時間

「あっ」

 ケゼスは小さな衝撃に、声を上げる。

「どうしたの?」

 アーロが慌てた様子で、駆け寄ってくるのが見える。

 やはり、優しい子なのだ。

「草の中は危ない……!」

 彼の忠告ちゅうこくを聞いたアーロは、慌てて、しげる草の中から出て、慎重に歩いて向かう。

「どうしたの? ケガしちゃった?」

 この世界に来たばかりのアーロには、何が起こったのか、理解できないだろう。

「ヘビにまれた。痛くはないが、しびれて、動けない……」

 右の足首から痺れが広がって、徐々じょじょに、感覚が消えていく。

 数分もしないうちに、アーロを安心させるための笑顔をたもつことすら、難しくなるだろう。

「お医者さんのとこ、行かなくちゃ」

 アーロは、自分より二回り以上も大きな男の身体を、何とかしてぶい、歩き出す。

 アーロは、ケゼスにあんなことをしておいて、都合つごうの良い時にはこんなことをする自分を、殴りたい気持ちなのかもしれない。

「お医者さん、どこ?」

 アーロは息を切らしながら、後ろのケゼスに尋ねる。

「少し先に、診療所しんりょうじょがある。このまま進んで……」

 ケゼスは小さく咳をするが、喉のかわきはえなかった。

 抜け落ちた髪が、アーロの首筋にり、風に流されて消える。

 ふしくれち、しなびた手は、アーロの首を抱くようにして隠す。

 身体が痩せて、アーロの負担が減ることだけが、ケゼスにとっての救いだった。

 彼の案内通りに歩いたアーロは、村の診療所に辿り着く。

「ごめんください! ごめんくださーい!」

 両手が塞がり、扉を開けられないアーロは、大声で呼び掛ける。

 すぐに看護師が、内側から扉を開ける。

 アーロと、アーロに背負せおわれた老人を見た看護師は、急いで二人をまねれる。

「ここに、寝かせてね……」

 看護師は、二人を不憫ふびんに思いながらも、診察台へ案内する。

 年老いたケゼスの姿を見たアーロは、声も出せずに、固まって――。

 それから、泣いた。

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