第22話 盗んだ犯人は……?
「何か心当たりがあるんですか?」
雛菊黄色が身を乗り出す。
「いや、心当たりというか。疑問なんだけど、どうして二人は地下の室内を嫌がったの?」
佐藤言葉に、彼女はやれやれといった様子で肩をすくめた。
「当たり前じゃないですか。二階や三階なら、壁をぶっ壊して外に逃げられますが、地下だと袋のネズミですよ。偶然ぼくらが以前に奪った緑玉爆風があったからよかったものの。逃げる手段が何も無かったら、マジで捕まってたんですから」
雛菊黄色は少し頬を膨らませて不平不満を述べる。
「そもそも、ぼくは何度も嫌だって言ったんですよ。それをるりちゃんが信じてあげようなんて言うから」
「え? なぁに? わたしの話ぃ?」
ティックトックを見ながらゴロゴロと暇を潰していた雛菊瑠璃が顔を上げる。
「何の話してたのぉ?」
「るりちゃんが信じようって言ったせいで酷い目にあったって話ですよ」
「でもぉ、信じてよかったんじゃないのぉ?」
黒髪の女性は佐藤に向かって優しく微笑む。
「悪い人じゃなかったもぉん!」
佐藤は少しうれしそうに小さく会釈で礼をした。そんな二人のやりとりに、黄色は小さく溜息をついて続ける。
「改めて確認したいんですが、佐藤優介さん。あなたは本当に組織と関わりがないんですよね? ぼくたちの事誰かに通報したりしてませんよね?」
「だ、だからしてないって。俺じゃない」
黄色はじーっと佐藤の表情を伺い、怪訝そうに眉を寄せたまま続ける。
「だとしたらおかしいんです。いったい誰がぼくたちを秘密組織に通報したんでしょう?」
佐藤はその言葉を聞いてハッとした。今まで考えようとも思っていなかった。だって、佐藤のペンダントを盗んだのはこの雛菊姉妹だと信じていたのだから。でも、実際は彼女たちが犯人ではなかった。
「不可解な点は二つあります。一つ、佐藤さんからペンダントを奪ったのは誰か。二つ、ぼくたちを地下に誘い込み捕まえようとしたのは誰か。」
「そうだよな。あのカラオケ店は地下一階から四階まであった。それなのに俺たちが取引をしたのは地下だった」
「えぇ、佐藤さんの想いを利用してぼくたちを一網打尽にしようとした人物がどこかにいるはずなんです。そしておそらく、その人物が佐藤さんのペンダントも持っているはずです」
彼女の言葉に納得した佐藤は、目を閉じて自らの記憶をたどった。怪しいのは誰か。何か見落としているものは無いか。
「わざわざぼくたちとのやり取りを地下に設定した人物が居るはずです。二階や三階であれば、ぼくたちにとって逃走はたやすいですから。それを知ったうえで地下にセッティングした人物が」
佐藤は、ゆっくり目を開けた。
「わざと俺たちを地下に集め、その間に組織を呼べる人だよな。それなら一人心当たりがある。今しっかりと思い出した」
佐藤は自分の記憶を思い返しながら、ハッキリと口にした。
「あの時、カラオケ入店の手続きをしたのは野辺地先輩なんだ」
「野辺地学って奴ですか。さっきも名前が出ましたね。何か怪しいんですか?」
「あぁ、俺の大学の先輩で……、待てよ?」
野辺地学、佐藤たちを地下の部屋に呼び出し、その隙に組織をけしかけた張本人である可能性が高い男。そう考えるといくつも怪しい点が浮上してきた。
「今思い出してみれば、店の外で待機しているはずだった野辺地先輩は居なかった。どこへ行ったんだろう?」
「隙をついて本部と連絡を取っていたとか?」
「もしくはあの機動隊員の中に紛れていたとか……」
野辺地先輩はかなり筋肉質だ。集団に紛れていても、顔まで隠れる黒ずくめならどれが野辺地学か分からないだろう。それこそ、佐藤を担いで階段を駆け上がっていた男が野辺地学だったとしても驚かない。
「そもそも、俺が君たちバンディットと連絡を取るきっかけを作ってくれたのも野辺地先輩なんだ」
「あぁ、例のティックトックアカウントですよね。あれはあなたのアカウントじゃないことくらいさすがに分かってましたよ。だってぼくたちが最初に見つけたとき、あなたはずっこけて頭打ってましたから。両手を開けてゲロ吐きながら自撮りができるとは思えません」
「う……」
馬鹿にされた気がした佐藤は言葉を失う。しかし黄色はいたって真面目そうに言葉を待った。
「あ、うん。そうなんだ。俺を最初に撮影したのも野辺地先輩だった。今思えば、わざとらしくネットにペンダントを投稿したのはおかしい。それにあの人言ってたんだ。動画を削除しなくちゃいけないって。その理由は居酒屋に怒られたからだって。だけど、それもよく考えたらおかしい」
「どういうことですか?」
「だって、野辺地先輩が居酒屋の掃除をしたのは朝だっていうんだ。動画がバズって、店からクレームが来たって。それで朝掃除。そもそも夜に経営している居酒屋って朝に掃除するものなのか? だいたい、クレームが入ったから消すように指導を受けたなら、その日の内に消すはずだ。どうして昼間まで消さずにいたんだ?」
その言葉を聞いて、黄色はハッとした。
「もしかして、ぼくたちのアカウントから居場所を割り出そうとしていたとかですか?」
そんなことができるのかは分からない。でも逆探知という言葉は映画やドラマで耳にしたことがある。
「もしかしたら、そうなのかも」
佐藤が頷くと、黄色は慌てて瑠璃に詰め寄った。
「るりちゃん、今すぐアカウント消してください!」
「えぇ、面白いのにぃ?」
「また新しいアカウントは博士に作ってもらえばいいでしょ!」
「いやぁ、そもそも博士が逆探知できないアドレス作ったって言ってたしぃ、博士の言う通り色んな端末を経由するアプリ起動してるもぉん」
「あ、そういうことですか……」
黄色は瑠璃から手をはなすと佐藤の方を向いた。
「野辺地学はぼくたちを探知できなかったんですね」
佐藤は肯定する。
「ええ、だから恐らく、俺を利用した」
「なるほど。じゃあ佐藤さんのペンダントを盗んだのも野辺地学でよろしいんですか?」
「たぶんそうだけど……」
佐藤は言葉に詰まる。いったいどこで、どのタイミングでそんなことができるだろうか。再び記憶を遡った瞬間、彼はすぐさま思い出した。不審な点を。
「そういえば野辺地先輩、俺が公園で休んでる時絡みに来てた」
「絡みに? どういう風にですか?」
彼女の問いかけに、佐藤は記憶を鮮明に思い返しながら口にする。
「俺、あの日は自分のゲロにまみれたシャツを夜風に当ててたんだ。臭かったし、湿っていた。それなのに野辺地先輩、俺の肩に腕を回して密着してきたんだ。今思うと、おかしい。汚い男、それも出会ったばかりの後輩としてしか関りがない人間に普通そんなことするか?」
「密着している隙に……」
黄色が真剣な表情で途中まで口にした。それをつなぐように、佐藤は頷く。
「俺の首から、摺った」
そうとしか考えられなくなってきた。
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