思い出
「可愛い奥さんと、赤ちゃんが待っているんだよ」
「赤ちゃんと、何して遊ぶの?」
アーロは車椅子を押しながら、老人に、様々な質問をした。
「まだ、遊べないんだよ。だって、まだ、お腹の中にいるからね」
「でも、ほら、お腹の中にも、お
「あぁ、そうだよ。だから、奥さんと一緒に、毎日、歌っているんだよ」
「いいなあ」
老人は、数秒前のことは全て忘れてしまうのに、古い記憶の中で、幸せに生きていた。
「赤ちゃんが生まれたら、君に、一番に会わせるからね」
「ほんと?」
「本当だよ」
「ありがとう」
アーロは老人を連れて、ある世界を訪れていた。
芸術文化の発達したこの世界には、特別な
その出発地点に着くまでの間、アーロと老人は、ゆっくりと語り合った。
「ねえ、おじいさん」
「私はまだ、おじいさんじゃないよ」
「じゃあ、おじさん?」
「私はまだ、おじさんじゃないよ。二十四歳なんだから」
「二十四歳って、若いの?」
「二十四歳は、若いよ。君はいくつになったんだい」
「ぼく、十二歳」
「お肌が、ぴちぴちだものねえ」
「ぴちぴちしてる?」
「ぴちぴちだよ」
「おじいさんも、お肌、ぴちぴちだよ」
「いやあ、私はねえ、しわしわで、ごつごつだもの。君は、いくつになったんだい」
「十二歳だよ」
「あらあ、若くていいねえ。たくさん冒険するんだよ」
「ぼくは今、冒険の途中なんだよ」
「そうなのかい。お母さんが、心配しているよ。冒険が終わったら、早く帰るんだよ」
「お母さんは、いないよ」
「いないのか。私と一緒だねえ。
「それは、悲しいね」
「悲しいときはね、思い切り泣いた方がいいのさ」
「そっか」
「私は嬉しくても、泣いちゃうけどねえ。アーロと僕が捕まって、でも、また会えた時には、パパは泣いちゃったんだよ」
「そうだったの? ぼく、気付かなかった」
「そうだよ。私の息子は、優秀すぎるの。どんなテストも満点だし、何でも、ぱっと、好きなものに変身させてしまう。そのせいか、友達ができなくてね。お姉ちゃん、お姉ちゃんって、可愛くて」
「ぼくはね、初めて、お友達ができた気がするよ」
「それは良かった。私にも、大切な友達がいる。男の子なんだけどね」
「友達って、学校の子?」
「ねえ、学校に好きな子はいるの? 私は、恥ずかしくて、告白できないの」
「学校じゃないけど、好きな人はいるよ」
「若いねえ。そうだ、私、息子を迎えに行かないと」
「息子さんは、迎えに行かなくても大丈夫だよ」
「そうそう、あの子には、パパも、母親も、いらないんだよ。でも、畑には、ヘビが出るからねえ」
「ヘビ? どんなヘビ?」
「ヘビ? それは大変だ。俺も噛まれたことがある。でも、俺よりも、奥さんが慌てて。あはははは」
「奥さん、優しいねえ」
「そうだよ。優しいよ。息子も、早く嫁を見つけないかなあと、心配なんだけどねえ」
「お嫁さんかあ」
「あぁ、いい式だったね。素敵なドレスを着せてもらって、私、あのブレスレットは、お墓にも入れてくださいってお願いしてあるの。でもアーロは、料理ができないもんだから、私に頼りっきりで」
「お料理、練習しなくちゃだねえ」
「何事も、練習してみなくっちゃ、できないよねえ」
「そうだねえ」
「君は、
「アーロだよ」
「あらあ、かわいいねえ。名前は、なんていうのかな」
「アーロだよ」
「アーロかあ。私の大切な人にも、アーロっていう子がいてねえ」
「ぼくと一緒だね」
「世の中、分からないことばかりだし、戦争だってあるけど、私は、アーロのことが、ずっと大好きなんだよ」
「ありがとう。ぼくも、君のことが、ずっと大好きだよ」
「あれ、嬉しいねえ。君は、名前はなんていうのかな」
「アーロだよ」
「アーロかあ。おいくつ?」
「十二歳だよ」
「若いねえ。私はもう、いつ、お迎えが来るかなあっていう歳なの。あぁ、穂乃美がいなくなって、もう、どれくらいになるかな。きっと穂乃美が、迎えに来てくれるんだよ」
「ぼくが、お見送りするよ」
アーロは老人に、ある物を手渡した。
「これを読んで。読み終わったら、帰れるから」
「悲しいのかい」
「うん、悲しい」
アーロは老人の膝に取り付いて、思い切り泣いた。
それでもアーロは、老人に、楽しい思い出を残したかった。
だから笑って、手を振った。
老人は、少年から手渡されたものに、目を落とした。
そして、読み始めた。
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