「次は、どこに行く?」

 素敵な結婚式を挙げた二人は、次の行き先を話し合う。

「どこでもいい」

 ツイヤは、アーロと一緒なら、どこでもよかった。

 二人は、いつもの服に戻っていたが、大切な首飾りとブレスレットは、そのままだ。

「ねえ」

 アーロが無邪気に笑って、ツイヤの顔を覗き込む。

「ぼく、ツイヤちゃんが大人になったとこ、見てみたい」

 アーロは、宝箱の鍵を見て、思い付いたのだろう。

「いいよ」

 ツイヤに、断る理由は無かった。

「じゃあ、あのベッドを返すついでに」

 アーロが、苔の上に、居心地いごこちわるそうに横たわっている、シングルベッドを指差す。

 シングルでも、子供二人が寝るには、十分だった。

 幸せな二人はまた、シングルベッドで、仲良く眠った。

 目が覚めると、別の世界の、寝台船の中だった。

 ここは、クレイト世界。

 法則は、時間の法則。時間の進み方が一定でなく、速くなったり遅くなったりすることもあれば、逆戻りすることもある。

 ツイヤと、全世界で指名手配を受けているアーロはいつも通り、アーロの力で入界審査を通り抜けて、外へ出る。

 そこは、のどかな田舎町いなかまち

 果樹園が広がる中に、小さな農家のうかがいくつか、そっと建っている。

 中は近代的だった寝台船も、外から見れば、年季の入った宿屋やどやであった。

「おうちごっこしよう」

 そう言うとアーロは、ツイヤの手を引いて道をれ、果樹園の間へ入っていく。

「ここにしよっかな」

 アーロは、小さなの前で立ち止まり、生えていた雑草を、丸太でできた家に変える。

「素敵」

 ツイヤは、少し高くなった目線で、出来立できたての、古い家を眺めた。

「ただいま」

 大人になったツイヤは、宝箱の鍵を使って、扉を開ける。

 ツイヤと、子供のままのアーロは、手を取って家に入る。

「旅行、楽しかったね」

 木の椅子によじ登り、テーブルに肘を付いて、アーロはツイヤを見つめる。

「そうね」

 ツイヤは、いとしい夫を見つめて、微笑ほほえむ。

 アーロの首飾りと、ツイヤのブレスレットは、夫婦と共に、時を刻んでいた。

 おうちごっこ――。

 否、これまでが、ごっこ遊びだった。

 アーロとツイヤ夫婦は、二人を理解しなかった故郷を抜け出し、何者にも縛られない、田舎暮らしをしていた。

 それでも、人生には、刺激というものが必要だ。

 夫婦は毎年、結婚記念日に、二人の能力をフル活用した、スリル満点の旅行をしている。

 穏やかながらも、自由で刺激的な生活に、彼らは幸せを感じるのであった。

「おうち、ほっとするね」

 アーロがずっと、十二歳のままでいるのは、彼自身が望んだからだ。

 ツイヤは生まれつき、子供を産めない身体からだであった。

 トルフスト人は、他の世界の人類よりも少しだけ、そのようなことが起こりやすかった。

 それでも子供を欲しがる彼女の為に、彼は、自分が、夫と子供を同時にやるのだと言って、日々、十二歳の身体に変身し続けている。

「ぼく、お腹空いた」

 常にざかりのアーロは、すぐにお腹が空いてしまう。

「しょうがないわねえ」

 ツイヤはやれやれと笑って、キッチンへ向かう。

 アーロは、ひとり置いていかれるのが寂しくて、急いで椅子から下り、ツイヤにくっついていく。

「それなあに?」

「チレっていう、お野菜」

「それは?」

「少しだけからい、スパイス」

「こっちは?」

「ギムハのミルクのバター」

 アーロには料理が分からないので、ツイヤにしがみついて邪魔じゃまをするだけだったが、ツイヤは、そんなあまえんぼうの子供が可愛くて、優しすぎる夫がいとおしくて、仕方なかった。

 簡素な切妻屋根きりづまやねに立つ煙突えんとつから、静かに煙が上がる。

「もうすぐできあがるから、テーブルで待っていて」

 キッチンには、長旅の後の二人にとって、懐かしい匂いが満ちている。

「待てない」

 腹ぺこのアーロは、ツイヤが料理を盛り付ける傍から、食べ始めてしまう。

「んー! ひょこうのごひほうもおいひいけと、こえがいてぃわん!」

 調理台で、立ったまま、喋りながら食べる夫と並んで、ツイヤも、温かな料理を口に運ぶ。

 お行儀ぎょうぎは悪いけれど、片付けはキッチンでするのだから、手間が減っていいかも、と思うツイヤであった。

「ツイヤ、あーん」

 アーロが笑って、チレの炒め物を、ツイヤに食べさせる。

 それは単に、彼が、野菜嫌やさいぎらいだからである。

「はい、アーロ」

 ツイヤはお返しに、アーロの好きなエトーの煮込みを、彼に食べさせる。

「んふふー」

 幸せそうに笑うアーロの口元を、ツイヤがナプキンで、優しく拭う。

「おなかいっぱーい……」

 嫌いな物をツイヤに押し付け、好きな物だけで満腹になったアーロは、キッチンの床に寝転がる。

「もう、ちゃんと、ベッドで寝て」

 ツイヤはアーロを文字通り叩き起こし、寝室へ引っ張っていく。

 小さな寝室にひとつだけの、質素しっそな二人のベッド。

 長旅の後で疲れた二人は、そのまま寝てしまうことにした。

「ツイヤ」

 目の粗いカーテンの隙間から差し込む夕日が、アーロの恥ずかしそうな笑顔を隠した。

「アーロ」

 ツイヤも少し、恥ずかしかった。

 久しぶりに夫婦に戻った二人は、深く愛し合った。

 二人を邪魔する者は、いなかった。

 二人の時間だけが、静かに動いていた。

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