救出

「ソウさんって誰だい」

 アーロは笑顔のまま、サウズカトを見ていたが――。

 何も答えず、自分の両手を見下ろす。

「ぼく、ここまで……。パパ、帰ってきた……」

 アーロは両手を見つめたまま、父親から顔を隠すようにして、笑う。

「帰ってきたって、何のこと」

 サウズカトはずっと、アーロと共に旅をしているのに。

「あのね、パパは、マノクにとらわれてたんだよ。パパはマノクに調査に行ってたんだけど、マノクの未知の法則で、パパは、完全にマノク人にさせられてたの。ぼくのことも、ママのことも、ぜんぶ忘れちゃってね……」

 アーロは、父親の服に顔を突っ込んで、こっそり涙を拭う。

「ぼく、やっとパパを見つけて、パパの姿にして、少しずつ思い出してもらおうって、頑張って……」

 サウズカトの記憶が、よみがえる。

 異世界研究員いせかいけんきゅういんとして働くサウズカトはある日、マノクへの潜入調査せんにゅうちょうさを命じられた。

 研究員界隈かいわいでは、マノクへ派遣はけんされた研究員が時々行方不明ゆくえふめいになっていると噂されていた。

 そのような噂など、都市伝説としでんせつにすぎないと思っていたサウズカトは、潜入調査の依頼いらいを引き受けた。

 マノク人の若い男性に変身し、異世界間交通の電車に乗って、研究員専用のエレベーターに乗り、ニホン国内の駅に降り立って――。

 そこから、記憶が無い。

 アーロと共に旅をしていたという記憶は、あの状況を切り抜けるために、アーロがサウズカトの脳をわずかに変身させて、植え付けたものだ。チケットは、アーロが、事前に購入してくれたのだろう。

 異世界のことを忘れたサウズカトを、アーロが無理やり異世界間交通の電車に乗せ、大きな精神的ショックを与えないよう、また、サウズカトが真実を拒絶しないよう、少しずつ話をした。

 マノク世界の法則はまだ不明だが、常人じょうじんが他の世界の法則をちょっと操った程度では、どうにもできない強さのものだ。

 アーロは、その能力の高さに目を付けられながらも、一人で、ここまでのことをやってのけた――。

「ありがとう」

「うん」

 アーロは鼻をすすって、力強く頷く。

「あ……」

 サウズカトは、流れ込むように戻る記憶の中に、マノクにいる間の記憶を発見する。

「穂乃美は」

 穂乃美――。

「エミクシアは」

 一か月前に失踪した妻、穂乃美は、サウズカトの妻、エミクシアだ。

 サウズカトは、同じく異世界研究員である妻と共に、調査に入った。しかし、マノク世界の人間たちに感付かんづかれ、ただの夫婦として生活させられていた。

 サウズカトが想だった時に、穂乃美との思い出がほとんど無かったのは、マノクでの生活が始まった直後、彼女が急にいなくなったからだ――。

「ママは先に、助け出したの」

 アーロは泣き笑いで、父親の腹を叩く。

「ママは自分で思い出して、連絡をくれたから。そしたらパパが、一生懸命ママを探すから、それでやっと、パパを連れてこられたんだよ」

「……もう、パパなんか、いらないかな」

 サウズカトは、寂しくも、ほこらしかった。

「やだぁ」

 アーロはすぐに甘えん坊になって、サウズカトに抱き付く。

「ねえ、一緒に行こうよ、パパ」

「うん」

 セストル駅には、この星を走る路線もあるし、グレアドル世界にもう一つだけある、人類の住む星へ続く路線もある。

 だが、やはり――。

「ママに、会いにいこう。シウトレア世界から、パパやマノクのこと、ずっと調べてくれてたんだよ」

「そうだね」

 サウズカトとアーロは、出界しゅっかい審査を受けるため、駅の構内を歩き出した。

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