ネクロマンティクス

夏伐

あなたのいない世界

「ベリアル公爵家メリル嬢との婚約を破棄する」


 王位継承者である第一王子ベリトは、横に婚約者ではない令嬢を連れていた。そして、メリルへと王家の書状を突き付ける。

 

 主に貴族が通うことになる魔法学校、その卒業式パーティで『ひろいん』を連れた『こうりゃくたいしょう』が『あくやくれいじょう』を断罪する。


 何年も前から、予想されていた言葉だ。その言葉でメリルの『糸がふつりと切れた』。


 メリルが暴れないよう抑えつけていた騎士見習いの青年は、急に力を失ったメリルに対応できず、ゴキリとその腕を折った。


「――なっ!?」


 本来続くはずだった言葉は「王子の寵愛を受けた男爵令嬢リリンに嫉妬し、みにくくも嫌がらせを行った。国母に値しない女だ」。後は追放か断罪か。

 だが、その言葉はかき消えた。


 腕が折れたメリルは声を発することなく、その場を動かない。当然だ。魔法の時間はとっくの昔に終わっているのだから。


 婚約破棄にショックを受けたメリルがやった苦し紛れの演技ではない。周囲もだんだんと事態に気づいていった。


 メリルは死んでいた。


「当たり前じゃないか」


 糸が切れたら魔力の補強がなくなるんだから。私はニヤリと笑う顔を扇で覆い、周囲から隠した。

 同じように周囲の令嬢は、困惑や戸惑いを隠そうとしている。


   ☆


 メリル・ベリアル。シェディム王国を支える四大公爵家のうちの一つであるベリアル公爵家の令嬢だ。

 幼い頃に決まっていた婚約者はメリルを見ることはしなかった。

 おままごとみたいでバカらしかった茶会で、唯一メリルだけは話が通じた。ただ、彼女は時々おかしな単語を口にする。

 突飛な発想、貴族らしからぬ価値観。事件を予知したことも一度や二度ではない。


 貴族の子息令嬢が集まり、派閥ごとにグループを作る。うちは呪術に特化した家門だったからか、どこか遠巻きだった。

 くせのある黒髪が不気味だったのかもしれない。


 騒がしい茶会で一人本を読む私に、メリルは話しかけてきた。


「ねぇ、何を読んでいるの?」

「死霊術」

「へ、へぇ~ネクロマンサー的なこと?」


 メリルは怖がっていたが、その一件で私たちは良い友達になれた。

 将来は王を支えることができる王妃になる。そのためにメリルは努力をしていた。どうしてか、そんな彼女を支えたいと思った。


 メリルだけが私と外をつなげる窓だったかもしれない。私はずっとメリルに手を引かれる子供だった。


 ずっとメリルの背中を見ていた。彼女の見る未来の先が見たかった。問題が起きたのは、彼女の予知の回数が多くなってきた頃だ。


「ねぇロア、死ってなんだと思う?」


 中庭で王子と他の女生徒が仲睦まじく歩いているところを見つめて、ぼんやりとそんなことをつぶやく。


「うちの家門では魂は肉体にとらわれると考えている」

「でも、」


 メリルはその問答のうちに、生まれ変わりの話をするようになった。ゲームの世界で何度も何度も殺されることに疲れてしまった、と。

 彼女が予言するいくつかの未来をメモしたノートをもらった。


 その未来では全て、メリルが不幸になっていた。詳細のあるものもあれば、ないものも。

 伯爵家の屋敷から寮へ追いやられたメリルは、毎日泣いていた。

 どうして、こんなにも優しくて、賢い子がこんな目にあうんだろう。怒る私に、メリルは「運命だから」と口にした。


「ロア、この世界ではあなたと仲良くなれて良かったと思うわ」

「メリル?」

「今回は、家族からも見放されたみたい」


 泣く力もなく、力なく笑っていた。翌朝、メリルは息をしていなかった。近くに小瓶が転がっていた。


 そこで私は、血によって受け継がれる家門の魔術『ネクロマンシー』を使った。

 死者を操る能力だ。糸で体をつりあげ、手足を動かす。細かな筋肉を稼働させる。


 メリルを演じ続けた。

 

「大丈夫、私はずっとあなたを見てきたから」


 それに、未来を記したノートにこの道筋が記されていた。おかしいじゃないか。どうして彼女だけが不幸になり続けなければならないのか。


 メリルの中にあるのが、彼女の魂だったら良い。魂の存在なんて証明できやしないけれど。楽しい時間を、幸せな時間を。笑顔で卒業パーティを行い、隣に王子はいなくとも彼女を屋敷に帰らせてあげたい。


 私のわがままだ。

 運命は、変えられる。未来への選択肢に限りなんてない。それに、その瞳に未来がうつってなくとも、私はメリルの笑顔が見たかった。


 『ひろいん』と関わらない選択肢をしていたにも関わらず、――未来の記されたノートにない選択肢を選んでいたはずなのに『婚約』は『破棄』された。


 何度もノートで見たその言葉を聞いてメリルを操っていた『糸がふつりと切れた』。


――ゴキリ。


「――なっ!?」


 次第に周囲が騒がしくなる。動かないメリル。魔法が途切れてもろくなった死体はぐたりと動かない。


「当たり前じゃないか」


 私は諦めて笑いそうになった。あのメリルが諦めた運命に私なんかがかなうはずないんだ。だが、続くはずの言葉が消えていた。

 今、会場は騒がしいものの、メリルは追放も断罪もされていない。


 医者が呼ばれ、事態を収拾するために国の中枢を担う貴族たちがやってきた。メリルを捕えるよう指示したベリト王子が捕縛された。普段の行動が問題視されていたのだ。

 協力していた令息・令嬢たちも事情を聞くために捕縛された。


 なんだ、みんな知ってたんじゃないか。

 それなのに、メリルを一人孤独に追いやって、そして殺してしまったのか。


「はははは」


 たった一人の親友を失い、私はおかしくなってしまったのだろうか。口から笑いがとめどなく溢れてきた。あの未来を予知するノートに、私も登場していた。

 メリルを利用するテロリストとして。


 いくつかの未来で、私は道半ばに倒れたメリルを操り国の転覆をはかっていた。彼女のノートは卒業パーティまで、そしてその後が軽く描かれているだけだ。

 どの未来も観測している彼女がいなくなってしまったからかもしれない。それもゲームの仕様か。


 今、私が歩んでいる現在はあのノートにない。

 つまり彼女の望んでいた、希望でもあるはずだ。そして、私にできることはノートに描かれていた。今のままではただの令嬢の不審死で終わってしまう。茶会の噂話でメリルが消えてしまう。


「そんなことはさせない」


 彼女の夢見た未来を、0からまた生み出そう。私は魔王になれる。メリルのノートでいくつもの未来の私がやっていたことだ。

 魔『王』になるのは必要だから。


 魔法の知識をもっと得たら別の世界でメリルにまた出会えるかもしれない。そしたら、一緒に運命を変えよう、そう言うのだ。

 この『世界』は、私とメリルのための未来への踏み台だ。

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