第29話 電話
「こんな田舎者に騙されるなんて、君は不幸だ。かわいそうだ。だから君を開放する。助けてやる。それが俺たちの使命なんだよ!」
声を荒げた男に対し、佐藤は強く言い返した。喉元まで出かかった言葉が、堰を切るように飛び出した。
「俺も田舎出身なんだよ!」
「……え?」
「確かに俺は居酒屋の席で東京出身だって嘘ついた。でも、本当は地方の生まれなんだよ。都内の選ばれた人間なんかじゃない。これは俺の意志で決めたんだ」
男は、しばらく言葉を失った様子だった。佐藤をじっと見つめて、それから地面に落ちた杖へ手を伸ばす。
「そうか、いや。うん、そういうことだったのか」
「動かないでください」
彼は黄色の忠告も聞かずに杖を手にすると、佐藤を睨みつけた。
「汚れた土人風情がよくもまあ平然とこの土地を歩けたものだ。恥を知れ! そして君のために戦った我が同朋へ向けて謝罪の言葉を述べよ! 今すぐにだ!」
黄色から小さな発砲音と硝煙のにおいがした。男の杖は魔力を放つよりも先に彼の手元を離れ壁に突き刺さっていた。
「くそ、土人め」
男の悪態を無視するように、佐藤は訊ねた。
「あなたたちが何者か分かりました。目的も理解しました。でも、どうしてここが分かったんですか?」
佐藤ですら、ここがどこなのか分からない。にもかかわらず彼らは最初から秘密基地の場所を知っていた様子で襲撃してきた。わざわざ壁を消し飛ばして襲ってきたのだ。
「さあな、もう話すことはない」
しかし、男は口を閉ざしてしまった。佐藤を助けようと思っていた強い感情も失ってしまったのだろう。その場に胡坐をかいて頭を抱えた姿勢のまま動かなくなってしまった。
「では、あなた方のリーダー、司令塔、ここに来るよう指示を出した人物は誰ですか。野辺地学で間違いありませんか?」
「知らん、答えん。土人にくれてやる情報など何もない」
佐藤は、次になんて声をかけたらいいか分からなくなってしまった。これほどまでにあからさまな態度をとられたのは初めての事だった。彼は心底佐藤の事を軽蔑している様子で、これ以上何も話してはくれなさそうだった。
「佐藤さん、諦めましょう。それよりこいつらを縛って、ぼくたちはペンダントの回収に」
「あぁ、そうだね。分かった。最後に一つだけいいですか」
佐藤の問いかけに、男は応じなかった。
「俺のペンダント、どこにあるんですか?」
やはり、彼はもう何も発してはくれなかった。
黄色は腰のポーチから黄色のワイヤーを取り出すと、無抵抗になった男の両手を縛って言う。
「今の日本人はこんなんばっかですよ。落ち込まないでください」
「いや、うん」
佐藤は落ち込んでいないよと言いかけて、何も言えず立ち尽くした。
「お兄さん、笑顔笑顔!」
瑠璃ちゃんがロッカーの中からありったけの杖を担ぎつつ笑う。佐藤は小さくうなずくことしかできなかった。彼にとってここまであからさまな差別は初めてだった。どうしたらいいのか分からず、腑に落ちない。ただ、そんなもんさと受け入れるしかない現状に、何も言葉が出てこなかった。
「とりあえず跡をつけられていたんでしょうか。ぼくたちの基地がバレてしまいましたから、ここから撤退しなくてはいけません。彼らは放置で大丈夫でしょう。連絡が途絶えたと分かれば本部の連中が助けに来るはずですし。それに野辺地学を探し出してペンダントを取り返す必要もありますから」
黄色は瑠璃からいくつかの杖を受け取り、それを担いで部屋を出た。佐藤も彼女に倣って杖を受け取る。
「とにかくぅ、ご飯食べに行こぉ?」
瑠璃の言葉に、黄色は頷く。
「そうですね。杖は適当なところに隠すとして、まずは腹ごしらえといきましょう」
彼女たちの言葉に、佐藤は緊張の糸が解れたのだろう。急に腹の虫が鳴いた。
それから三人は、駅のコインロッカーに杖を一式預けて地下のカフェに立ち寄った。佐藤はメニュー表を開き、まるで看板商品とばかりに大きく写真の貼られたクラブハウスサンドウィッチに目を落とす。
そういえば、彼女は今どこで何をしているのだろうか。黒ずくめの男たちに捕まって車の中に閉じ込められているのを目にした。彼女は一般人だし、見るからに東京育ちの都会っ子だ。酷いことはされていないと思う。それでも、なんだか心配な気持ちが勝った。もしどこかでチャンスがあるのなら、会いに行きたいなぁと彼は唇を噛み締めた。
「選ぶの、悩んでるんですか? だったらぼくにもメニュー見せてくださいよ」
「え、あ。うん」
佐藤は手にしていたメニューをそっと机の上に乗せる。
「わぁ、おいしそうですね。空腹は最強のスパイスです。今ならここにある商品全部食べ切れる自信があります。るりちゃんは決まったんですか?」
「ハンバーグ!」
「うわぁ、いつもそれですね。ひき肉以外に興味ないんですか?」
「だっておいしいんだもぉん」
「まぁいいですけど。佐藤さんは決まりましたか?」
佐藤はふと我に返った様子で二人の顔を交互に見る。それからそっと指をメニュー表の上に乗せて「じゃぁ、これで」とだけ口にした。
「クラブハウスサンドウィッチ? そういえばぼくたちライス派だから食べたことありませんでしたね。ぼくもそれにします」
佐藤はその言葉に頷きながら呼び出しボタンに手を伸ばした。それと同時だった、佐藤のスマートフォンが震えたのは。
「電話?」
雛菊黄色の顔色が強張る。佐藤も一瞬固まった。瑠璃だけがのんきに水を飲んでいた。
「誰から……ですか?」
佐藤がポケットからスマートフォンを取り出すと、そこには野辺地学の文字が映し出されていた。
「野辺地先輩……? なんで今になって」
黄色が小さくうなずく。電話に出ろという意味だろう。佐藤は画面をスワイプして耳にスマホを当てた。
「も、もしもし?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます