変身

「いっしょ、いっしょ」

 人気ひとけの無いホームを、アーロは、嬉しそうに歌いながら歩いた。

 想は、この少年は、ずっと一人だったのだろうと思った。

 仲間はおろか、通りすがりの旅行者すらおらず、心細こころぼそかったことだろう。

 穂乃美が見つかったら、この子と、三人で一緒に旅を続けようか。そう考えるほどに、彼は妻が見つかると信じていたし、アーロのことが好きになっていた。

「あ、そうそう」

 アーロが、長いホームの中央付近にある、幅広い階段の前で立ち止まる。

「駅から出る前にね、入界審査にゅうかいしんさがあるんだ」

「ニュウカイシンサ……」

 この「ニュウカイ」は「入会」ではなく「入界」であると知っている想は、青褪あおざめた。

 想は、日本語と、英語が少しできるだけ。

 その他の国、しかも他の世界の言語など、分かるはずがない。

「まあ、チケットを見せて、特殊な画像・物質認証で、指名手配犯じゃないかを調べて、一つ持ってきたものを見せて、出身世界の法則と、それを扱う能力を見せて、あとは、目的は何ですか、みたいな、そういうのに答えるの。言語はね、この世界――グレアドル世界の代表的な言語。レイヤタ語」

「あ、そう……」

 想は、さいわいチケットは持っているし、少なくとも指名手配をされている自覚は無いし、家の鍵を見せることまではできるが、それ以外は全て不可能だ。

「だいじょぶだってぇ」

 アーロが想の肩をばしばしと叩くと、想は、硬そうな階段に、顔から突っ込みそうになる。

 転びかけたのは、アーロの力が強かったからではない。

 服が全て変わって、体格までもが、変わっているらしいからだ。

「ぼくの町の大人の人はね、大体こんな感じ」

 アーロは腕を組んで、満足そうに、想の全身を眺めている。

「異世界にいる間は、ずっとこれでいいね」

 想は、宙に浮いたような自分の身体からだを、見下ろす。

 アーロの着ているものよりも落ち着いた、緑色と生成り色の上下一揃いの服に、揃いの帽子、赤茶色の革のブーツ。首元に触れているのは、金属のアクセサリーらしい。

 身長は十センチほど伸びて、筋肉は、細くも引き締まっている――。

「そうそう、お顔も変えてみたよ」

 アーロが、ポケットから丸いかがみ――元はペンだったものだ――を取り出して、想に見せる。

「ぅ……」

 想はその変わりように、言葉を失う。

 痩せて落ちくぼんでいた目は、幸せそうに、黒く輝いている。

 不健康な土気色つちけいろだった肌は、健康的な褐色の肌に。

 日本人らしいマイルドな骨格は、くっきりとしたものに。

 まともに洗いもしていなかった髪は、さっぱりと短くなり、黒かった色は、真っ白の中に、明るい茶色が所々に混じったような色に。

 肌にも、右頬から首にかけてと、左の掌に、白い地図のような斑模様が浮き出ている。

「ちょっと、パパに似せてみた」

 アーロが、鏡の後ろからにこにこがおを覗かせる。

「ほんとだ……」

 その顔には、想の面影おもかげがあるが、これがアーロの父親だと言われてもおかしくない。

「脳も、ちょっとだけ変身させたよ」

 それを聞いた想は、危うく気絶するところだった。

 さっきからアーロの口からは、知るはずの無い言語が聞こえている。

 それなのに想は、アーロが何を言っているのか分かるし、想も、同じ言語で返答した。

「ぼくの国のエウトラル語と、これから喋るレイヤタ語は、日常会話くらいならできるはず。後はまあ、何とかなるよ。審査官の人は、あくまで人だからね」

「ありがとう……」

 異世界の子供とはこんなものなのか、想には分からなかった。

 だが彼は、妻を探すのを助けてもらうのに、この少年以上の者はいないのだと確信した。

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