第24話 土人差別

「どういうこと?」


「かつての日本は、日本文化を受け入れ日本語を介し日本国籍を持てば誰でも日本人でした。でも、今から二十年前に発生した世界同時多発的原子力発電所事故から、国民に明確な優劣が生まれたんです。俗に言う、土人差別というものです」


「土人差別?」


 佐藤の耳に聞き覚えのない言葉だった。


「知らなくても当然です。でも、あなたも経験はあるはずですよ。学校や社会において差別は絶対に発生していますから」


 雛菊黄色の表情は険しかった。


「学力は高いのに、田舎出身だからという理由で入学を禁止する大学。地方の農作物だからという理由で廃棄処分される産業。都内育ちじゃないからという理由で大会に出られない選手。出身地による差別問題は、今かなり深刻です。それも無意識に広まった人種差別として」


 佐藤は高校時代の記憶がふと蘇ってきた。

 野球部で一番打率が高かったにもかかわらず、万年ベンチだった記憶が。

 監督には日々「ベンチに座らせてもらえるだけでもありがたいと思え」「お前は出身地が知れないから人前には出せない」と言われてきたあの頃の記憶が。

 東京都外から来た地方の生徒は必ず清掃を行わなければならないというルールが。

 今思えば、大学生デビューと同時に野球から身を引いたのは彼らの影響だろう。佐藤はそれが当たり前だと思い高校時代を過ごしてきた。その環境に何ら不満も抱かなかった。しかし雛菊黄色は違ったらしい。


「彼らの言い分は、放射線による土壌汚染の影響を受けている人間に近寄ると汚染されるというものです。そんなはずないのに。そもそも地方に原子力発電所を乱立させたのは、東京の人間が電力を使いたいからですよ。夜も馬鹿みたいに町中ピカピカ照らして、その電力が欲しいためだけに原子力発電を量産した。放射性廃棄物の後処理や事故が発生した際のリスクは全部地方の人間に押し付けて。そのくせ事故があってからは出身地差別。そんなバカなことがあってたまりますか」


 彼女は木刀を強く握りしめたまま、腰から黄色の魔石虫を取り出しつつ話を続ける。


「結果的に日本は放射性廃棄物から魔法を発見しました。これは大発明です。一時期ニュースにも取りざたされました。ですが、すぐに情報規制を行ったんです。理由はもうわかりますよね。魔法を独占するためです。この国の連中は、放射能汚染が進行した土人に魔法を伝えるつもりがなかったんですよ」


 黄色の魔石虫を木刀にカチリと装着する。途端に木刀の刃先が黄色く輝きを放つ。彼女はその刃を地面に突き立てた。鋭い金属音が鳴り響き、刀は簡単に地面に突き刺さる。


「世紀の大発明でした。しかし今の日本はこれを公表する気などありません。一部の汚染を受けていない純潔な日本人だけが魔法を使い、それ以外の地域に住む人々の事なんて何も考えていないんです。ぼくはその事実が何よりも許せない。だから決めたんです。日本人が魔法を使って大国を築き上げようとするのなら、同じ国に生まれ同じ土地で育ち同じ日本の恵みを享受すべき多くの民に、魔法を授けようと」


 彼女が木刀の鍔にそっと手を添えると、黄色の光がどんどんと薄れていき、最後には変哲もないただの木刀に戻っていた。それをゆっくりと引き抜き、再び同じように地面へ突き立てて見せる。しかし今度は鈍い音が響くだけだった。


「魔石虫というのは、何度も説明した通り放射性廃棄物を餌に育った昆虫です。生態について僕は詳しく知りませんが、成虫の姿になると魔力を放ちます。魔力は色ごとに効果が異なり、杖はその魔力を濃縮・射出することができます。例えば今見せた黄の魔石中は金属に似た性質を持っています。そしてこの木刀は取り付けた魔石虫のエネルギーを刃先に集めることができるんです。そしてこちらの魔石虫は大地や鉱石に似た性質を持っています」


 そう言うと今度は橙色の魔石虫を取り出し、木刀に取り付けた。木刀の鍔をそっと撫でると、刃先がオレンジの光を放つ。それと同時に再び地面に突き立てた。今度は岩が衝突したかのような重い衝撃音が響く。


「ぼくの知る限り、魔石虫の色は七色。赤・青・黄・紫・橙・緑そして佐藤さんが持っていた空です」


「空?」


 雛菊黄色は木刀を佐藤に渡すと、様々な色の魔石虫を地面に並べた。その全てが人口樹脂に閉じ込められており、まるで佐藤のペンダントと同じような加工が施されている。


「空の魔石虫はレアです。ぼく自身存在を知ったのはつい最近ですから。普通は発生しない、無色の魔石虫」


「だから、狙われていたのか」


「えぇ、ぼくたちも正直ほしかったです。どういう能力を持っているのか全く見当がつきませんから。実験したかったですし、何より日本政府よりも早くその実態を知ることができれば奴らの先を行けます」


 佐藤はなるほどとうなずきながら赤の魔石虫を木刀に装着してみた。突如刃先が赤く輝き、熱を放つ。


「魔法の杖はとても扱いが簡単だと思います。あとは杖の形状や発生する魔法と自身の相性次第ですね」


「つまり、俺はこの中から俺が使いやすい色の魔石虫と杖を選べばいいんだな?」


「そういうことです。杖によって魔力効率が変わってきます。一匹の魔石中から何回魔法を発生させられるのか、何秒間魔法を持続できるのか、似た形状であっても千差万別です。奴らが量産に成功したのはこのステッキと呼ばれる、ただ魔力エネルギーを放出する武器だけですから」


 そう言って彼女が取り出したものは、一番魔法の杖と聞いてイメージしやすい指揮棒のような形状だった。持ち手にくぼみがあり、魔石虫を取り付けられるようになっている。


「これは魔力効率もいいですが、射程範囲や射撃制度はそんなに良くありません。集団で数撃ちゃ当たるみたいなゴミ武器です。でも、それ以外の杖は魔力効率が軒並みゴミですね。魔石虫が枯渇します」


「なるほど、ちょっと試してみても?」


「いいですよ。ここにある魔石中はそろそろ魔力量が枯渇する寸前なので。本番で魔法が出ないと困りますから、もう闇市に流すつもりだったんです。試し打ちする程度にはちょうどいいはずだから使ってみてください」


「ありがとう」


 佐藤は礼を言うとロッカーの中から気になったものをいくつか取り出してみた。あとは、黄色に解説を頼みつつ試してみる。自分に合ったものを見つけるために。

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