第34話 爆炎

「まいったねぇ。その武器は最新鋭のものだ。私もどのような魔法なのか詳しく聞いていないんだよ」


「そいつは残念ですね。俺は何度か実験して使い方を把握しましたよ。威力を試してみますか?」


 佐藤の言葉に、日下部はちらりと滑り台を見た。先ほどまで弾丸の影響で巨大な火柱を起こしていたそれは、夜の闇に紛れてよく見えない。佐藤は知っている。傷一つついていないであろうことを。ただのはったりでしかない。それでも、日下部を脅すには十分だった。


「分かったよ、私の負けだ。君の大切な物が今どこにあるのか、ヒントだけ教えてあげよう」


 日下部は拳をゆっくりと下す。背筋がピンと張ったままの彼から緊張感が漂ってきた。リボルバーを恐れているのだろう。日下部はじっと一点を、リボルバーを見つめながら続けた。


「まだ、君の大切な物はあの人が持っているよ。私達の組織はそれを受け取っていない。どうもあの人にはまだ考えがあるらしくてね。きっと君を試そうとしている。私としては、早いところ本部に送ってほしいのだけれども――ねッ!」


 突如日下部の腰から紫色の光が発生した。電撃属性の魔法だ。佐藤はとっさに回避しようと身を翻した。しかし遅かった。直撃こそ避けたものの、銃を握っていた右手に電撃を浴びてしまった。


「――ぐッ」


 激痛が右手を襲い、右半身が硬直する。握りしめていたグリップが熱く感じ、反射的に手を放してしまった。


「――しまった!」

「――遅いッ! 爆炎ッ!」


 銃を取ろうと手を伸ばした佐藤の鼻先を火柱がかすめる。突然の事に回避が間に合わず、佐藤はバランスを崩して尻もちをついた。慌てて木刀を握りなおそうと体に力を籠めるも、突然側頭部に鈍痛が走り、頭が真っ白になる。土煙が目に入り思わず目を閉じる。キーンという嫌な音が片耳から聞こえた。そのことから左頬を蹴られたのだと悟った。しかし日下部の攻撃は終わらない。下腹部に重さを感じ佐藤は呼吸ができなくなる。上半身が起き上がらない。馬乗りにされたらしい。そのまま、日下部の声だけがハッキリと聞こえた。


「爆拳――」


 ――佐藤の右頬が焼けるように熱を放った。燃え盛る炎のこぶしで殴られたのだろう。まるで熱したフライパンを押し当てられたかのような痛みだ。佐藤は痛みに堪えようと力んだ。目に涙が滲み、瞼を開くことすらできない。

 もう一発、さらにもう一発。佐藤は左右の頬を繰り返し殴られた。口の中を切ったらしい。鉄の味がした。髪の毛が燃えたのだろうか。焦げたたんぱく質のにおいがする。


「ゆぅくんから手を放せぇ!」


 突如冷気が全身を包んだ。体が宙に押し上げられる感覚と同時に圧迫感から解放される。瑠璃の援護があったのだろう。佐藤は右手で顔を拭い上体を起こした。数度瞬きを繰り替えしてから辺りを見渡す。


「君もしつこいなぁ、さっさとお縄についてくれないだろうか?」


 瑠璃のメイスを片手で捌きながら燃え盛る火柱を発生させる日下部の姿が目に入る。

 瑠璃は先ほどまでの戦闘で、無事に周囲の男たちを一掃したらしい。全員が氷漬けにされていた。一方、佐藤は氷の台に寝そべっていた。どうやら氷柱で佐藤の体ごと日下部を吹き飛ばしたらしい。


「しつこいのはおっさんだよぉ! さっさと帰れぇ!」


 瑠璃がどんなにメイスを振り回そうとも、男はそれを慣れた手捌きで回避した。追撃する氷柱も爆炎が溶かしている。近接戦闘のためか、黄色の援護射撃も飛んでこない。誤って瑠璃に当たってしまうことを恐れているのだろう。佐藤は慌てて周囲に目をやった。


「あった――」


 彼は体のバランスを崩しながらも台座から飛び降りる。手を伸ばした先にあるのはリボルバーだ。日下部を脅すだけでいい。それだけで戦闘が優位になるはずだ。


「それには触れるな――」


 電撃が再び佐藤の体を貫き、全身の力が抜ける。視界に映る景色がパチパチと音を立てて歪む。瑠璃が何か叫んでいるようだが、佐藤の耳には届かない。意識が遠くなる。どうやら地面に突っ伏したらしいことを知ったのは、火傷した頬を刺激するように砂が付着したからだ。佐藤は薄目を開けてリボルバーのあった方を見た。しかし、そこに立っていたのは日下部であった。


「この銃も取り返すよう依頼を受けていてね。佐藤くん、君は知りすぎた。極刑だ」


 日下部が佐藤に向けて引き金を引く。撃鉄の落ちる音がして、シリンダーから赤い光が放たれた。銃口から微かな硝煙のにおいがし、直後佐藤の体が真っ赤な炎と化する。瞬き程度の時間に、佐藤の体は炎上した。


「――くッ! グアァァァ! うぅ、うあぁぁぁぁッ!」


 悶絶する佐藤の隣に銃が落ちる。どうやら黄色の針が日下部の手を貫いたらしい。血を零しながら日下部は再び手を叩いて叫ぶ。「爆拳」と。滴り落ちる血も、血に落ちる前に蒸発した。両手から上る灼熱の炎は、彼の傷を焼いて塞いだ。

 瑠璃はメイスに魔力を通した。直後、意識を失ったままただ灼熱の炎と化した佐藤を守るように氷が生える。しかしその氷も佐藤の体に触れた途端蒸気を放って消えた。あまりの熱に、瑠璃が一歩後退る。


「逃がさないよ可愛いバンディットちゃん」


 日下部の体が揺れたかと思うと、突然瑠璃の体が後方に吹き飛んだ。それを追うように男は駆ける。黄色の針が数度放たれるも、それは衣服を掠める程度で日下部の致命傷にはなりえなかった。


「まずは――一人目」


 日下部は瑠璃の喉元を左手で抑えた。そのまま彼女を持ち上げ、燃え盛る拳を振り下ろそうとした。その瞬間だった。


「動くなおじさん、あんたも火だるまになりてぇか?」


 日下部が振り返ると、そこにはリボルバーを握りしめた野辺地の姿があった。

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