第27話 救出戦闘

 佐藤は雛菊姉妹が晒されてきたであろう差別問題の事を考えていた。実際佐藤自身理不尽な扱いを受けたことはある。それを差別とは認識していなかった。だからこそ申し訳ない気持であった。地方出身は東京都生まれに比べて不遇であることを当たり前であると認識していた。そんな自分は、差別される身でありながら同時に、不遇な環境で苦しんでいる人々を差別していたのだ。


「俺は、君たちが不当な扱いを受けているのを見過ごしたくない。当たり前だって決めつけて、見ないふりはしたくないんだ」


「佐藤さん……」


「だって、俺も当事者なんだから」


 高校野球部には佐藤の他にも上手い人はたくさんいた。スタメンなんかよりもっといい球を投げる奴だっていた。足が速い奴も、盗塁が上手い奴もいた。でもみんな田舎出身だからという理由でベンチにすら入れてもらえなかった。佐藤だけが、田舎出身とはいえ都内の児童養護施設で過ごしていたからベンチ入りできた。その明らかな差別に気づいていながらも、見ないふりをしていた。何か言えば試合に出られないかもしれないと思っていたから。


「俺だって当事者なんだ。偶然待遇がよかっただけの、不遇側の人間だったんだ。それにかまけて、周りから目をそらしてきた。それなのに母親の形見を無くした時、みんな手伝おうとしてくれていた」


 脳裏に浮かぶのは、閃石亜愛の笑顔。そして佐藤のために危険を顧みず戦う雛菊姉妹。


「俺だけ何もしないなんて、格好悪すぎんだよ!」


 突然佐藤は駆け出した。アスファルトの柱を切りつけながら、全力で室内へ躍り出る。瞬時に状況確認すべく辺りを見渡す。幼少期から虫を追いかけ鍛えた動体視力が状況を瞬く間に整理した。


「瑠璃、伏せろ!」

「ふえぇ?」


 佐藤は瑠璃の返事も聞かずに木刀を薙ぎ払う。先ほどと同様、まるでバットを振るかのように。風を切るスイングの音と同時に、コンクリートが崩壊するゴロゴロとした振動が響いた。鼠色の風化した瓦礫が風に乗って真っ直ぐと飛び出し、部屋一面に生えた氷柱を破壊する。


「わぁぁ!」


 瑠璃が屈む頭上すれすれのところを瓦礫が飛んでいき、三名の顔面を捉えた。

 パァンという心地よい音と同時にコンクリートが粉砕し細かな塵となって舞う。

 男たちの意識はたった一撃で失われ、まるで骨が抜けたかのようにその場へ崩れ落ちる。その光景に驚いたのか、一人がトランシーバーに手を伸ばした。


「こちら第三班、緊急れ――」


「――残念ですが、それはもう使えませんよ!」


 見れば、トランシーバーに金色の針が突き刺さっていた。佐藤の背後で、雛菊姉妹の指から硝煙が上る。


「っく、そそのかされたか、哀れな!」


「君、今すぐその杖を捨てなさい!」


 恐らく瑠璃との戦闘中に援護射撃を担当していたであろう二人が杖に紫色の光を灯しながら佐藤に声をかけた。


「我々は君の味方だ。君に危害を加えるつもりはない」


「そこの女に騙されるな、彼女たちは危険な存在なんだ!」


 佐藤は木刀を握りしめ、再び鍔をそっと触る。緑色の光が刃先を走り、そよ風が吹いた。


「き、君! 我々を信じなさい!」


 佐藤の目には、杖を突きつける二人の男が見える。その他に、両腕が凍らされ壁に貼り付けられた男たちが五人、今倒したばかりの男が三人、壊れたトランシーバーを持ったまま立ち尽くした男が一人。背後では三人の男が伸びている。


「一人足りない」


 佐藤がそう口にした瞬間だった。


「ご名答少年。君の眼は非常にいいらしいな」


 背後から声がした。


「なに!」


 佐藤が慌てて振り返るよりも早く、何者かに羽交い絞めにされた。両腕で腹部を強く圧迫される。黒いスーツに身を包んだ存在の急な攻撃に、突然佐藤は強烈な腹痛に立っていられなくなった。みぞおちを抑え、苦痛に表情をゆがめながらその場に膝をつく。何が起きたのか、彼は全く理解ができなかった。みぞおちを強く圧迫されたことで意識が一瞬飛んだのだろうか。目を開き状況を確認しようと顔を挙げた瞬間、顎に強烈な痛みがやって来た。その衝撃から彼は仰向けにひっくり返ってしまう。どうやら顎を何者かに蹴り上げられたらしい。あまりの痛さと衝撃で目の前がチカチカと点滅して見えた。


「少年、君の事は無傷で取り返すつもりであったが、これは仕方がないことだと思ってくれたまえ。我々も仕事なんだ。最後は効率重視でやらせてもらう」


 頭上から声がする。しかし痛くて佐藤は目が開かない。顎や腹部を襲う痛みをこらえようと力むあまり、両目をぎゅっと閉じていた。小さな発砲音が何度か聞こえる。氷柱が発生するときの甲高い音も聞こえる。雛菊姉妹も戦っているらしいことだけは分かった。

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