第33話 リボルバー

 日下部が片足で立ったまま燃える拳を構えていた。彼のポーズから、何が起こったのか推測はできる。どうやら蹴りを鼻先に受けたらしい。一瞬の出来事で理解が追い付かなかった。でも、佐藤はゆっくりと起き上がりつつ確信する。


「次は、躱す」


「大した自身だ」


 日下部は片足を上げたままの姿勢で張り付けた笑顔を佐藤に振りまいた。この男は楽しんでいる。野球部で見たことがある。きつい練習を一年生に言いつけて、その様子を観察する三年生に似た表情だ。初心者を見て馬鹿にする表情だ。


「では佐藤くん、次は拳で行くよ」


 日下部が再び地面を蹴った。それと同時に、佐藤はリボルバーの引き金を引く。


「なっ!」


 日下部が慌てて伏せるのが見えた。しかし佐藤の狙いは彼じゃない。赤の魔石虫を込めた弾丸は公園の滑り台に命中し、直後巨大な火柱となった。


「凄まじい……火力だ」


 日下部が息を飲む。だがそんな暇など与えない。彼が燃え盛る滑り台を見つめている今がチャンスだ。佐藤は駆けだした。それと同時に佐藤の背後にそびえるビルの一室に黄色い光が煌めいた。


「まさか、隠密!」


 日下部はどうやら勘がいいらしい。慌てて身を翻すと、背後に立っていた黒ずくめの男がうめき声をあげてその場に膝をついた。


「針か、お前ら、人質を連れて下がれ!」


「だぁめでぇすよぉ!」


 どこからともなく聞こえた声と同時に、公園を覆う形で氷の柱が発生する。


「罠にハマったのは私達の方だったか」


「気づくのが遅かったですね、日下部さん」


 佐藤は瑠璃から木刀を受け取りながら口角を上げて笑う。


「二人には、ここから遠いカフェで見張っててもらいました。俺が火柱を上げたら助けに来てもらう約束で」


「なるほど、ワイヤーをレールに見立ててビルから滑り降りてきたわけか。氷でハンガーを作ってここまで移動してきたのだな」


 日下部はグローブを装着しなおしながら佐藤と瑠璃を睨む。だが、佐藤に臆する感情はなかった。


「わたしが来たからにはぁ、もうおしまいだと思うよぉ?」


「俺たちは誰も殺すつもりなんかありません。ただ大切な物を返してもらえたらそれで結構です」


 佐藤たちの言葉に、日下部の笑顔は消えていた。


「天気予報では晴れと言っていた。にもかかわらず空には雲が出ていた。君が周囲を冷やしていたわけか」


「へぇ、そこまで気づいてたんだぁ?」


「恐らくもう一人の射出系少女が氷柱の種をビルから打ち込んだのだろう。あとは合図と共に急成長させるだけでいい」


 日下部がぶつくさと佐藤たちの作戦について考察を図り、それから一人で納得したように頷いた。


「でも人数有利は変わらんよ。私の目的は君たちを逮捕することだ。そしてもちろん、この場で極刑にしても構わんのだがね」


 男は言葉と同時に駆け出した。それを合図に先ほどまで沈黙を守っていた十二人の黒ずくめが紫色の光を放つ。一人だけ、怪我をした仲間を看病しているようだった。そしてもう一人は野辺地を連れて移動する。


「先輩を放せって言ってんだろ!」


 佐藤は木刀の鍔に手をかざす。緑色の光が刃を照らし、若干のよそ風が舞う。瑠璃には迫りくる落雷全ての対処を任せている。一対多数に慣れている彼女なら問題ないだろう。瑠璃の氷を爆炎で破壊する音が聞こえたが、佐藤はそれを無視して走った。彼女の強さを信じて。それに後方からは黄色の援護射撃がある。男たちの鈍い悲鳴から、彼女の正確無比な射撃が男たちの手を貫き魔法を封じていることが分かった。

 佐藤の狙いはただ一人、野辺地を捕まえたまま逃げようとする男だ。無関係な先輩を巻き込んでしまったことに後悔しながら佐藤は刀を男に振り下ろした。


「ぐあぁ!」


 男が情けない声を上げてその場に蹲る。佐藤の思惑通りだった。風化能力を持つ木刀は、無事に男のヘルメットを脆くさせた。そして決して鋭利とは呼べない刃がさながら鈍器のように敵の頭を打つ。生物以外の耐久値を極端に下げるだけの魔法。だが、それでいい。


「野辺地先輩、大丈夫ですか!」


 佐藤は木刀を投げ捨てて野辺地の猿ぐつわを外す。


「いったい、いったい何が起きてるんだよ!」


 彼はほとんど放心状態だった。パニックとなった表情に汗が滲み、手足は震えている。佐藤はそんな彼に何と声をかけたらいいのか分からなかった。


「今は説明している暇がありません。とりあえず先に逃げてください!」


 佐藤は投げ捨てた木刀を拾って野辺地の手錠を破壊し、氷の壁に刀を突き立てる。風化の力で氷に薄くひびが入るのを見て、野辺地の背中を押した。


「後で全部話しますから。ここから逃げて――ください」


 佐藤が強く氷の壁を蹴ると、人ひとり通れそうな穴が開く。野辺地は訳も分からぬといった様子で飛び出していった。これでひとまず安心だろう。さて、次は瑠璃と共に脱出だ。いや、それよりも先にペンダントの在処を聞く方が賢明かもしれない。この男は、明らかに何かを知っている様子だった。


「日下部さん、答えてくれませんか?」


 佐藤は刀を男に向けて睨みを利かせた。一方の日下部は、わざとらしく両手を広げて「おお、怖い怖い」とおちょくって見せる。佐藤を明らかに馬鹿にした態度だ。ふと、日下部の背後に巨大な氷柱が発生する。しかし男は振り返ることもないままに火柱で攻撃を焼き払ってしまう。

 瑠璃は紫の電撃を上手く回避しながら一人ずつ倒している。佐藤が見ていない間にほとんどの男たちが彼女にやられたらしい。皆両手両足が凍らされ地面に突っ伏していた。黄色の援護も手厚いのだろう。攻撃の姿勢を取る男たちも、次々と手のひらを針に刺されて杖を落とした。にもかかわらず、日下部は余裕そうに立ち振る舞っている。


「なんだね佐藤くん。素人バンディットの君はさぞかし苦労していることだろう。私でよければ何でも答えてあげるよ」


 佐藤は刃先を男に向けたまま腰のリボルバーにそっと触れた。使い方はまだ分からないが、弾の込め方だけは判明した武器だ。魔石虫を取り付けるとシリンダーに弾丸が一つ発生し埋まる。魔石虫を取り出し、もう一度装着すれば二発目が装填される。これを繰り返すことで全六発の弾が補充される仕組みらしい。ところが弾丸が仮に当たったとしても、標的にダメージを与えることはできなかった。どういう使い方をするべきなのか分からない武器でもある。しかし、脅しにはなるはずだ。


「日下部さん、俺の大切なペンダント。空の魔石虫がどこにあるのか教えてください。そしたらあなたたちにこれ以上手出しをしません」


 佐藤はリボルバーを引き抜いて銃口を向けた。片手で木刀。片手には拳銃。自信たっぷりな日下部正義と言えど、この恐喝には身を引くはずだという魂胆で。佐藤の圧が上手くいったのだろう。日下部は一歩後ろに下がり、困った表情を見せた。

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