第25話 杖選び

 まず最初に確認したのは六色の魔石虫が持つ魔力の属性についてだった。黄色曰く、イメージで覚えれば大体当たってるそうだ。赤は熱や炎。青は水や冷気。黄は金属や光。紫は電気。橙は土や岩。緑は風。それぞれの色が対応する魔力についてざっくりと記憶することができた。


 また、黄色の話によると魔石虫の色が黒っぽかったり白っぽかったりするだけでも魔力の性質が異なるらしい。しかしそれは実際に試してみてもいまいち実感が持てなかった。


 次に佐藤が試したのは杖の発生させる魔法についてだ。ざっくりとだが魔法の種類についても理解できた。

 木刀のように魔力を纏うタイプのもの。杖のように魔力を射出するもの。そして瑠璃が使っていた棍棒――実はメイスというらしい――のように魔力から物質を創造するもの。この三種類に分けられる。

 また、黄色の話によると水晶タイプは魔石虫のエキスを詰め込んだもので、それがあれば広範囲に魔法を発生させることができるらしい。カラオケ地下から脱出するために使用した爆風は水晶タイプの魔法によるものなのだとか。

 そして、佐藤が気になったのは黄色が先日盗んだというリボルバータイプのものである。


「たぶん杖の亜種だとは思うんですが、こういうタイプの魔法道具は初めて見ました。ぼくにも使い方は分かりません」


 彼女たちもお手上げといった様子であった。佐藤はそれを受け取ると観察してみることにした。ドラマで見たのをまねするようにラッチを押してみると、カチリと気持ちのいい金属が擦れる音と同時にシリンダーが倒れた。

 左側に倒れたシリンダーには薬莢を入れる穴が六つ、その上から魔石虫をはめ込めそうな溝が空いていた。この形状は他の杖と同様である。佐藤は適当に橙色の魔石虫を装着してみる。橙色の光が灯り、ポロリと自然に魔石虫が剥がれた。見ればシリンダーの中に一発だけ弾丸が込められているようだ。彼は迷いなくシリンダーを基の位置に戻した。そして、先ほどから的代わりに使っていた花瓶に向けて引き金を引く。芯まで響く大きな射撃音と同時に、強い反動が右腕に伝わった。しかし、花瓶には弾痕どころかかすり傷一つついていない。


「あれ、外した?」


 佐藤が首を捻るも、その光景を眺めていた瑠璃が否定する。


「ちゃんと弾が当たるの見えたよぉ」


「え? 見えたの?」


 瑠璃がコクコクと何度もうなずいている。でも花瓶には何の変化もない。どういうことだと言いたげに再び装填作業を終えた佐藤は、狙いをつけて引き金を引く。しかし今度は弾が出なかった。


「それ、ぼくも試してみたんですよ。結果は同じでした。まったく傷がつかないんです。たぶん殺傷能力ゼロですよ。加えて魔力効率がすこぶる悪いんです。新品の魔石虫を使って実験してみたんですが、たったの六発でエネルギー切れを起こしました。ここにあるカスじゃ、そもそも撃てないか打てたとしても一発が限度だと思います」


 それを聞いて、佐藤は肩を落とした。正直リボルバーってちょっとカッコいいじゃんなんて思っていたのだ。しかし使えそうにもない。


「まぁ、いいじゃないですか。仮に殺傷能力が高かったとしたら、それはそれで使いにくいですし」


 黄色の言葉に、佐藤は小さくうなずく。先ほどまで、人生で初めて触る魔法というものにテンションが上がっていたから気づかなかった。しかしよく考えてみれば、佐藤に人が殺せるだろうか。今までまともに喧嘩すらしたことのないただの男子大学生だ。人を殴ることすら躊躇しかねない男が、殺人の道具を扱えるはずはない。


「そ、そういえば二人とも人を殺したことって……」


 佐藤がリボルバーをいじりながら訊ねた。


「は? あるわけないじゃないですか」


「私たちは犯罪者じゃないんだもぉん」


 二人の言葉に、佐藤はホッと胸をなでおろした。


「それで、好きな魔法は決まったんですか?」


「あ、うん。俺はこの木刀と、あと緑にするよ」


「緑ですか? その木刀でしたら黄や赤の方が相性いいと思いますが?」


 佐藤はその言葉に少し悩んだ様子を見せたが、首を横に振った。


「いや、緑がいい。赤や黄だったら、殺しちゃいそうだし」


「相手はプロですから、案外殺す気で行っても死にませんよ?」


「それでも、やっぱり俺は人を殺したくない……からさ」


 佐藤の無理やり作った笑顔を見て、黄色は小さくうなずく。


「そうですね。嫌な可能性が見えると、かえって躊躇しちゃいますから。いい選択だと思いますよ。誰も殺さずに行きましょう。ぼくたちは犯罪者じゃありませんから。あくまで無法者として、魔法を使うだけです」


 佐藤は黄色から新しく緑の魔石虫を受け取る。これでいつでも魔法が使えるだろう。


「さて、野辺地学の居場所についてですが――」


 黄色が瑠璃のスマートフォンを手にした瞬間だった。突然秘密基地の壁が消し飛んだ。


「こちら第三班計十五人、無事バンディットと思しき二人組並びに誘拐された一般男性を発見。直ちに作戦を実行する」


 瓦礫を蹴るように跳ね除けながら、黒ずくめの男がトランシーバーに向かってそう言い放った。一瞬のホワイトノイズが流れ、プツリと音が途切れた途端男の声が返ってくる。


「報告の通りだな。全員生け捕りにしろ」


「はっ!」

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