第31話 信じるべきか否か

 野辺地学は右足でたばこのあったところを蹴りながら俯いた。


「それに関しては謝るよ。連絡が遅くなって申し訳ない」


「別に怒っていませんよ。ただ、何してたのか気になっただけです」


 佐藤の言葉に、野辺地はバツが悪そうに答えた。


「閃石ちゃんを、探してたから」


「へ?」


 どうしてここで閃石亜愛の名前が出てくるのか、佐藤は目をキョトンとさせた。


「ガス漏れが発覚した時、黒い服着た連中がたくさん来たんだよ。ドラマとかでしか見たことないやつ。俺はマジでビビったね。特殊部隊だってすぐに分かったから。それで慌ててさ……」


 野辺地は言葉に詰まった様子でポケットからそっと手を取り出した。佐藤はその動きに緊張感を走らせながら右手をそっと後ろポケットに伸ばす。ひんやりとした金属が指に当たった。リボルバータイプの杖だ。グリップをそっと握りながら、野辺地の動きに注目する。もし彼が何か変な動きをしようものならすぐに撃つつもりで。しかし、彼がポケットから取り出したのは一台のスマートフォンだった。


「撮影……してたんだ。これを投稿したら絶対バズるって思って」


「……へ?」


「申し訳ない! 俺が撮影に夢中だったせいで、閃石亜愛ちゃんを見失ったんだ」


 野辺地は深く頭を下げた。予想だにしていない彼の言葉に、佐藤は言葉を失った。


「お前が呆れるのも当然だと思う。俺は男で、しかも先輩だ。それなのに可愛い女の子一人守れなかった」


 守れなかった? どういうことだ? 佐藤の頭が真っ白になる。だって閃石亜愛は車に乗せられていたじゃないか。


「実は、気づいたら閃石ちゃんが居なくなってたんだ。それで、気づいたんだよ。閃石ちゃん、お前の事好きそうだったなって」


 何を言っているんだ。そりゃ確かに、閃石と佐藤は付き合っている。恋仲同士だから、好きに思ってるのがバレるのは当然だろう。というか、カフェで佐藤は確かに野辺地学経伝えたはずだ。閃石のことを彼女であると。それとこれと今何の関係があるのか。


「俺、分かっちまったんだ。閃石ちゃん、きっとガス中毒症状を起こしちゃった佐藤の事助けようと一人でカラオケ店に飛び込んだんだって。それで俺も彼女を助けようと思って室内に入ろうとして……」


 彼は言葉を選ぶように、途切れ途切れになりながら続けた。


「俺は、その、捕まったんだ。警察に。危険だからって。それで、俺言ったんだ。ダチ二人が、その。まだ中にいるって。それで特殊部隊員が、安心しろって。絶対連絡が来るから待ってろって。それで強制的に帰らされた」


 佐藤は頭が真っ白になっていた。カラオケ店の中でガス漏れは発生していない。ただし、魔法のやり取りがあった。様々な魔法が飛び交っていた。佐藤が見た、車に閉じ込められていた閃石亜愛はもしかして負傷したのだろうか。魔法の戦いに巻き込まれてしまったのだろうか。


「亜愛は、亜愛ちゃんはどこにいるんですか!」


 佐藤の言葉に、先輩は目を丸くした。


「いや、無事って連絡来たけど」


「へ?」


「お前にも、連絡行ってるはずだぞ? だって俺、お前の連絡先は閃石ちゃんから聞いたわけだし」


 野辺地の言葉に、佐藤は慌ててスマートフォンの画面を開いた。トーク履歴を遡ると、見つけた。閃石亜愛からのメッセージが三件。慌ててタップすると、そこには『無事に私は帰ったよ』『優介くん大丈夫だった?』『もしよかったら連絡してね。待ってるよ』とトークが残されている。


「閃石ちゃんから、連絡貰ったんだよ。連絡つかねえからメッセージ送ってほしいって」


 佐藤は慌てた。今日起きたことが多すぎて、彼女からの連絡に気づいていなかったらしい。慌てて大丈夫というメッセージを送信し、その場にへたり込む。


「お、おい大丈夫か?」


「すみません、なんか緊張が解けちゃいました」


 佐藤が笑うと、野辺地がそっと近づいて同じように地べたへ腰を下ろした。


「まぁ、大切な物無くして朝からお前気が立ってたもんな。仕方ないさ」


 野辺地は煙草を取り出して佐藤に見せる。


「吸ってみるか?」


「俺、まだ未成年ですよ?」


「酒飲んだくせに?」


 野辺地が意地悪な笑みを浮かべる。佐藤は軽く笑って手を出した。


「じゃ、一本だけもらいます」


「あーあ、終わったな。一本じゃすまなくなるぜこれから」


 野辺地は笑いながら煙草を取り出すと佐藤の手に乗せた。それから自分のものに火をつけて、ライターを差し出す。


「吸いながら火に当てろよ」


 佐藤は野辺地の動きを真似して煙草に火をつける。急に肺へ侵入した煙が咽た。舌の上が苦い。


「俺も初めはそうだったわぁ、懐かしぃ」


 野辺地が笑う。その笑みを見つめながら、佐藤は煙草をもう一口だけ吹かした。まだ、この男を信じたわけではない。むしろ、ここから本題に入るべきだろう。佐藤はそう決断し、野辺地学の顔を見た。相も変わらず金髪の髪と髭が威圧感を放っている。そんな男に対し、佐藤は再び問うた。


「野辺地先輩、些細な疑問なんですけど、どうして昨日の夜ゲロまみれの俺に肩組んだんですか?」

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