない。

 今まで黄泉帰りの儀式に失敗した依頼主の中に、死者と共に黄泉国の住人になるという選択した人なんていなかった。

 それはそうさ。自分自身のことを忘れた汚らしい存在に対して愛情の念を抱くなんて、普通の人間にはできないのに。


「面白い答えではございませんね」


 真田くんの宣言に、花廻り屋八雲さんは柔和な笑みで応えた。

 僕には見せない、穏やかな笑み。

 花廻り屋八雲さんは、さっさと振り返った。


「……絶対大丈夫とは言えないけど、黄泉国の住人やヨモツシコメになるためには、黄泉竈食ひをしなければならない。つまり黄泉国の食べ物を、さくらさんが食べていなければいいわけだ。彼女が亡くなったのは、死後硬直から見て昨日でしょ?」

「ええ……よくわかりましたね」

「うん、まぁ。死体は見慣れているから……」


 真田くんは、「へぇ」と反応に困った声を漏らした。


「さぁ黄泉比良坂が終わりますわ」


 花廻り屋八雲さんだ。

 僕は空を見上げた月が出てない新月(しんげつ)の夜のような暗さ。

 黄昏時が終わり、夜がきた。


「ここからが真の異界。黄泉国でございます」


 花廻り屋八雲さんは、つまらなさそうに言った。


 ――常夜の神域、黄泉国。 


 今まで舗装されていた道が突然終わり、未舗装の道になっている。

 薄暗い電灯が舗装されていない、埃っぽい道を照らす。電気がどこから通っているのかまったく不明だが、電灯はある。 

 真田くんは、電灯の灯りだけでは不満だったのか、灯りを探すように周囲を窺う。


「あの電灯以外の灯りはダメだ。妣(はは)に見つかる」

「妣……とは?」

「黄泉国の女主人」


 真田くんは、僕の顔をまじまじと見てから、冗談で言っているわけではないとわかったのか、「はい」と素直に答えた。

 花廻り屋八雲さんは、手をポンポンと叩き、よく通る声で言った。


「さあ、お嬢様の魂を探しましょう。黄泉国のどこかにおわしますわ。早く見つけてくださいまし」


 真田くんは「はい」と元気に応える。しかし、鈍い僕でも真田くんがかなり無理をしているのが、彼の顔色からわかった。「死人です」と言われても「はいそうですか」と納得してしまうくらいだ。

 僕の心配なんてまったく興味がない花廻り屋八雲さんは、袴(はかま)の袖から手ぬぐいのような布切れを二枚取り出した。


「ここは死者の国でございますゆえ、生者(しょうじゃ)禁制(きんせい)でございます。顔をお隠しくださいませ」


 受け取った手ぬぐいはほんのりと温かく、……花廻り屋八雲さんのいい匂いがほんのりとした。


「気持ち悪いですわ」

「う、心を読まないでください!」


 花廻り屋八雲さんは母性にあふれる笑みで応じた。笑みが、母性にあふれる笑みが、罪悪感を刺激するのでやめてほしい。

 僕が罪悪感に苛(さいな)まれているのを楽しそうに見つつ、花廻り屋八雲さんは適当な縁台(えんだい)にさっさと腰かけた。

 どうやら、さくらさんの魂を探す気なんて無いようだ。まぁ、花廻り屋八雲さんに、ドブさらいのような汚い労働を期待するのは間違いなのだろう。

 その辺は、真田くんも理解しているようだ。


「真田くん、行こうか」

「はい!」


 真田くんは応えるが、顔色が悪く、限界が近いのが見て取れた。

 大丈夫かな?

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