第8話 見つめているのは「今」
「……生まれ、変わり……?」
リナノは、呆然と彼の言葉を繰り返すことしかできなかった。
ペンダントに触れるミックの指先を見つめる夕日色の目が不安定に揺れる。それに気付いているのかいないのか、ミックはあっさりと「ああ」と頷いた。
「再生してしばらく経ったころ、よく分からなくなってた……なんて言ったらいいんだろうな。契約者との……糸、みたいなものか? それがまた繋がってるのに気付いた。そのとき確信したんだ。【召喚姫】は生まれ変わって同じ時代のどこかに生きてるって」
「だからさっさとこの船を継ぎたがってたんだよね、ミックは。何かにつけていろんなとこに移動できるから、弱体化した
改めて納得、とバド。
ミックは人間に混ざりレオガルド王国の
……ということは、つまり。
「一年前、ミックさんがあの街に来たのは……偶然じゃなかったんですか?」
「そういうことになる。やっと見つけたと思ったそばから酔っ払いに絡まれてて、正直血の気引いたけどな」
「頭に血が昇ったの間違いじゃないのか」
「うるせえ」
すかさず余計なひと言をボソリと挟み込んできたクロエに、ミックが舌を出してみせる。
喧嘩になりはしないかと心配になったリナノだが、バドとラズに目をやれば二人の表情が「いつものことだから」と語っていた。
実際二人は険悪になるでもなく、話がそこで終わる。
ミックとエイミーの兄妹じみたやりとりを思い出し、似たようなものかと何となく納得した。
「……まあとにかく、それで。やっと見つけたのがお前だったんだ。それからは、知っての通りというか……しょっちゅう顔見にきてたろ?」
「あ……えっと、はい……」
「見つけたのはいいけど、いつもチビすけも一緒だし話すタイミングが掴めなくてな。そうこうしてたら今に至るってわけだ。俺が動くのが遅かったせいで、色々急になってすまん」
すかさずリナノは首を振る。
【召喚姫】の末裔であること自体は、母から聞かされて育った。だから海竜との絆のことや、自分も失われた【召喚魔法】の力を秘めていることは知っていた。
しかし、自身が【召喚姫】の生まれ変わりであることなど、急に聞かされても信じられなかったに違いない。
——けれど、今なら理屈ではなく本能で「そう」なのだと分かってしまう。
海竜であるミックとの魂での繋がりを体験してしまった今では。
(……でも……)
リナノはぎゅっと唇を噛む。
自覚してしまったら、途端に不安になった。
ミックはかつての海竜としての日々を完全に覚えている。だが肝心のリナノは、何も——【召喚姫】としての記憶を、何も。持っていない。
泣きたくなるほどの懐かしさや、何も分からないのに覚えがあるという不思議な感覚。それだけだ。
——ミックさんは、永遠とも思える時間を海の底で過ごしている間もきっと【召喚姫】を想っていたのに。
——そうして、やっとのことで見つけてくれたのに。肝心の私が何も思い出せないなんて。
申し訳なさのほかにもう一つ、チクリと心を侵食する感情があった。
ミックの想う【召喚姫】。
それは自分であって自分ではない、という痛み。
そんな気持ちを抱くのはただ傲慢なだけだと自分を諌めるが、そのたびに出会った日から今日までの彼との思い出が巡って胸を締め付けるだけだった。
「……リナノ」
俯いたせいで顔にかかっていたブルーグレーの長い髪を、ミックの指先が掬った。
呼ばれたから返事をしなければと、ゆるゆる頭を持ち上げたリナノ。思ったより至近距離にあったその顔に、一瞬呼吸が止まりそうになる。
じっとリナノの目を数秒見つめて——「なんか変な勘違いしてるな?」と眉を顰めた。
「……いや。俺が勘違いさせたんだな。悪かった」
「えっ、な、なんでミックさんが謝って……!」
「お前はお前なんだよ」
海を思わす瞳の真摯な色。
リナノは言葉を失う。
「
「っ……!」
鼻先が熱い。つい涙が溢れそうになり、リナノは目元を覆った。
ミックの言葉がじわりと心に温もりを灯す。胸に刺さった棘も、言いようのない不安も何もかもが溶けて消えていく。そんな気分だった。
——何を怖がっていたのだろう。
今度は心を染めていく安堵感に泣きたくなる。
「思い出せないとか思わなくていい。リナノ、お前は古代の【召喚姫】そのものじゃないだろ。強いて言うなら【現代の召喚姫】ってとこか? むしろお前がお前だからこそ俺は……、……」
「え? ……むしろ?」
「……いや、何でもねえ」
