第28話 魔力委員会
「少年には手こずったな。まさか我々三班の精鋭がことごとく意識を失うとは」
佐藤を蹴った男の声が聞こえる。
「佐藤さんは、あなたたちの力なんて借りないそうですよ。出直したらどうですか?」
黄色の声が反対側から聞こえてきた。そして小さな発砲音。黄色の針が射出された音だ。
雛菊黄色が使う魔法は二つ。黄色いポーチ内で金属の裁縫道具が生成される魔法。そして、小さなものを発砲することができる火薬を生成するマニキュアタイプの魔法だ。
彼女はその二つを駆使して、長さ四十センチほどの針を弾丸のように飛ばす。
その精密射撃ぶりはすさまじく、六十メートル圏内であれば的確に撃ち抜くことができる。それこそ、トランシーバーを持つ手を一切傷つけることなく基盤のみを撃ち抜く事だって可能だ。
しかし、黄色の攻撃は男の肌をかすめることすらなかった。
「出直せ……か。ふぅむ、確かにここまで壊滅するとは思っていなかった。出直せるならば、そうしたいのはやまやまなのだがね。しかし残念なことに、君たちを逮捕するのも我々の仕事なのだよ」
再び発砲音がした。その直後、金属がアスファルトに当たる音が聞こえる。恐らく黄色の針が回避されたのだろう。
「先ほどから君の攻撃は当たりそうにないな」
「いいえ、ぼくの狙いは上手くいってますよ」
「負け惜しみを」
佐藤はようやく収まってきた痛みに堪えつつそっと目を開けた。視界に入ってきたのは、散らばる氷とアスファルトのかけら。そして壁や天井に突き刺さる無数の針。佐藤の隣で針を射出し続けている雛菊黄色の姿。
「ほら、また外れた。君の命中精度は本当に大したことが無いな。別の杖を利用したらどうだい。君は魔法薬を使っているのだろう? マニキュアタイプと見た。爪で掻いた箇所に火薬を発生させる魔法かな。人を傷つける力なんて全くない、つまらない魔法だ。あの人がなぜあれほど君と同じマニキュアタイプの魔法に拘ってばかりいるのか理解ができないよ」
男は周囲を駆け回りながら黄色の針を避けている。そして時折紫色の光を杖先に発生させていた。しかし黄色の針が杖先をかすめてばかりなのか、上手く発射できない様子だ。にもかかわらず、男は余裕そうにしている。
「玄関から突撃する予定だった我々の仲間を一網打尽にしたことは本当に驚いたが、しっかりと部屋の外まで確認しておくべきだったね。玄関側から突入する班は、私を含めた四人だったのさ。三人倒して満足してしまうとは。だから背後ががら空きになる」
男は紫色の魔力を射出した。黄色はそれを慌てて回避し指先を男に向ける。そんな彼女を見て、佐藤は言葉を失う。彼女の手には針が無かった。もう射出できないのだ。
「頑張ったほうだよ、だが残念だ。君たちはもはや袋のネズミさ」
男の杖から紫色の電撃がバチバチと音を立てて佐藤たちの方へ突進してきた。ところが、その電撃は空中で止まったかと思うとバチバチと周囲に光を飛散させる。
「な、何が起きているんだ!」
男が驚いたように声を荒げ、杖をさらに振る。が、魔法はやはり飛散した。
「どうして、どうしてこんなことが!」
「教えてあげますよ」
黄色は右手に長い針を握ったまま笑う。
「ぼくのこのポーチは裁縫道具を生成する魔法道具です。どんな色の魔石虫ともすこぶる相性が悪く、君たち魔法組織が早々に捨てた失敗作ですよ。ですが、黄の魔石虫とは相性抜群でした。針だけでなく、糸まで金属で作れちゃうんですから」
「まさか……」
「薄暗いからなかなか気づきませんよね。実はぼくと君とで佐藤さんを中心に魔法の打ち合いをしている最中、壁や氷柱を利用してワイヤーを張り巡らせていました。そして今、ちょうどぼくと君との間にはワイヤーネットが張られているんです。まるでバリアのように」
「なかなか、やるじゃないか。だがそれがどうしたというのだ。場所を移動すれば!」
黄色はにやりと笑う。その表情に何か意図を感じたのだろう、男が足を止めた。
「さっきも言ったじゃないですか。部屋にワイヤーを張り巡らせたって。今目に見えないサイズの高電圧ワイヤーが君を囲っているんですよ? つまり、本当に袋のネズミとなったのは君の方だったというわけです」
「っく」
男が悔しそうに杖の魔力を止めた。
「動いたら、この針を君の心臓に射出します」
黄色はそう言うと、腰から新たに針を取り出して見せた。魔力切れに見せかけたブラフだったのだろう。
「分かった、分かったよ俺の負けだ」
男が両手を挙げる。それを見て、黄色は佐藤の腕をそっと引っ張った。佐藤も、しばらくたって痛みが引いたのだろう。ゆっくりと立ちあがると木刀をしっかりと握りなおす。
彼がそっと背後を振り返れば、瑠璃の方も戦闘が終了していた。残されていた黒ずくめの男たちも全員氷で両腕が地面に固定されており、抵抗することすら諦めた様子だった。
「では、ぼくたちから質問があります」
黄色は彼らを睨みつけると佐藤の方を向いた。佐藤は彼女の意図が伝わったのだろう。小さくうなずくと木刀の先を男に向けながら口を開いた。
「まず、あなたたちは何者なんですか? どうして俺を襲うんですか?」
「なるほど、今俺は捕虜なわけか。そして話さなければ殺すと。面白い」
男は杖から手を離した。杖は床にぶつかるとコツリと軽やかな音を立てて数回バウンドを繰り返し転がっていった。
「俺たちは国家秘密組織魔力委員会特殊部隊第三班。目的は佐藤優介くんの解放であり、襲うことじゃない」
「俺の解放?」
「上層部からの指示だ。ここのビルに男子大学生佐藤優介が連れ込まれた。犯人は魔法道具を研究工場から盗んだとされるバンディット二人。彼女たちに洗脳されるよりも早く彼を開放する。それが俺たちの任務だ。そして、可能であればバンディット二人の逮捕。そちらはあっちの仕事だ」
男が顎で指す方向には、言うな、話すな、喋るなと騒ぎ立てる黒ずくめの男たちが居た。同じ三班でも役割が違っていたということなのだろう。
「俺が洗脳される前にってどういうことですか?」
佐藤の問いかけに、男は笑う。
「君は本当におめでたい奴だな。気づいていないのか? 今君はそこにいる無法者二人の洗脳を受けて俺たちと戦ったんじゃないか」
「違う、俺は俺の意志で戦った。洗脳なんか受けていないし、二人は俺を逃がそうとしてくれたんだ」
「洗脳を受けた人はみんな同じことを言うさ。かわいそうに。いいかい、君は二人に騙されているんだ。君は都内の大学生だろう。東京生まれならうまいことキャリア形成するだけで俺たちと同じようにいつか魔法が当たり前に使える立場になれたんだ。それをわざわざ手放すなんてもったいないだろう」
「違う、俺は……」
佐藤は少し悩んだ。なんて言うべきか、喉元まで出かかった言葉を飲むべきか。
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