色んな世界

「おじさんはさ」

「僕、二十四歳」

 今まで、『おじさん』などという呼ばれ方をしたことが無かった彼は、流石さすがに、少年の言い方が気になってきた。

「二十四歳って、無世界では、若いってこと? そうなの? こんななのに?」

 少年はかなり不躾ぶしつけに、『こんな』想の全身を観察する。

「うん……」

 少年の価値観が想と違うのか、妻を探すことしか頭に無かった想が老け込んでいたのか。

 彼はかなりの確率で、後者だと思った。

「じゃあ……うーん……まあ……」

 想の年齢と若さについて納得いっていない少年は、かなり長い時間考えた上で、新たな呼び方を提案する。

「……おにい、さん?」

「想」

 新たな提案は、年齢相応ではあるが、『おじさん』に見える相手を『おにいさん』と呼ばせるのも申し訳ないので、彼は名乗なのった。

「あー、おにいさん、でいいの……」

 少年は想を、あわれむような目で見る。

「そのソウと同じ音だけど、これは、僕の名前だよ」

 よくある名前でもないが、さほど突飛とっぴでもない、ほどよい名前だと想は思っている。

「あー、もー……!」

 少年は、他に乗客がいないのをいいことに、座席に、大胆だいたんに寝転がる。

「ニホン語、難しいぃ」

 分厚ぶあつい革の靴を履いた足が、想の膝の上で暴れて、汚いズボンをさらに汚くする。

「日本語、勉強したの」

 外国の子だとは思えないくらいに、すらすらと喋るので、想は内心、首をかしげる。

「そうだよ」

 少年は、ぴょんと起き上がって、元のように座る。

「ぼくの世界ではね、学問がすっごく発達しててね、いろーんな世界の、いろーんな国の言葉を勉強するの」

 少年は、「いろーんな」の所で、両手を広げ、想の腹をなぐる。

「色んな世界……」

『国』という単位の他に、『世界』という単位があるのが変だった。

「無世界の人って、ほんとに何も知らないの?」

 少年は想の顔を覗き込み、嫌疑けんぎの目で見る。

「何か隠してるって、みんなうわさしてるよ……って、あ、『無世界』なんて言っちゃだめだね」

 少年は座り直して、自分の膝をぽんぽんと叩く。

「サベツ用語だー、なんて言う人もいるもんね。『マノク世界』」

「マノク……」

 それも、想には分からなかった。

「うっへえ」

 少年は、両手を万歳ばんざいするように上げて、また、座席に寝転がる。

「ほんっとに何も知らないんだよね? 『マノク』って、ぼくの生まれのトルフスト世界の、第二ディラファット宇宙の、セダナっていう星の、中でも特に学問に力を入れてるサディーユっていう国の言葉で、『たった一つの法則ほうそく』って意味で、全世界で標準的に使われてる名前だよ?」

 少年はまた、靴で想のズボンを汚しながらも、懇切丁寧こんせつていねいに説明する。

「とる……世界……」

「え!?」

 少年は、床を突き破る勢いで立ち上がり、想のむなぐらを掴む。

「なっ、何……」

 子供にどころか、誰からもそんなことをされたことがない想は、困惑して固まってしまう。

「他に色んな世界があるって、それも知らないなんて言わないでよね」

 少年の目は、完全に怒っているが、知らないものは仕方ない。

「知らない……」

「んがーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 少年は、想の胸ぐらを離し、乗客のいない車内をくるくる回りながらめぐって、想の隣に戻ってくる。

「あのさ! 自分がいる世界じゃない世界を、『異世界』! それが、いーーーーーーーーーーーーーーーーーーっぱいあるの! 宇宙は一個しかないところもあるけど、国とか星とかはいーーーーーーーーーーーーっぱいあるでしょ! それと一緒!」

 少年が、想の汚れたズボンをぱたくので、清潔感のある車内に、もうもうとほこりが舞う。

「んでさ! これは、いーーーーーーーーーーーーーーーっぱいある世界どうしを繋ぐ、『異世界間交通いせかいかんこうつう』の電車! 知らないで乗ったの!?」

「知らないで乗った」

 知らないで乗ったのだから、仕方ない。

「あーそうなのぉー」

 熱のある解説に疲れた少年は、座席に、ごろんと寝転がる。

「君は、どこへ行くの」

 世界がどうのこうのというのはさておき、子供が一人で、誰もいない電車に乗っているのは、奇妙ではあった。

「ぼくはね、色んなとこだよ」

 少年は、襟巻えりまきの先に付いているふさをいじりながら言う。

「ぼくの住んでる町ではね、子供はみんな、異世界留学って言って、色んな世界を旅するの。それで、色んなものを見て、色んな人と会って、かしこくなって、やさしくなって、おうちに帰るの」

 そう言う少年の口調は何故か、少し寂しそうだった。

「でも、センソーで、色々大変で、子供を旅に出す親は少なくなっちゃった」

 少年が、二人しかいない車内にちらりと目をって、すぐに房をいじりに戻る。

 想は、少年の言葉を、疑いも無く受け入れた。

 国同士どうしの戦争と同じように、世界同士でも戦争が起こり、一般の人々の行き来が無くなったのだと、想は理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る