最後

  マノク世界の君へ



 まずは、ありがとう。

 とっても、楽しかったよ。

 最後に行った世界には、電気信号による情報が、三次元的に現れるっていう法則があってね。脳の働きだって電気信号だから、その法則に従っちゃうことがあるってわけ。

 それを利用して、物語を読んだり、芸術作品を見たりすることで、異世界間移動をするっていう技術があるんだ。簡単に言うと、想像力を働かせることで、脳から、異世界間移動をするための信号が出るっていう仕組み。

 その、文学経由移動用のデータに、旅の間にぼくが、君に隠れてこっそり書いた小説を、紛れ込ませちゃいました。

 ちょっと、恥ずかしい。

 だって、君との思い出、そのままだから。

 でも君は、全部、覚えてないよね。

 ぼくが、忘れさせたから。

 きちんと、説明するね。

 ぼくには、誰もいなかった。

 ママも、パパも、友達も。

 寂しかった。

 だから、旅に出た。

 でも、誰もいなかった。

 ぼくの力を恐れて、捕まえようとする人はいたけど。

 だから、やっぱり、寂しかった。

 それで、誰かを、脳ごと変身させちゃおっかなって。

 出会えなかった、旅の仲間に。

 戦争で亡くなった、パパに。

 戦争で亡くなった、ママに。

 いたことのない、お姉ちゃんに。

 いたことのない、友達に。

 いたことのない、恋人に。

 きっと会えないと思う、奥さんに。

 きっと会えないと思う、純粋に、ぼくを思ってくれる人に。

 きっと会えないと思う、人生の先輩に。

 ぼくは君を、色んな人に変身させてしまった。

 だから――と言うべきか、この小説の中には、本当のことも、本当じゃないことも、どっちも書くことになったよ。

 ぼくが話したことについて、異世界の存在、異世界同士の戦争、厳しい渡航制限と持ち込み制限、ぼくの生まれた町のこととかは、本当だよ。

 ぼくに関することは、家族や友達がいない、能力が高すぎるだけの、トルフスト人の十二歳の子供、っていうところが本当。

 でも、マノクに関するところは、ちょっとだけ嘘。

 マノクにはまだ、異世界の人が入ったことは無い。

 ぼくが、初めて。

 マノクの研究をしているのは、ぼくだけだよ。

 異世界の人にとっては、マノクは本当に、未知の世界。

 物を人間に変身させても、人間だって思えないから、ぼくはどうしても、本物の人が欲しかった。

 それで選んだのが、マノクに住む君。

 マノクはまだ、正確な位置すら分かっていないから、監視も、連絡手段も、交通網も無い。

 他の世界だったら、人が一人消えたら、全世界を巻き込んで大騒ぎになるけど、マノクだったら、そこまでのことにはならない。

 それに――。

 ぼくは小さい頃、異世界観測の授業で、マノクの位置を見つけてたんだ。

 でも、誰も、信じてくれなかった。

 だから、それからはマノクのことは言わないで、学校に通った。

 学校に通いながら、時々、マノクで唯一、人類が住んでいる星――地球に忍び込んで、言語や文化を学んだ。

 それでも、マノクの法則は分からなかった。

 ぼくには、物理法則しか見えなかった。

 異世界の人々は、いったい何を恐れているのか。

 ずっと、ずっと調べていたけれど、分からなかった。

 だから、マノクの人と関わったり、刺激してみたりしたかった、っていうのもあって、君を選んだ。

 戦争ばかりのこの時代に、異世界留学の試験を受ける人なんていなかったけど、ぼくは受けて、旅に出たよ。

 それで、適当な物を変身させて、マノクを通る電車を作って、ホームやエレベーター、君をそこに導く人も作った。

 それができたら、あとは君。

 君を、奥さんを探す人に変身させた。

 君は一生懸命に奥さんを探して、ぼくのところに来てくれた。

 勝手に連れて来ちゃったから、楽しく過ごしてもらおうって、精一杯、頑張ったつもりだよ。

 でも、ごめんね。

 全部、ぼくの勝手なんだ。

 ぼくは、君と一緒にこの小説を読んで、君をマノクに送り届けたら、君を元の君に戻して、それからすぐに、クレイト世界に戻って、そこから君の時間の法則を操って、何事も無かったかのように生活させてあげる。

 でも、異世界から、マノクにいる君の法則を操るというのは、普通はできないことだし、ぼくにとっても難しいことだから、もしかしたら、数十分か、数時間だけ、時間が進んじゃってるかもしれない。

