第23話 魔法の杖
「とすれば、俺のペンダントは野辺地先輩が持っているのか。いや、もしかしたらあの黒づくめ組織の誰かに渡したのかも……」
もしそうだとすれば、取り返すのは困難だろう。しかし、黄色は佐藤の言葉をハッキリと否定した。
「そんなはずはありません。先ほども言いましたが、魔石虫は非常に貴重な生き物です。複数の手を行き来させると途中で所在不明になりかねません。あいつらの事ですから、絶対に直接本部へ持ち帰るはずです。それに……」
黄色は腰に付けたポーチからそっとリボルバーのようなものを取り出した。
「奴らはこれもセットで持ち帰りたいはずです。これは組織の工場に潜入してこっそり盗んできた試作品なのですが、きっとあいつらはぼくたちからこれを取り返すまで本部に帰れませんよ」
「ってことは……」
佐藤の表情が明るくなる。
「えぇ、佐藤さん。まだあなたの大切なもの、取り返すチャンスはあります。ぼくたちで野辺地から取り返しましょう。手伝いますとも」
佐藤は雛菊黄色の言葉に笑顔を浮かべて頷いた。
「ありがとう、雛菊さん」
「黄色でいいですよ。ぼくたちは姉妹ですから、名字で呼ばれるとどちらを指しているのか分かりませんから」
「こっちはきぃちゃん、わたしはるりちゃんって呼んでもいいんだよぉ?」
「い、いや。さん付け、さん付けで呼ばせていただきます」
佐藤が照れたように頭を掻くも、瑠璃は不服そうに頬を膨らませるのであった。
「しかしですよ、佐藤さん。仮にあなたが組織から魔石虫を取り返すとしても、きっと戦いになることでしょう」
「あ、それもそうか。どうしよう、俺格闘技とかできないんだけど」
佐藤が頼りない声を出すと、瑠璃がキョトンとした表情で首を捻った。
「結構筋肉質だと思うけどなぁ、なにかスポーツとかやってなかったのぉ?」
「一応、野球部を。でも、ずっとベンチでしたし」
佐藤が再び頭をポリポリと掻いた。その自信なさげな態度とは裏腹に、雛菊瑠璃は満足げだ。
「なら大丈夫だよね!」
「えぇ、幸いなことに棒状の武器でしたらたくさんありますから」
雛菊黄色も妹の言葉を肯定するように笑うと、立ち上がって佐藤に背を向ける。
「佐藤さん、ついてきてください。まずあなたには魔法について学ぶ必要がありますから。あなたの持っていた透明の魔石虫についても、ぼくたちが知りえる情報を教えます」
「あ、ありがとうございます」
佐藤は雛菊黄色の背中を追いかけた。小柄な彼女だが、とても頼もしく見える。
「でも、どうして俺にそこまでしてくれるんですか? 俺って、二人を追い詰めた張本人なのに」
「追い詰めた? 何をそんなに己惚れているんですか」
「えへへぇ、きぃちゃんはねぇ、放って置けないんだよぉ」
「放っておけない? あ、俺が頼りないってこと……?」
佐藤はここに来てからというもの頭を掻きっぱなしだ。しかし、雛菊瑠璃は優しい表情のまま首を横に振った。
「んーん、違うよぉ。きぃちゃんはね、優しいの、みんなに。わたしたちは孤児院で育ったんだぁ。だからお父さんの顔もお母さんの顔も見たことが無いの。でもねぇ、孤児院のみんな、とぉってもいい人たちだったんだよぉ。きぃちゃんも例外なく、とっても優しかったんだぁ。たぶんね、お兄さんの事放っておけないんだよ。人の大切な物や大切な居場所を奪って金儲けしてる組織がずっと許せないんだよぉ」
瑠璃の言葉に、どこか悲壮感を覚えた佐藤は黄色の背中をじっと見つめた。彼女はとても小さい。中学生、いや小学生と偽っても通用するレベルだろう。にもかかわらず、そのしっかりとした足取りや態度から覚悟が見て取れる。
「るりちゃん、言わなくてもいいことを口にした人間は真っ先に死ぬんですよ」
「あうぅ」
「まったく、さぁ佐藤さん。この中から選んでください。あなたが使いたい武器を」
そう言って彼女が空けたのは、学校でよく見かけるロッカールームだった。箒などの掃除用具が入っていそうなアルミ製のちんけな箱。彼女はその扉を開けるとにやりと笑った。
「まずは杖を選ぶところから始めましょう」
彼女の言う通り、中にはいくつか不思議な形をした物が入っていた。映画で見たことのあるような杖や、木刀、るりちゃんが背負っていたものと同じ巨大な棍棒まで。ありとあらゆる棒状のものが所狭しと並んでいる。
「こ、これは?」
佐藤の問いかけに、黄色は堂々と答える。
「魔法の杖です。魔法使いと言えば、杖を使うものでしょう。ちなみにぼくたちが持ってる魔法の水晶は一つしかありません」
「えっと……」
佐藤はとりあえず一番取りやすい位置に立てかけられてあった木刀に手を伸ばす。
「あぁ、それは先週盗んだやつです。ぼくには使いこなせなかったんで」
「……盗んだ?」
佐藤はふとそこで手を止めた。
「ええ、盗みましたよ? だってぼくたち、
その言葉をゆっくりと咀嚼して、佐藤は手を引っ込めた。それから言葉を選んで口にする。
「えっと、そういえば色々あって聞きそびれていた事なんだけどさ、えっと、その……君たちって泥棒なの?」
彼の言葉に、雛菊姉妹が同時に顔を見合わせた。それから首を必死に横に振る。
「ちが、違うよぉ! わたしたち泥棒なんかじゃないよぉ!」
「ぼ、ぼくたちはただの、その。魔法使い登録してない魔法使い、無法者……バンディットって呼ばれてるだけで。別に日本の法律を犯したりなんかしてませんから!」
「ただ魔法使いから杖を奪ってそれで生活してるだけだもぉん」
「そ、そもそも日本の刑法にも魔法道具を奪ってはならないなんて法律ありませんから!」
二人の必至な言い訳を両手で制止しつつ、佐藤はそっと訊ねる。
「魔法とか関係なしに、人のもの盗ったら泥棒なんじゃ?」
「うぎ」
「えぇん」
姉妹が同時に言葉を失う。佐藤には分からないことだらけだ。そもそも魔法の存在も今知ったばかりなのだ。今彼がやろうとしていることは、よく考えれば組織を、さらに言えば犯罪を犯し国を敵に回そうとしていることなのではなかろうか。
「どうして二人は、魔法使いから杖を奪ったりしてるの?」
「それはねぇ、闇市で売れるからだよぉ」
「そういうことじゃなくて、どうして秘密組織の工場に侵入して魔法道具を奪ったりすることを始めたの?」
「それは……ぼくが説明します」
黄色はロッカーの中から木刀を取り出しつつ答えた。
「日本政府が、選民思想を掲げたからです」
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