大切なもの

 遊び疲れて、元の星に戻った二人は、寝台船に乗った。

 仲良く、同じベッドに横になって、眠った。

 一緒に目を覚ますと、そこは、静かな世界だった。

 法則は、火が存在しないこと。

 ここにはきっと、人類は繁栄はんえいしないだろう。

 しかし、まだ動物すら誕生していない世界には、青い空の下に、苔の地面が広がっているだけだ。

「ツイヤちゃん」

 アーロが、ツイヤの手を握って、その目を見つめる。

「ケッコン式、しよう」

「式?」

 将来の約束をしたとはいえ、ツイヤは、式はまだ早いのではないかと思っていた。

「いまケッコンしちゃえばさ、約束、破らないでしょ」

 アーロが笑うと、ツイヤの服は、きらびやかなドレスに変わる。

 アーロの服も、凛々りりしい正装となって、十二歳のままのアーロを、大人びて見せた。

「ケッコン式って、何するの」

 ツイヤは、憧れの花嫁衣装はなよめいしょう浮足立うきあしだちつつも、首を傾げる。

 小さい頃に、親戚のお姉さんの結婚式を見たことがあったが、なんだか小難こむずかしい儀式ばかりで、ツイヤにはよく分からなかった。

「うーんとね」

 アーロも、結婚式についてはよく知らなかったのか、首を傾げてしまう。

「えっと……じゃあ、踊って、美味しいものを食べて、ケッコンの誓い? をして、ちゅーして、あと、あ、あれだ! 首飾りと、腕輪の交換!」

 アーロは、町の既婚きこんの女性は腕輪を、男性は首飾りを付けていることを思い出しようだ。

 ツイヤも、何かの物語で、結婚式のときに、それを贈り合うのだと読んだことを思い出す。

「どんなのにしようかなあ? ツイヤちゃん、どんなのが似合うかなあ?」

 悩んだ挙句あげく、結局アーロは、ペンの蓋を、ただまるいだけの、金色のブレスレットに変身させた。

 ツイヤは、唯一の持ち物である金色の鍵に付いていたキーリングを、ブレスレットとお揃いの、ただ円いだけの、金色の首飾りに変身させた。

「これはね、式の途中は自分で持っていて、最後に、交換するんだよ」

 ツイヤは、細かいことはよく分からなかったので、アーロの言葉に頷いて、首飾りを自分の首に掛けた。

 アーロは、ペンの蓋を作るより先に、澄んだ空気をキーリングに変身させて、彼女の大切な持ち物に付けた。

「んっと、じゃあ、踊ろう」

 踊りは、二人にとっては、難しいことではなかった。

 学校には、芸術の授業が沢山あって、町の伝統的な踊りはもちろん、様々な国や星、世界の踊りを踊ったからだ。

 アーロが作ったラジオから流れる音楽に合わせ、アーロとツイヤは、踊った。

 学校で習った通りに、そしてかなりの部分は、好き勝手に。

 少しするとアーロは、音楽も自分で作り始めた。

 学校で習った通りに、そしてかなりの部分は、好き勝手に。

 好き勝手な音楽の中で、好き勝手に踊った二人は、お腹が空いてきた。

 ツイヤはまだ、何かを食べ物に変身させるのにはあまり自信が無かったので、アーロが空気や苔から、十八番おはこのモモイの実や、学校の給食で一番人気のテトワフ、お祝いの時に食べるヒャマンなんかを作ってくれたのを、二人で食べた。

「おなかいっぱーい」

「いっぱーい」

 美味しい料理で満腹になった二人は、湿った苔の上に、ごろんと寝転がる。

「ええと、次は、何だっけ」

「ええと……」

 踊りとご馳走を楽しんだ二人は、結婚式のことを、少し忘れていた。

「あっ、誓い! 誓いだ、誓い」

 何とか思い出したアーロは、急いで立ち上がる。

「誓いって、何するの」

 ツイヤも立ち上がるが、誓いというのが何なのか、分からなかった。

「うーん……」

 アーロにもまた、分からないようだった。

 だから二人は、抱き締め合って、触れるだけのキスをして、それから、首飾りと腕輪を交換した。

「ツイヤちゃん、似合うよ」

「アーロもね」

 二人はそう言って、笑い合った。

「あ、でも……」

 ツイヤが、大切な人にもらったブレスレットと、大切な人にもらった鍵を見比べる。

 その鍵は、アーロが昔、彼女に贈った、大人になった時に開ける宝箱の鍵だった。

 彼女は、無事に旅を終えて、素敵な大人になるようにというお守りとして、それを持ってきたのだ。

「アクセサリーは、服だから持ち込めるよ。通信機能とかが付いてると、個数にカウントされちゃうけど」

 アーロは笑って、彼女の二つの宝物に、手を当てた。

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