聞き返したが、何やらニンマリ顔のバドを筆頭に仲間たちの顔をジト目で見るミックは首を振るだけ。
そんな半端なところで切られては続くはずだった言葉が気になって仕方ないものの、重ねては聞けなくてリナノは首を傾げるしかない。
「とにかく! 俺の事情はそんなとこだ!」
「は、はい」
「……それで、だ。リナノ。お前の夢、改めて聞かせてくれ」
夢。
今までずっと誰にも言えないまま、胸の内に抱いていたもの。
まっすぐ正面から見つめてくるミックの青い目と、リナノが話し出すのを待っていてくれる仲間たちの顔を順番にゆっくりと見た。
「——私は……先祖が帰りたいと願った故郷を、聖域グローディアを見つけたいんです。そして【召喚姫】の、グローディアの民の末裔としての役割を果たしたい。そう思っています」
役割? と小声でバドが呟くのが聞こえた。
「はい。歴史に残るグローディアの民の役割は、神が作った聖域とそこに刻まれた異界への扉を守ること。先祖がそうであったように、私も……。それと、もう一つ」
住処である川を離れてまで見送りにきてくれたアーヴァンクたちを思い出す。
あれから、無事に住処まで戻れただろうか。
きっと大丈夫。彼らは強い魔物たちだ。リナノは一度目を閉じ、すぐにまた開いた。
「魔物、あの子たちは魔神に喚び出されこの世界に取り残されてしまった召喚獣の末裔です。私が先祖の故郷に帰りたいと願うように、あの子たちの中にも帰りたがっている子がいます。——もし私がグローディアを見つけて、封じられた異界の扉を開くことができたなら……あの子たちを帰してあげたい」
アーヴァンクたちをはじめ、今までリナノが出会ってきた魔物たち。
稀に理性を無くしてしまって無理なものもいたが、その大半と意思疎通できたリナノは彼らから故郷への想いを感じることも少なくなかった。
決して遠くない、同じような気持ちを彼らも抱えている。だからこその夢だ。これはグローディアの民の末裔、【召喚魔法】の素質を受け継ぐ自分にしかできない。
長く、心の中で思うだけだった。
だがこうして口に出してしまうと、叶えたいという意思が強くなるばかり。もはやいつか、ではない。リナノはペンダントを握り締める。
「なるほどな」
かつて聖域グローディアにて【召喚姫】に呼ばれ、彼女とその地を守ってきた【黄金の海竜】——ミックは、リナノの夢を嬉しそうに聞いていた。
「俺も、お前が望むならグローディア見つけて連れて行ってやりたいと思ってた。その先でお前がやりたいことを手伝いたい、それが——今の俺の夢だったし」
リナノの肩にコテンと頭を預け、ミックは満面の笑みを見せる。
「だからやっぱり、夢は同じだな。お前の夢は俺の夢だ」
「——……っ」
近い。
触れ合っている場所から、鼓動の速さが伝わってしまうのではと思うほど。
が、またもかとクロエが動きかけたのを「大丈夫です!」と咄嗟に止めるだけの余裕は辛うじてあった。
照れてはしまうが、彼がそうせざるを得ないのも何となく分かっていたからだ。
「あの……ミックさん」
「ん」
「もしかして、すごく疲れてます……? だからさっきから、眠そうだったり寄り掛かったりされてるんですよね?」
思えば、話し始めた時からミックは欠伸をしていたりとその片鱗はあった。
海竜の姿を見せ、またすぐ人間に戻ったあとからあまり動いていなかったような気もする。つまり、とリナノが結論づける前にミックが苦笑した。
「さすがにバレたか。実はそろそろやばい。いつでも寝落ちれるってか、半分意識飛びかけてる」
「わ、笑ってる場合じゃないですよ⁈」
「いやマジでそう! そんなしんどかったなら早く言ってよミック!」
「痩せ我慢してる場合なのか? やっぱり馬鹿か?」
「いやちょっと休めば回復するとは思うんだけどな。てか、また馬鹿っつったかクロエてめえ」
「あー、毛布かなんか持ってこなきゃ……」
ラズが呆れ顔で立ち上がり、船内へと入っていく。
バドとクロエが騒がしくミックを揺する中、リナノはオロオロと彼の額に手を当てた。少し、熱っぽいようにも思う。
「だ、大丈夫ですか? もしかして、海竜の姿に戻ったのが原因……?」
もしかしてとは言ったが、それ以外に考えられない。
そういえばミックはあの時「お前が傍にいる今なら戻れる」と言っていたが……。
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