「これ、各駅停車だから、ちょっとのんびりなんだよねえ」

 アーロが、扉の上に付いている電光掲示板を読みながら、ふうっ、と、楽しそうな溜息を吐く。

 電車を取り囲んでいた暗闇は徐々に晴れ、今は、夕焼けのような色の中を走っている。

「ふぁー、おなかすいた」

 アーロは、想の隣でぐっと伸びをして、金属のペンを取り出す。

「モモイでいいや」

 アーロが、ペンをくるりと回すと、それは、手のひらだいの、緑色のリンゴのような実になる。

「ソウさんにも。はい」

 アーロは、手で果実を二つに割ると、半分の欠片かけらを一つの丸い実に変身させて、想に差し出す。

「まあ、本物よりは美味しくないかもだけど、食べられるよ。種無たねなしで作ったし」

 アーロはそう言って、自分の分の半分を丸い実にし、しゃくっと良い音を立ててかぶりつく。

「ソウさんは、全部食べていいよ。ぼくがちょっとだけ残して、またペンに戻すから」

 きょとんとしている想をよそに、アーロはしゃくしゃくと木の実を食べ続ける。

「食べてよう。ぼくの一番得意な食べ物、これなんだからぁ」

 アーロに懇願こんがんされて、想はやっと、手に持った果実に口を付ける。

 しゃく。

 食感は、リンゴに似ている。

 味は、薄めたサクランボのようで、瑞々みずみずしかった。

美味おいしい」

 生の果物くだものなど、この一か月間食べていなかったので、想にはそれが、とても美味しく感じられた。

 だが――。

「これじゃあ、物が無限に増え続けるんじゃないの」

 半分に割れた実を丸い実にしたのに、その大きさは、元の丸い実と全く同じだ。

「まあ、相当上手な人が、相当頑張ればね。何かを、本物と同じ質の何かに変身させられる人なんてほとんどいないし、小さい物を、それより大きな物や数の多い物にするのは難しい上に、そうすると更に質が落ちるから、誰もそんなことしないよ」

 アーロは、最後に残った小さな欠片をペンに戻して、ズボンに仕舞しまうと、満足そうに息をき、背もたれに身を預ける。

「……戦争で使う武器や労働力なんかは、こうやって作ってるんだけどね」

 想の食べる最後の一欠片ひとかけらは、とても重たく感じられた。

 がた。

 また少し電車が揺れて、身体が後ろに引っ張られる。

「もうすぐ駅だ」

 アーロは、座席に膝立ちになって、窓の外を眺める。

「前に来たから、今回は寄らないんだけどね」

 アーロのその声を聞きつつ、想は、電車がゆっくりと速度を落としているのを感じる。

 電車が静かに停止し、扉が開く。

 外にあるのは、さっきのと似たような、味気あじけないホームだ。

 ぷるるる、と、柔らかなベルの音が鳴っているが、乗って来る人の気配は無い。

「この世界はね、まだ、人間がいないの。でもここは、これから人間が誕生しそうな星だから、歴史の勉強になるんだよ」

 アーロは、戸口とぐちから流れ込んでくる乾いた空気を吸い込みながら、懐かしそうに言う。

「法則はね、氷が水よりも重いってこと。でも、年中ねんじゅう温かいから、お魚が絶滅しないで、進化できたんだよ」

 もしも氷が水よりも重かったら、水が保温されずに、下の土壌どじょうから全て凍っていったりして、水中で誕生した、生物の起源となるものが絶滅したのではないかという説を、想は聞いたことがあった。

「次の所は、生物がいないけど、光の法則が面白くて、芸術家さんたちや、旅行者さんに人気。その次は、普通に人が暮らしてる星が一つある。でも、速度の法則が凄くて、武器とかが結構あぶないから、一般の人の出入界しゅつにゅうかいは禁止されてるの――」

 アーロに、世界を一つひとつ解説してもらいながら、想の旅は続いた。

 窓の外は、色々な色に変わった。

 赤、青、桃、黄、黒、白――。名前の分からない色も、沢山。

 想に、楽しいという気持ちは湧かなかったが、ここ一か月で初めて、一人ではないことを感じていた。

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