切符

「次だよ、次」

 アーロは、まだ速度も落ちていない電車の窓を指差して、楽しそうに笑う。

 目的地の世界についてだけは、アーロは解説してくれなかった。

 想がいくらいても、アーロは「着いてからのお楽しみ」と言うばかりで、ついに教えてくれなかった。

 電車が速度を落とし、そして、扉が開く――。

「じゃーーーーーーーーーーーーん!」

 走り出ていったアーロが、ぱあっと両腕を広げるが、そこにはただ、人気ひとけのないホームがあるだけである。

 とは言え、人の往来おうらいが比較的多い場所なのか、そのホームは長く、近代的にも見え、奥に、別の路線のホームもいくつかあるようだった。

 ここにも線路は無かったが、少なくとも地面はあったし、周囲に、地球の都会で見るような建築物があるのも確認できた。

「ソウさんも早くー!」

「あ」

 発車ベルらしい音が鳴り始めている。

 想は慌てて電車を降り、アーロの横に立つ。

「そうだ、アーロ」

 アーロは、想を案内するように先を歩きながら、「ん?」と首を傾げる。

「僕、お金も、切符きっぷも無いよ」

 財布を持ってきていたとしても、日本の通貨など使えないだろうし、そもそも、昼食をとる金額すら入っていなかったはずだ。

「切符も無いの? ぼくは、色んな交通機関で使える、千日せんにち乗り放題チケットがあるけど……」

 アーロは立ち止まって、布の多い上衣じょういの中から、ガラスと金属のような素材でできた、青いカードを取り出す。

「普通の人は、ホームに入る前に買うはずだよ」

 アーロは、こめかみにこぶしを当てて、考え込む。

「あれ? って言うか、ソウさん、どうやってホームに来たの? 切符を買わなくちゃホームには入れないし、持ち込み制限が厳しい分、切符自体がクレジットカードとか、色んな書類の代わりになってるから、みんな絶対買わなくちゃいけないの。それに、切符を買うには、全世界共通の通貨が必要でしょ。無世界で、手に入るの?」

「知らない人に、エレベーターに乗るように言われて、乗って、そしたら、ホームにいたんだ」

「変なの……」

 アーロは、ぎゅっと顔をしかめて、思い切り「変なの……」の顔をする。

 アーロにさえ分からないのならば、想にはもっと分からない。

「でも、そんなら、その人たちが払って、ソウさんに切符を渡してないとおかしいよね。どこかに行ってほしかったのなら、無賃乗車むちんじょうしゃでトラブル起こすなんてこと、したくないはずでしょ」

「確かに、そうだよね」

 あの二人の目的は不明だが、少なくとも、想を無賃乗車で困らせるなどという悪戯いたずらをすることではない。

「切符、もらってるんじゃない? 行ってほしい場所までの」

「そうかな……」

 想は正直、あの時の記憶が曖昧あいまいだ。

 細かい話の内容は覚えていないし、何かのすきに、小さなものを服の中に滑り込まされていても、気付かなかっただろう。

 アーロにも手伝われながら、想は、服のあちこちを探る。

「あったっ!」

 憚りなく、上着の内側を探っていたアーロが、喜びの声を上げる。

「あった?」

「あった!」

 アーロが上げた手には、アーロの持っていたのと似たようなカードが握られていた。

 想は、上着の内側にポケットがあることを、いま知った。

「わー! これも、千日乗り放題チケットだ! 有効期限も、ぼくのと一緒くらい!」

 アーロは喜んで、光沢のある青いカードを想に見せるが、想は、そこに書いてある文字が、一つも読めなかった。

「しかも、行き先のメモとかも無いよ! ねえ、一緒に行ける! 一緒に行けるよね!」

「そうだね」

 足をばたばたさせて喜ぶアーロに、想は微笑ほほえんだ。

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