第40話 ハニートラップ
「俺の大切な物、返せよ」
一歩前に出る男。地面を風化させながら、彼は攻撃を浴びせようとした。だが相手が悪かった。
「だーめ。これは雄介くんが持ってていい代物じゃないんだよ」
「――ガハッ!」
佐藤の口から血が飛ぶ。紫の光が点滅し、見える景色が白黒になった。音が遠く感じ、薄ら笑みを浮かべる恋人の顔が目の前に迫っていることだけが分かった。
「ねぇ、優介くん起きて?」
どうやら地面に突っ伏してしまったらしい。砂の味が口いっぱいに広がる。背中を優しく叩く感覚がした。閃石亜愛の言葉が、頭痛と一緒に頭の中で響いた。
「私は優介くんの事、逮捕してほしくないんだ。だって優介くん面白いんだもん。もっとおしゃべりしたいし、色んな景色が見たいよ。でもね、これもお仕事だから」
佐藤は砂を吐きながら顔を上げる。赤い爪をキラリと光らせながら、可憐な少女が笑っていた。屈んだ姿勢でホットパンツの隙間から桃色の下着が見える。そんなことなどお構いなしといった様子で、彼女は佐藤の頭を撫でた。
「私に協力してさ、空の魔石虫がどこにいたのか、教えてほしいな。私と一緒に、虫取りしようよ?」
「どうして、そこまでその虫にこだわるんだよ……」
佐藤の言葉に、彼女は笑う。
「どうして、そっか。せっかくだから教えてあげるね。」
彼女はすくっと立ちあがり、大きく伸びをした。そして語りだす。
「私ね、実は最初から雄介くんのこと狙ってたんだ。私の仕事は空の魔石虫に関する調査。もう佐藤くんなら知ってるんでしょう、魔法の事。日本に存在する秘密組織魔力委員会について」
「あぁ、それに俺は襲われたからな」
ゆっくりと起き上がった佐藤の表情を見て、閃石は微笑みを浮かべる。終始笑顔の彼女に向かって、佐藤は何がそんなに面白いんだと心の中で悪態をついた。佐藤からしてみれば、ハニートラップに引っかかったようなものだ。まったくいい気持ちがしない。
「魔力委員会は基本的に純潔日本人じゃないと入会できないんだ。そして私の父は魔力委員会魔法研究部に所属する研究員。私は父の命令で、魔石虫の種類について研究してたの」
「魔石虫の種類?」
「ほら、魔石虫って色々な種類がいるでしょう。大きく六色存在するんだけど、それぞれの濃淡や色の混ざり具合で魔法成分が微量ながらに変わってることが判明したの。そこで私の仕事は色んな魔石虫を捕まえることだった。酷いよね。魔石虫の餌は放射性廃棄物だっていうのに、まだ十代の私がそれを探すんだよ? 若ければ若いほど放射線の影響は受けやすいのにさ。
でも、そんなある日私見つけちゃったんだ。甲子園の生中継中に、ベンチでこのペンダントを握り緊めた優介くんを。私慌てちゃったよ。空の魔石虫はまだ理論上でしか存在しないとされていたのに、君が持っていた。だから私、君について色々調べたんだよ。出生地不明にして、施設暮らし。今まで付き合った女性はなく、極めて努力家。反射神経だけは良くてバッティングセンスに長けている。にもかかわらず田舎出身という理由で試合には使ってもらえないこと、他にも好きな食べ物とか、どの大学に進学するかとか。色々調べて、接触したの。優介くんが入学する大学に私もコネで入学して、君が入るサークルに私も入会した。君に近づくために、君に香水をかがせられるよう換気扇の位置を考慮して席に座った。全部優介くんとお近づきになるためにやったんだよ」
佐藤は閃石の手に握られた魔石虫へと目線を移す。手が届く距離じゃない。近づこうものなら魔法を受けるだろう。それに先ほど頬のガーゼに赤い爪で傷をつけられている。彼女の合図でガーゼは発火し、火傷に追い打ちだってかけられるはずだ。一歩も踏み出せずにいる彼に対し、閃石亜愛はつづけた。
「私びっくりしちゃったなぁ、だって優介くんとお近づきになろうとしてたら、泥棒猫が来るんだもん。あの無法者ときたら、私が狙ってた魔石虫を私より先に奪おうとするんだもん。だからちょっとね、焦っちゃった。優介くんをお家に誘って、割と強引だけど寝てる隙に盗んじゃった。とってもハラハラしたよ。だって雄介くんからしたら一番怪しいのは私のはずだからさ。必死だったなぁ、雄介くんの味方だよってふりして、一生懸命他の犯人でっち上げてってするの。私の本来の目的はこれを盗むことじゃなくて、雄介くんがどこでこれを捕まえたか聞き出すことなんだけどさ。隠し事ができちゃったし優介くんは取り返すのに必死だしで。生息地を聞き出したくても全然そんな雰囲気になってくれないからとっても焦ったんだよ。あーあ、失敗しちゃったなぁ。たぶん正しいやり方は、優介くんにすぐこれを返して一緒に虫取り誘うことだったのかなぁ?」
「俺は絶対教えないよ。お母さんと約束したから」
「ちぇ、これだからマザコンは」
閃石の瞳に影が差した。佐藤の事を軽蔑する眼差しだ。
「それくらい教えてくれてもいいんじゃないかな? 別に悪いことするつもりないんだし。こっちはただの研究目的。それに魔法の存在を知ってしまった優介くんに残された道は、私たちに始末されるか、私たちの仲間になるかの二択しかないんだし。もっとちゃんと考えたほうがいいと思うんだ」
佐藤は痛みで震える腕を押さえつけるようにしながら、木刀を閃石に向ける。もう彼の魔法は潰えた。緑の光は発生していない。
「俺たちの事、差別して正しい情報すら与えないような奴らがさ。今更俺たちを仲間として認めるわけがないだろう」
発された言葉に、閃石は肩をすくめる。
「そうかも。私は優介くんの事仲間にする気満々なんだけどね。でも、あのバンディット二人はダメ。上から命令も来てるからさ。だってあの二人、研究施設からリボルバーを盗んだ本人でしょ。あそこは私の父も働いているところなの。つまり私からしても敵。許すつもりはないよ。逮捕するか、もし抵抗するんなら絶対極刑に処すつもり」
「あぁ、だろうな」
「私としてはラッキーだったんだよ? 佐藤くんと一緒に空の魔石虫探しができるし、佐藤くんの魔石虫を狙いに来たバンディットは逮捕できるし。もう佐藤くんを利用しない手は無いって思った。だから、佐藤くんの推理通り私は赤の魔石虫に発信機をつけて君に貸したの。正確には魔石虫を入れてた箱そのものが位置情報を知らせ続ける魔法なんだけどね。それのおかげで秘密基地も割り出せたし、今夜二人を逮捕することも出来た。そういう意味で君は功労賞なんだよ。君が居なかったらこの勝利はなかったんだから。だから私が上にかけあうだけで、優介くんの安全は保障されるの」
「カラオケでのやり取りを地下に設定したのもお前か?」
「もちろんそうだよ。ティックトックでやりとりが決まったときに私が本部に連絡したの」
佐藤は全てに合点がいったらしく、刀をゆっくりと下して閃石を見つめた。
「俺は君を信じるよ、亜愛さん」
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