第26話 雛菊瑠璃を助けたい

 無線機を胸ポケットに引っ掛けて、男は杖を取り出した。見覚えのある、ステッキタイプの杖だ。映画などでイメージが付いた魔法使いの杖を取り出した男は、杖先から紫色の光を放ちながら声を張り上げた。


「第三班全員へ本部より命令だ。魔法道具不当所持者無法者二名を逮捕。並びに魔法被害者と思しき男性を確保する。男は傷つけるな。貴重な情報を持っている。丁重に扱え」


 声を張り上げる男に呼応するように、土煙を払い複数の男たちが姿を現した。皆手には紫色の光を放つ杖を持っている。無数の杖先からバチバチという漏電したかのような音が響いていた。


「きぃちゃん、お兄ちゃんを連れて逃げて!」


 突然瑠璃がメイスを垂直に振り上げる。その動きに合わせて巨大な氷柱が地面から発生した。男たちの足止めが目的だろう。突如現れた巨大な氷柱に、黒ずくめたちが一瞬ひるんだ。黄色は妹の意図を組んだのだろう、とっさに佐藤の腕をつかんだかと思うと全力で走り出した。


「ちょ、瑠璃さん?」


 佐藤が困惑する中、雛菊瑠璃は一切振り返らずにメイスを強く握りしめる。その姿から目を離せないまま、佐藤は黄色に手を引かれて玄関に向けて走った。


「女一人で俺たちの相手ができると思うなよ!」


 佐藤の目の前で無数の紫が弾ける。鼓膜を激しく揺さぶる衝撃音が響き渡り、氷の砕けるような音がした。


「るりちゃんの事なら大丈夫です。それよりぼくたちはいったん離れましょう」


「でも、たった一人であれだけの人数を?」


「大丈夫です。こんな事、今まで何度も乗り越えてきました」


「そんなこと言っても」


「ぼくたちを信じてください!」


 黄色の強い言葉に、佐藤はでかかった言葉を飲みこんだ。雛菊黄色がドアノブを捻り、佐藤の体を強く引っ張った。


「あなたのやるべきことはただ一つ。形見を取り返すことです。ぼくたちの事は気にしなくて大丈夫ですから」


 佐藤が納得するよりも先に、無理やり部屋の外へ締め出そうとしたのだろう。ところが、彼女が力を籠めるよりも先にドアがひとりでに開いた。


「なっ!」


 黄色の驚愕する声をかき消すように、強引に開かれたドアは何かにぶつかる衝撃音を鳴り響かせた。佐藤と黄色の目の前には、三名の男が立っていた。そのうち一人がドアノブを握ったまま首を捻る。フルフェイスマスク越しにも、にやりと笑ったのが分かった。


「わざわざ来てくれるとは有り難いねぇ、お嬢さん」


 男の手が黄色に伸びた。予想だにしていない出来事に体勢を崩したのか、黄色の体はぐらりと大きく揺れ、ドアの外に倒れようとしている。そう、男たちが待ち構える方へ。


 佐藤はとっさに木刀を握りしめた。既に緑の魔石中はハマっている。鍔にそっと手をかざし、魔力を刃に通す。そして彼は、左足を一歩前に出した。


「黄色に触るなァ!」


 まるで木製バットを振るかのようにスイングした木刀は、狭い通路の壁に刀身をぶつける。それでも彼は力を込めた。周りなんか一切見えていない。ただひたすらに、目の前の女性を守りたいという一心だった。奥歯を強く噛み締め、眼光を三人の男に向ける。体を捻り、軸は固定。全身のばねを使って、コンクリートの壁なんか気にも留めずに。


「な、なに!」


「うおおおおおおおおおお!」


 佐藤の木刀は緑色の光を放った。と同時にコンクリートの壁が気持ちのいい音を立てて剥がれる。木刀が触れた個所だけまるで風化した古代遺跡のように粉砕したのだ。その瓦礫片は彼の力任せなスイングに乗って凄まじい勢いで飛び、三人の顔面を捉えた。


「ぐぁ!」

「んぐぅ!」

「ぎぃえっ!」


 ソフトボール大の瓦礫片も、顔の中心を捉えた瞬間粉砕した。まるで中国カンフー映画のレンガみたいに。同時に男たちは鼻から血を流しながら崩れ落ちた。全員気絶したらしい。その姿を見て、佐藤は興奮を落ち着かせるように深く呼吸を繰り返す。


「さ、佐藤さん?」


「あ、いや。その。呼び捨てしたのは、えっと」


 佐藤は息が荒いまま慌てて否定しようとする。しかしそんな彼の手を取って、黄色は首を横に振った。


「いえ、ありがとうございます。助かりました。ぼくとしたことが焦っていました」


 しっかり者で頼りになる女性とばかり思っていた彼女の眼が少し潤んで見えた。


「黄色……さん?」


「気にしないでください。ただ、びっくりしただけですから。ぼく、苦手なんですよ。急に驚かされるの……それより逃げますよ!」


 彼女は再び佐藤の手を取った。しかし、佐藤はそれを振り払うと室内に目を向ける。まだ中では戦いが繰り広げられているのだろう。バチバチという衝撃音や、氷が発生するキーンという甲高い音が鳴り響いていた。


 佐藤の表情には覚悟が見て取れた。彼は木刀を強く握りしめ、鍔に触れる。魔法が発動し、緑色の光と同時に刃先からは微かに風が発生するのを感じる。


「黄色、俺は瑠璃の事も助けたい」


 佐藤の表情は真剣そのものであった。彼女は手を引っ込めると、じっと男の横顔を見つめた。それから少し考え、微かに口を開く。


「分かりました。ぼくも行きます。それに、彼らから得られる情報があるかもしれませんからね」


 佐藤はそれを肯定しながら室内に歩みを進める。


「あぁ、もし仮に何も聞き出せなかったとしてもかまわない。それ以上に俺は、君たちに守られるのは嫌なんだ。俺も君たちの力になりたい」

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