第3話 夢追う覚悟に差し出された手
「邪魔した覚えはねえんだよな。お前とも遊んでやってんだろ、ほら」
「ちょっと! きやすくレディを抱っこしないでくれるかしら!」
「あ、そうか。肩車のほうが好きだったな、お前。前に会った時してやったら、すげぇはしゃいでたし」
「ち、ちちち違うわ! ちょっと見晴らしがよくて驚いただけよ! ……嫌いじゃないけど……でも、肩車なんてはしたなくてだめって家庭教師の先生が……」
「何だそれ? 好きなモンは好きでいいだろ。な、リナノ」
傍目には仲の良い兄と妹のようなやり取りを繰り広げるミックとエイミー。
ついつい楽しく見守ってしまっていたところに話を振られ、リナノは反射で頷いてしまった。
顔を赤くするエイミーには悪いが、実際ミックに肩車されていた時の彼女はとても楽しそうだった。見ていたこちらが幸せな気持ちになるくらいに。
「リナノ! この話のわからない男なんとかしてー!」
「うわ暴れんな! 釣られた魚かお前は!」
「あっ、だ、だめですエイミーさま! 危ないですよ!」
ジタバタと身を捩るエイミー。慌てて駆け寄り、リナノは今にもミックの腕から落ちそうな彼女を抱きとめた。
途端にエイミーはリナノにしっかり抱き着き直し、誇らしげにミックに鼻を鳴らして見せる。
「うッわコイツ……」
「ふふん! 指をくわえてみてればいいわ!」
「てめぇ、成敗される悪役の台詞だからなソレ!」
「……本当に、お二人とも仲良しですね。兄妹みたいです」
うっかり漏れたリナノの本音に、二人が同時に「どこが⁈」と食いついてきてまた笑ってしまった。
先ほどまで不安な気持ちで一杯だったというのに。
彼——ミックが現れると、いつもこうだ。暗いものがどこかに追いやられ、心が晴れ渡る。
彼はリナノやエイミーの話はよく聞いてくれるが、自分自身のことはさほど語らない。
だからミックがどこの誰で何をしている人物なのか、実のところリナノはよく知らない。ただ、港付近でよく会うことや数ヶ月間が開くことなどから船乗りではないかとリナノは想像していた。
何より、明るく強く豪胆なミックはリナノが知る誰よりも海が似合う。……ような、気がする。
「……お前もコイツも落ち着いたぽいし。話、戻していいか?」
リナノがエイミーをそっと降ろしたあと、ミックが静かに切り出した。
そういえば彼はそれを気にして声をかけてきてくれたのだと、今更ながら思い出す。
話題を戻すタイミングを待っていてくれたミックに感謝し、リナノは「はい」と頷いた。
「じゃあ改めて。……結婚って、どういうことだ? 結婚するのか? リナノ、お前が? 誰と?」
「一気にききすぎよ……」
エイミーが呆れて溜息を吐き、ミックは眉を顰め「仕方ねえだろ」と頬を引っ掻いた。
一瞬、リナノは目を伏せる。
結婚についての話を彼にするのは実のところ、少し——胸が痛い。しかし聞いてもらえば心の整理もつくかもしれないと、リナノは深く息を吸う。
「実は……」
それから、リナノは手短に現状を説明した。
今朝がたシャバハからの使者が訪れたこと。シャバハ王家第十二王子から結婚を申し込まれたこと。
すでに持参金まで用意されており、雇い主であるモーガン子爵も大喜びだということ。
返事の期限は明日で、改めて迎えに来ると告げられたこと。
一つ伝えるごとにミックの青い目が
「……胡散くせぇ」
「やっぱりそう思うわよね⁈」
眉根を寄せ、素直すぎる一言を漏らすミック。
素早くエイミーが食いついて、二人して頷き合う。
「思う。疑わない方がおかしいだろ」
「そうよね! まったくお父さまったら、見る目がないんだから! ねえリナノ!」
「え、ええと……」
同意を求められたがさすがになんとも返事し辛く、リナノは曖昧に笑うしかない。
察してくれたのか、ミックが苦笑混じりにエイミーの頭を雑に撫でてから「まあ、でも」と話題を切り替えてくれた。
「シャバハの第十二王子ってのは確かにいるな。末っ子だっけか……名前、なんだったっけか」
「サーリー・ハーシム・エルラルド殿下です。今年で十六歳になられると、使者の方が仰っていました」
「あー、それだ。とっとと王都を出て国の外れで気ままに過ごす道楽者って噂だけは聞いちゃいるが、顔は見たことねえな。……シャバハほど王位争いが熾烈な国の王子を騙る馬鹿もそういねぇだろうから、本物ではあるか……?」
視線を港のほうへ投げながらのミック言葉は、後半に行くにつれなかば独り言のようだった。が、いやに諸々知っているさまが意外すぎて。
エイミーはもちろん、リナノもきょとんとしてしまう。
二人の様子に遅れて気付き、ミックは目を細めた。
