母親
「あっ、マ」
アーロの笑顔と可愛らしい手が、そこで消える。
一人だ。
ワープゲートの不具合。
彼女は真っ先に、それを考える。
ワープゲートに不具合が起これば、通過途中のものは、出発点に帰されることになっている。
入界審査ゲートの外から、アーロに、電話を掛けてみる。
――出ない。
ならば、グレアドルのセストル駅に。
彼女もよく使う駅なので、番号は分かる。すぐに画面に表示させて選択し、発信する。
『もしもし、こちらグレアドル、セストル駅です』
答えたのは、女性の声だった。
「どうも。今、十二歳くらいの男の子が、ワープゲートの所にいませんか。不具合があったようで、帰されたと思うのですが」
何かが起こった拍子に
『すぐに確認します』
がたがたという音の後、単調な
明るくも、少し
あまりにも能力の高すぎるあの子は――。
『お待たせいたしました』
すぐに音楽は止まって、女性の声が戻ってくる。
『申し訳ございませんが、
ひとまず、向こうにいることは分かったので、彼女はほっと胸を撫で下ろす。
「母親です」
あの子がどんな子であろうと、私はあの子の母親でいる。
彼女はアーロが生まれてから、それを心に決めて、
『お母様の、お名前をお
「エミクシア・リヤ・ハディ・アジュバーンです」
『物質認証と顔認証をお願いできますか』
「はい」
携帯電話の物質認証センサーで頬の汗を認証し、カメラで、顔認証をする。
『確認できました。息子さん、アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンは、現在、異世界間交通に拘束されています。変身法則操作により、
電話が切れて、次の連絡を待つ間、彼女は
アーロの父親は、七年前に戦争で亡くなり、私は、異世界研究員という仕事柄、出張ばかりだった。
そんなアーロに、こんな世界情勢の中、異世界留学を
孤独な彼の世界を、少しでも広げたくて。
数ある世界のどこかに、彼の居場所が見つかるのではないかと信じて。
だが、アーロは今の所、寂しさを
今回もアーロは、警察の手など、するりと抜け出すだろうが――。
どんな方法であっても、彼女は母親として、アーロと関わりたかった。
電話が鳴る。
彼女はすぐに取って、応答する。
「はい。エミクシア・リヤ・ハディ・アジュバーンです」
『アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンさんのお母様ですね』
今度は、男性の声だ。
『こちら、異世界警察グレアドル支局、異世界間治安維持課、
デシオ――ツウェド世界系か。喋っている言葉は、彼女が日常的に使うジェバ語だが、
だが、それだけでは、何の情報にもならない。
「息子は、誰よりも能力が高いだけで、世界をどうこうしようなどという意志はありません。まだ十二歳なんです」
無駄だとは分かっているが、彼女はそう言うしかなかった。
『
彼はありきたりなことしか言わないが、それは、彼だけの責任ではない。
「息子はどこにいるんですか」
『それは異世界間刑法上、いくらご家族であっても、お伝えできかねます……』
トルフストの法則を完全に封じるような法則がある世界に連れて行かれていれば、かなり危ない。そんな世界はこれまでに発見されていないが、あの未知の世界、マノクならば、可能性はある――。
「分かりました」
これ以上、彼と話していても、どうしようもない。
彼女は電話を切って、次の手段を探す。
異世界を飛び回る彼女には、
だが、異世界間刑法の隙を突ける人物など――。
「ママ!」
彼女は、小さく溜息を吐く。
「ママぁーっ!」
駅の出口の階段から、アーロが大きく手を振りながら、走ってくる。
アーロに母親など、必要無いのかもしれない。
「ママっ!」
アーロは無邪気に笑って、母親に飛び付き、再会を喜ぶ。
「まーた掴まっちゃったあ」
母親の顔を見上げたアーロが、えへへと笑う。
「人を困らせるんじゃないよ」
「はーい」
彼女の説教は、アーロには届かない。
「今度は、どうやったの。空気から、ワープゲートでも作った?」
彼女は、変身の法則を操り、変装しながら歩き出す。
日頃から、アーロにも変装を勧めているが、彼は
「そんなんじゃつまんないよー! 異世界間刑法のデータを変身させて、十二歳以下は絶対に逮捕できないってことにして、指名手配の写真データも変えちゃって、おじさんたちの脳も、ちょこっと変身させたの。そんで、瞬間移動ロケットを作って、ぱっと飛んできたってわけ!」
「アーロ、すごーい!」
彼女は、アーロほどではなかったが、変身の法則を操る能力に
エミクシアは、一人っ子のアーロの姉のような姿に変装し、並んで歩く。
「でも、ちゃんと、元に戻さないとだめだよ? ほんとに悪い子が、捕まらなくなっちゃうんだから」
「ちゃんと戻したってぇ。今だけどー」
アーロは、踊るように歩きながら、データや脳の変身を解き、瞬間移動ロケットを空気に戻す。
この姿にならないと、アーロと素直な会話ができないのが、彼女――今は、リエラという十四歳の少女になっている彼女――にはもどかしかった。
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