第41話 ビンゴ
「ほんと?」
「うん、ついでにもう一つ教えてほしいんだけど、どうして自分で魔石虫を探さず俺に頼るんだ?」
「あぁ、それはね」
彼女は魔石虫を手に取り眺めながら話す。
「さっきも言ったけど、魔石虫の餌は放射性廃棄物なの。つまり魔石虫が取れる場所に行けば私も被爆する。私も被爆者として扱われる可能性がある。それが怖かったの。でも、佐藤くんは東京の大学にちゃんと入学できたでしょ? それって奇跡なんだよ。だってに入学試験の中に含まれてる健康診断は、内部被爆状況を調べるのも含まれてるんだから。佐藤くんも受けたでしょ? 狭い箱の中で」
彼女の言葉に、佐藤は試験の内容を思い出した。面接を受ける直前だ。名前を呼ばれた順に靴を脱ぎ、スリッパを履いて狭い箱のような場所に通された。所持品を全て外に置き、壁を向いて立たされた。何をしているのか分からなかったが、恐らくあの場所で被爆状況を確認していたということだろう。
「もし幼少期に魔石虫がいるような環境で育ってたんなら、普通はホールボディーカウンターで被爆者だって判明する。被爆してることが分かれば絶対に大学は合格しないもん」
「つまり、空の魔石虫を所持している俺が被爆していなかったから、俺の地元が安全だって判断したのか?」
「そういうこと。放射線量が規定値以内。それなのにレアな魔石虫が生息している。そんな場所があるなら、私だって将来が脅かされる心配なく昆虫採集できるじゃない?」
「だから、俺の地元をどうしても聞き出したかったと」
「まぁ、そういうことになるかな」
「ところで、空の魔石虫はどんな魔法が使えるようになるんだ?」
「えー、一緒に虫取り行くか先に答えてよ」
閃石の言葉に、佐藤は頭を掻く。
「もー、まぁ私も詳しくは知らないんだけどね。ただ空の魔石虫は空間を司る魔法を扱えるんじゃないかって言われてるのは確かかな。一度だけ実験した記録があるんだ。捕獲した空の魔石中で行われた実験では、研究者全員目が覚めたら自分の家にいたらしいの。アメリカの実家まで帰ってた人もいたらしいよ。だから、ワープさせるとか言われてる。それを使えば、放射線だけを肉体外に排出する装置とか作って、もっと汚染の進んだ地域の研究ができるかもって話題なんだよ」
「なるほどね。それで俺の地元を利用したいってことか」
佐藤の冷ややかな目線に慌てた様子で閃石は両手を振る。否定を意味する仕草だ。
「あ、優介くんの事好きだって気持ちも嘘じゃないからね!」
必死に弁解しながら、彼女は空の魔石虫を佐藤に差し出した。
「ねぇ優介くん、約束してくれないかな?」
「何を?」
「私と一緒にこれと同じものを捕まえに行くって。そしたら私はお母さんの形見を返してあげる。私と一緒に、昆虫採集してくれないかな? 私、優介くんより強いよ? 優介くんはもう魔力切れ起こしてるし。絶対勝ち目がないと思うんだ。ちょっと思い描いてたキャンパスライフとは違うけどさ。私と一緒に大学生活楽しんで、休みの日は昆虫採集に行って、たまに魔法の研究所行こうよ。私と一緒に、堂々と魔法使いにならない?」
閃石亜愛から敵意らしいものは感じなかった。恐らく本心でいっているのだろう。もしくは、惚れ薬の効果だろうか。佐藤はまた騙されているのだろうか。答えあぐねていると、佐藤を呼ぶ声が聞こえてきた。
「お! 佐藤くん無事だったか! って、閃石ちゃんもいるじゃん」
声のした方を見ると、野辺地学の姿があった。彼は息を切らしながらも嬉しそうに手を振っている。リボルバーを片手に。
「野辺地先輩! 危ないッ!」
佐藤が声をかけるよりも先に、閃石が動いていた。中指の爪を弾く音がしたかと思えば、緑の光と同時に彼女は駆け出す。瞬時に野辺地学の鼻先まで近寄り、紫の爪をみぞおちに突き立てる。
――バチバチッ。
激しい音と同時に、野辺地学が悲鳴を上げた。閃石亜愛に容赦というものは全くなかった。スピードを活かしたまま体を翻し、野辺地の顔面を蹴り上げる。地面に仰向けのまま倒れ込んだ男に対し、亜愛は告げた。
「お前には逮捕状が出ている。野辺地学。無許可魔法使用者、通称、
「ちょ、亜愛さん、やめろよ!」
「優介くんは黙ってて。これは私の仕事なの」
彼女から感じ取れるオーラに、先ほどまでの優しさは一切含まれていなかった。真剣そのもの。本気で野辺地学を捕まえようとしているらしい。
「ごめんなさいね野辺地先輩。私拘束具を持ってなくて。だから逃げられないように足を焼かせてもらうわ」
街灯に照らされ赤い爪が光る。野辺地の情けない声が聞こえ、閃石の右手が振り下ろされた。
――パン。
硝煙のにおい。夜の静寂を突き破るような発砲音。
野辺地の右手にあったリボルバーが、銃口から煙を吐いた。
「……優介くん!」
一瞬何が起きたか分からず停止した閃石が、ようやく状況を理解し振り返る。野辺地の放った弾丸は生憎にも閃石亜愛を逸れ、彼女の後ろで棒立ちになっていた佐藤優介に命中したようだった。
――ボウッ。
直後、佐藤の体が赤く燃える。灼熱の炎を全身から放ち、公園の景色が照らし出された。
「……ビンゴ」
野辺地学がにやりと笑う。それと同時に、閃石亜愛の体が宙を舞った。
「なッ!」
彼女は痛みで呼吸を忘れつつも、空中でバランスを取るように中指を弾く。緑の光で肉体の軌道を変えつつ地面に着地した。しかし、油断はできなかった。
「熱ッ!」
彼女の服が焦げている。慌てて野辺地学の方を見ると、全身火だるまになった佐藤優介が閃石をじっと睨みつけていた。あの燃え盛る拳に殴られたのだろう。
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