 ごめんね。

 でも、本当に、ありがとう。

 君と旅をして、分かったよ。

 マノクには、本当に、何も無いんだね。

 ただ、物理法則があるだけ。

 君が持ってきたのは、本当に、ただの鍵だった。

 あっ、お財布と携帯電話は、ぼくが作った男の人たちが、元の場所に戻してくれてるから、安心して。

 でも、一つしか持っていけないんだから、何か、法則を扱いやすいようなものを持ってくるって思ったんだ。ぼくのペンだって、小さい頃から一緒で、手に馴染なじんでるから、持ってきたんだもん。

 ぼくが生まれたときに、パパとママがプレゼントしてくれたものだから、っていうのもあるけど。

 あの金色の鍵は、君が持っていた鍵を、ぼくが、嘘の思い出を入れて、ちょっとだけ変身させたやつだよ。

 あの鍵は、元はマノクのものだから、マノクに法則があれば、発動する可能性は十分にあった。

 でも、何も起こらなかった。

 君も、法則を操る能力を、持っていなかった。

 法則を操れる人に何度も変身させてみたけど、それでも、マノクの法則を操る方法は、思い出さないみたいだった。

 マノクは、間違いなく、無世界なんだね。

 なのに――いや、だからこそ、なのかな。

 マノクから来た君は、とても優しかった。

 マノクは、異世界と戦争をしようなんて、少しも考えていない。

 やっぱり、なんの力も無い分、ひとつひとつの命や物を、大切にするからかな。

 でも、もしかしたら、理論では解明できないことなのかもしれないね。

 ぼくは、君の、芯の部分は、変身させてないんだよ。

 変身させたのは、見た目と、記憶だけ。

 あとは全部、君。

 だから、ぼくがこの小説に書いた言葉は、君には、納得してもらえないかもって思ってる。

 頑張って、想像して書いたつもりなんだけどね。

 少なくともぼくは、君は、優しい人だなって思ってる。

 本当の名前も知らない、君。

 異様なぼくを受け入れてくれた、君。

 ぼくの言葉を信じて、こんなに長くなってしまった小説を読んでくれた、君。

 ありがとう。

 そうだ。

 マノクのことは、誰にも言わないよ。

 マノクは優しいけれど、他の世界の軍が来ちゃったら、大変だからね。

 ぼくだけの、大切な宝物ってことにするね。

 安心して。

 ぼくの言葉なんて、誰も信じないんだから。

 ……あれ。

 また、ちょっとだけ、寂しくなってきちゃった。

 でも、ぼくはまだ、一人で、旅を続けるよ。

 どうすれば戦争が終わるかなんて、ぼくには、分からない。

 でも、旅は続けるんだ。

 異世界留学の期間が終わっても、延長して、何かが分かるまで、ずっと。

 マノクのことは少し分かったから、いつかまた、立ち寄ろうかなって思ってる。

 その時に、寂しくて寂しくて我慢できない気持ちだったら、また誰かを、連れていっちゃうかも。

 もしかしたら、君にまた会いたくて、会いに行っちゃうかも。

 でも、ぼくは、君の本当の顔は、覚えてないんだ。

 本当の顔を知っていたら、ぼくのパパやママだって、思えなくなっちゃうから。

 それに、異世界で、マノク人である君の本当の顔が見られてしまったら、危ないからね。

 ぼくみたいに、指名手配犯のデータの中に、写真が載っちゃうよ。

 だから、君を見つけてから、すぐに変身させたし、マノクで変身を解除したら、ぼくはその後すぐに、クレイトに行くよ。

 だから、君が、ぼくを見つけてね。

 ぼくは、成長はするけれど、変身はしないから。

 あ、ぼくと君が夫婦だった時は、君が、ぼくが十二歳の身体に変身し続けてるって思ってただけだよ。

 変身していたのは、ずっと、君だけ。

 だからもし、君がぼくを見つけたら、大きく手を振って、アーロって呼んでね。

 そしたら、分かるから。

 あぁ、寂しい。

 お別れ、寂しい。

 でも、君には、君の人生があるからね。

 この小説は、マノクに、君が読める形で置いておくよ。

 ここまで読んでくれたってことは、君にとっても、楽しい思い出だったんじゃないかなって思うから。

 最後に――。

 大切な時間を、ぼくにくれて、ありがとう。

 本当に、ありがとう。

 またね。



       アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンより





  追伸


 もしも次があるなら、持ち物のことは、気にしなくていいよ。

 だって、無世界だから。

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