第43話 ワープ

「さあね、そんなこと私が知ってるわけないじゃない」


「ほんと?」


 佐藤の問いかけに彼女は少し目を伏せて爪を掻いた。


「知らないわ。ただ、色々と聞き出さなきゃいけないことがあるでしょうから、まだ死んでないとは思うけど。もし生きてたとしても組織の地下にある牢獄よ。助けに行けるわけがない」


「いいや、それだけ聞ければ十分だよ」


 佐藤は不意に野辺地学の腕を掴んで、銃口を自分のこめかみに当てた。


「ちょ、え?」


「待って優介くん、どうするつもりなの!」


 困惑する二人に微笑みを浮かべ、佐藤は言う。


「俺は戦いたいんじゃない。ただ、大切な物を取り返したかっただけなんだ。そして今君からペンダントを取り返すことができた。次に取り返さなきゃいけないもの、それは分かるだろ?」


 佐藤は引き金を引く。撃鉄が降り、金剛色の光が発生する。硝煙のにおい。直後、佐藤の姿が消えた。閃石はただ茫然と立ち尽くしたまま、佐藤がいたはずの場所を見つめる。たった一言「馬鹿……」と零して。



「もー、本当に人生終わったと思ったんですからね」


 雛菊黄色がチーズバーガーを頬張りながら文句を口にした。


「突然ビルの電気が落ちたとき、パニックですよパニック。逃げるって発想すらありませんでした。あいつらあり得ませんよ。多勢に無勢のくせして不意打ちまでしてくるんですから。マジでゴミです」


「きぃちゃん、食べるか話すかどっちかにしてよぉ」


 なぜだか嬉しそうに瑠璃が笑う。彼女はテーブルに頬杖をついたまま、ポテトに手を伸ばした。


「おなかも空いているんですから、仕方ありません。はむっ」


 大口を開けてチーズバーガーにかぶりつく少女を眺めて、佐藤はくすりと笑った。


「あ、ちょっと。今笑いましたね。ぼくの事を見て笑いましたね。子供っぽいなとか思いましたね? 糞チビだって思っちゃいましたね? 許せません。極刑に処します!」


 日下部のまねをしてグローブをはめなおす仕草を見せた黄色に、瑠璃が「似てる似てる」を笑った。佐藤もそれにつられて笑顔を零す。


「だって、黄色さんがなんか、子供っぽくてさ」


「はぁ? ぼく年上ですけど? 最年長なんですけど? お酒飲める年齢なんですけどぉ?」


「俺だって飲めるし!」


「未成年飲酒を自慢しないでもらっていいですかぁ? 何の自慢にもならないんですけどそれ!」


 露骨に怒りを表現する黄色を、瑠璃が必死になだめながら佐藤を見た。


「でもぉ、ゆぅくんがいなかったらわたしたち終わってたじゃん? ゆぅくんには頭上がらないよねぇ?」


「まぁ、それはそうですけど……でもガキ扱いは別案件です」


 黄色が黄金の針を取り出した。佐藤は慌てて否定のポーズをとる。


「してないしてない! 子供扱いしてませんから!」


「年上に対する誠意が足りないんですよ。そこんところ理解していますか?」


「はい、すみませんでしたぁ!」


 深々と頭を下げる佐藤。しばらく沈黙が流れ、ぽんと頭に手を乗せられた。佐藤が恐る恐る顔を上げると、雛菊姉妹が二人して頭の上に手を乗せているらしいことが分かる。


「あの、何してるの?」


 佐藤の言葉に、雛菊黄色が顔を赤らめながらそっぽを向いた。


「い、犬みたいだなって思って」


「もぉ、素直じゃ無いなぁきぃちゃん!」


「は、はぁ? 素直とか素直じゃないとか今関係ないんですけど!」


 顔を真っ赤にしながら手をバタバタさせる彼女に、目を丸くする佐藤。そんな理解不能と言った表情を見せる彼に、瑠璃が笑った。


「きぃちゃんなりのお礼なんだよぉ」


「……お礼?」


「わたしたちもぉ、褒められるときいつも頭撫でてもらってたからぁ」


 そう言いながら、瑠璃は佐藤の頭を優しく撫でた。


「ゆぅくん、ありがとうねぇ? 助けに来てくれてぇ」


「あ、うん。大切な物を、取り返さなきゃって思ったからさ」


 佐藤はストローに口をつけた。


 あの時、佐藤優介はリボルバーを使用して自らに空の魔力を送り込んだ。そして二人が閉じ込められている牢獄を想像する。たったそれだけで、気が付けば彼女たちの目の前に移動していたのだ。牢獄の中で不満そうに寝そべる雛菊黄色と、おろおろ涙を流す雛菊瑠璃。彼女たちの目の前に佐藤は突然現れた。彼の予測は正しかったようで、魔法が付与された肉体は望んだ場所にワープすることができるようだった。

 もちろん、突然目の前に佐藤優介が現れたもんだから彼女たちの慌てふためきようは凄まじかった。地下の牢獄施設全体に響き渡る絶叫だ。それもそうだろう。佐藤優介はともかく、その日初対面となる野辺地学もいたのだから。


「ギャアアアアアアアアアアア!」


「だ、誰! 誰ですか! そいつ誰ですか!」


「悪霊だぁぁぁぁぁぁ!」


「ば、馬鹿馬鹿馬鹿! 幽霊なんか存在するわけないじゃないですか!」


「だってゆぅくん半透明だもぉん!」


「……あ」


「きぃちゃぁぁぁぁぁぁぁん!」


 雛菊黄色は泡を吹くし、雛菊瑠璃は怪力を躊躇なく振るうし。二人を牢獄の外に連れ出すのは苦労した。だが、そのおかげで今こうしてファーストフード店のハンバーガーを食べることができる。

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