「何だよその反応」
「い、いえ……その。ミックさん、お詳しいんですね……?」
「なんか……意外すぎるわ……」
「おい、俺はどういう男だと思われてんだ?」
冗談めかして苦々しく笑い、腕を組むミック。まあいいけど、と短く息を吐く。
「……事情は分かった。それでチビすけが、逃げろ逃げろって喚いてたわけか」
「そ、そう! そうよ、リナノ! はやくにげなきゃ!」
我に帰ったエイミーが文字通り飛び上がり、リナノをまた急かした。
まっすぐ心からこちらの身を案じてくれるエイミー。その気持ちが嬉しくて——それだけでもう、十分だった。
(それに、ミックにさんにも会って話すことができた……。もう、大丈夫)
胸元に隠す大切な宝物に手を添え、目を閉じる。
そうだ。最後にこうして彼に会えて良かった。
エイミーとミック、二人からもらった優しさがあれば、この先なにがあったとしてもきっと。
「エイミーさま。私なら大丈夫ですよ」
「な……!」
「先ほどお伝えした通り、エイミーさまにお仕えすることができて私は幸せでした。まだまだ足りないかもしれませんが……やっと、ご恩を返すことができるんです」
リナノとシャバハの王子との婚約がまとまることによってモーガン家が得られるものは大きい。だからこそ子爵はあれだけ大喜びしていたのだ。
世話になったモーガン家にいつか恩返しをしたいと願っていたのも事実。
ゆえにこればかりは——幸運だったと、言える。
「お二人が思われるように、少し……変なお話ではあります。だけど、心配なさらないでくださいね」
二人を少しでも安心させようと微笑んで、リナノは頭の端で考えを整理した。
王族が他国の平民の娘に求婚する、本当の理由。
身分違いのロマンスなど絶対あり得ないとまでは言わないが、もっとも容易に考えられるのはただの気まぐれの道楽。その果てに待つのは大体が悲惨なもので、弄ばれて捨てられるのが世の常だ。
そしてもう一つは——リナノが【召喚姫】の末裔だと、何らかの方法で探り当ててきたということ。
伝説の【召喚姫】、その血族たるグローディアの民は聖域グローディアが神に隠されたと同時に絶えたと言われている。
だが実はどこかに隠れ、ひっそりと血脈を繋ぎ生き残っているのでは? そんな噂も巷には流れていた。
彼らがいなくなると同時に世界から失われた召喚魔法。生き残ったグローディアの民はまだ、その力を有しているのではと。
事実、噂は的を射ている。
【召喚姫】の末裔たるリナノはこうして現代を生きているし——召喚魔法の力も引き継いでいた。
失われた古代の力を悪用する目的で、民の生き残りを探している者たちがいるのは知っている。
あの使者が、そして王子とやらがそうでない保証はない。話の唐突さから言って、むしろそうであってもおかしくはない。
けれど。
「この先なにがあっても、私は挫けたりしません。お二人に頂いた優しさと、夢がありますから!」
「「夢?」」
ミックとエイミーがほぼ同時に同じことを聞き返してくる。
はい、とリナノは笑った。
『海竜と召喚姫がそうだったように、召喚魔法は世界も種族も超えて互いの心を繋ぐもの。いつかまた……必要になる日が来る。その時まで悪いひとたちに見つからないようにと、神様は異界と繋がる扉を島ごとお隠しになったの』
亡くなった母からよく聞かされていた話。
【召喚姫】亡きあと、召喚魔法を取り上げられた人々はグローディアを侵略しようと攻めてきたのだという。
だから神様はグローディアを隠し、民をひっそり逃したのだ。
いつかまた故郷に帰れる日を夢見て、秘密の力を隠し通してきた先祖たち。その話を聞くたびに、リナノの決意は揺るぎないものになった。
先祖たちが愛した故郷を今も隠し守る青い海に、いつか漕ぎ出す。そうして幻の聖域——グローディアを見つけて。
【召喚姫】をはじめ祖先たちがそうであったように。世界と世界を、人と召喚獣の絆を繋ぐ
「大切な夢なんです。叶える日まで、何があっても悪足掻きします」
たとえハレム宮殿に閉じ込められることになったとしても。
心身ともに耐え難い仕打ちが待っていたとしても。
王子が悪き野望を持っていたとしても。
夢を叶えるため、思考停止して諦めたりはしない。生きてさえいればどうにかなるのだ。どうにかしてみせる。
「……覚悟は決まってるって目だな」
言葉を失うエイミーの隣で、ミックが腕組みしたまま静かに口を開く。
その唇が弧を描いた次の瞬間。思わぬ言葉がリナノの耳に飛び込んだ。
「なら、海賊に攫われてみる覚悟はあるか?」
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