無世界物語

  マノク世界の君へ



 もう一度、君と会えるなんて。

 もう一度、君と旅ができるなんて。

 信じられないけど、本当なんだね――――



       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより






 彼は、全三巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第三巻に書かれていた、ヘジダ世界の喫茶店というのは、自分の経営する喫茶店に違いなかった。

 アジュバーンは、地元住民に変身させられた被害者と共に、彼の店で食事をした。

 彼は農学の研究者でもあり、今はこうして、マノクの農業技術を、他の世界に先駆けて密かに調査しに来ている訳だが――。

 何故あの時、最重要指名手配犯に気付かなかったのだろう。

 あの時、自分が気付いていれば、こんなことにはならなかった――――






  マノク世界の君へ



 今回の旅も、本当に楽しかったよ。

 君に、小説という形でしか、思い出を残してあげられないのが、本当に悲しい。

 でも、仕方ないんだ――――



       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより






 彼は、全四巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第二巻に書かれていた、ヤムシェナ世界で被害者を尋問した軍人は、自分に違いなかった。

 何故あの時、変身させられた被害者に気付かなかったのだろう。

 あの時、自分が気付いていれば、こんなことにはならなかった――――






  マノク世界の君へ



 ぼくはもう、次に君と会えるときが、楽しみで仕方ない。

 ……なんて、勝手なこと、言っちゃだめだね。

 君が、ぼくに会いたくなったらね――――



       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより






 彼女は、全五巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第三巻に書かれていた、パレンジア世界でアジュバーンを助けた通りすがりの女性は、自分に違いなかった。

 あの時、自分が気付いていれば――――



  マノク世界の君へ


 今回も、とっても楽しかったよ。

 ありがとう――――


       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより



 彼女は、全六巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第六巻に書かれていた、コーヘルト世界の文房具屋で働く店員は、自分に違いなかった――――



  マノク世界の君へ


 こんなに何度も会っているのに、お別れが寂しいよ――――


       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより



 彼は、全七巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第五巻に書かれていた、レマヤッド世界の宿屋やどや隣室りんしつの宿泊客は、自分に違いなかった――――



  マノク世界の君へ


 また、一緒に旅をしてくれて、ありがとう。

 でも、少しずつ進んでいく君の時間は、大丈夫かなって――――


       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより



 彼は、全八巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の第一巻に書かれていた、向井穂乃美の失踪事件を担当した警察官は、自分に違いなかった――――



  マノク世界の君へ


 今回は、いつにも増して楽しかった気がするよ――――


       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより



 彼は、全九巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を吐いた。

 この小説の九巻に書かれていた、カテソリア世界で、アジュバーンを捕らえた警備会社と、異世界警察の間で情報を取り次いでいたのは――――



  マノク世界の君へ


 本当に、また会えるかなあ。

 分からないけれど、またね、って書いておくね――――


       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより



 彼女は、全十巻に及んだ小説を閉じて、頭を抱え、溜息を――――



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           『無世界物語』

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