尋問
車両は、揺れなかった。
外が見えていたとしても、彼には何も分からなかっただろうが――。
数少ない持ち物である、チケットと鍵は奪われたが、それがあったとて尚、どうすることもできない。
これから、どうなるのだろう。
アーロは。
このまま捕まったら、アーロには二度と会えない。
自分にも、アーロのような力があったら――。
しかし、彼が何を思っても、ただ苦しくなるばかりで、何も起こらなかった。
不意に、身体が乱暴に引っ張られる。
彼は、視覚と聴覚を奪われたまま、どことも分からない場所で、車を降ろされた。
感じるのは、ブーツの裏の硬い地面と、自分の腕を掴む手だけ。室内なのか、風も無い。
何度も転びそうになりながら歩くと、肩を押されて、硬い椅子に座らされる。
全身に、遠くからの重い振動を感じて、彼は閉じ込められたことを知った。
「本当の姿を見せろ」
視覚と聴覚を取り戻し、最初に聞こえた言葉はそれだった。
彼を閉じ込めているのは、コンクリートのような、それでいてレンガのような、壁と床と天井。四角い部屋には、椅子と机が一つずつ。あとは背後の、金属製らしい、分厚い扉だけ。
「本名を言え」
目の前には二人の、武装した男が立っていて、右側の男が、ヘルメットの奥から
銃口は下げられているが、この密室では、いつ殺されてもおかしくない。
「サウズカト・エレメラ・ハディ・アジュバーン」
「グレアドル世界の
左側の男が、歯の奥から
「本当に、サウズカト・エレメラ・ハディ・アジュバーンです」
サウズカトは、それ以外の名前を知らなかった。
右側の男が、片耳を押さえて、ぶつぶつと何か呟くと、思い切り
「本当の姿を見せろ」
右側の男が、また詰問する。
「これが、生まれたままの姿です」
サウズカトは、愛用の上着を着た腕を広げようとするが、手が拘束されていて、肘を少し動かせただけだった。
「
左側の男が、上から、サウズカトを
「マノク人は、どうやって異世界語を学ぶ。あの、
「私は、マノク人ではありません。トルフスト世界の出身です。トルフスト世界の、エウトラル国、ジアクセノ県の、ホトロという町です。その町の子供は、異世界語や異世界文化をよく学びます。十二歳になると
右側の男は、また誰かと通信をして、舌打ちする。
トルフストの地名や、過去のグレアドル入界者の情報などに、
しかし、
「アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンには、全ての変身を解除するよう言っている。状況によっては、
「やめてください! あの子は、本当に私の息子です! 私の息子は変身があまり得意ではありませんし、戦争もあって危険なので、私が留学に同行しているんです! あの子はもちろん、私にだって、人間をまるごと変身させられるような能力はありません!」
「嘘だ」
左側の男が、
確かに、嘘だ。
サウズカトは、アーロの、超人的な能力を隠す為に、同行している。
あの子は、自分の身に危険が及んだ時、思い切り力を使ってしまう。
そんな状況にならないよう、大人である自分が、
サウズカトはただ、息子の為に
「本当です! それが真実です! それ以外には何もありません!」
右側の男が、鼻で笑う。
「
「どうぞしてください。私は嘘を吐いていません」
左側の男が、何かを握った手を伸ばし、サウズカトの首筋に押し当てる。
サウズカトの、白い斑模様の浮き出た
男は、手に持っているものを、別の小さな機械に押し込み、誰かと通信を始める。
そして、舌打ちする。
「……遺伝子検査では、アルロイスタシヤ・ヌウェラ・ハディ・アジュバーンとの血縁関係が証明された」
「当たり前でしょう」
サウズカトはもう、
「だが」
右側の男が、ヘルメットの奥で、唇の端を吊り上げて笑う。
「トルフスト人なら、変身の法則を操れるはずだ」
男が胸ポケットから、小さな黒い板のようなものを出して、机の上に放る。
サウズカトは、それを知っていた。
かつて、異世界留学でグレアドル世界を訪れた際、グレアドルの人々がメモを取るのに使っていたのを見たのだ。
それよりも、かなりすっきりとしたデザインではあったが、同一の使用目的のものだと、サウズカトは理解した。
「何に変身させましょう」
サウズカトは、小さな物ならば、おおよそ何にでも変身させる力があった。
「好きにしろ」
好きにしろと言われたので、サウズカトは、好きにすることにした。
繋がれたままの両手を机の上に伸ばし、四角い板を握る。
アーロが大好きな、モモイの実にしよう。
原子の増加、置き換え、消滅。
頭の中でイメージするのではなく、法則を操る。
それだけ。
「ぐっ……」
サウズカトの手に握られた、緑色の果実を見て、二人の男は悔しそうに喉を鳴らす。
「チケットも、持ってきた物の
泊まる予定だった
彼らも、大雨で大変だったのに、異世界同士の関係が悪化している状況でもあるのに、見知らぬ異世界人を受け入れてくれた――。
しかし左側の男は、サウズカトから罪の証拠が出ないので、機嫌が悪いらしい。返事もせずに、サウズカトの所持品について、誰かと通信し始める。
その間に、右側の男が
「旅は息子と二人か」
「そうです」
「母親は」
「
「楽しみだな」
男は、
「チケットの情報も、正しいそうだ」
誰かと通信をしていた左側の男が悔しそうに、右側の男に言う。
「釈放しろとの命令だ」
右側の男は、
「
左側の男が、感謝の意を込めずに言う。
「お時間を取らせまして、申し訳ありませんでした」
右側の男も、謝罪の意を込めずに言う。
「駅まで、お送りします。息子さんとも、すぐに会えます」
サウズカトの手を拘束していたものが、外れる。
「ご案内します」
重い金属の扉は簡単に開いて、男二人に寄り添われながら、サウズカトは部屋を出る。
「お預かりしていた物です」
途中で別の男が出てきて、サウズカトにチケットと鍵を返す。
長く、暗い廊下を歩くと、やがて、
何日かぶりかに思えた日の光に、思わず目を閉じると、サウズカトの耳に、大好きな声が飛び込んでくる。
「パパ!」
停まっていた車から飛び出してきたアーロが、サウズカトの腹に
「パパ! パパぁ……!」
サウズカトは、泣きじゃくる息子を、強く抱き締めた。
「アーロ……!」
もう、離さない。
絶対に。
「ママに、会えるよ」
「うぅ……」
アーロは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を袖で拭い、頷く。
そんなに泣いていたら、母親が心配すると思ったのだろう。
強い子だ。
サウズカトとアーロは、一緒に車に乗せてもらい、不機嫌な男たちに見送られて、今日使ったばかりの、セストル駅に入った。
「ねえ」
広い構内を歩いていると、アーロが笑って、サウズカトの顔を見上げる。
「ソウさん」
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