第21話 魔石虫

 雛菊姉妹は昨晩、ティックトックを漁っていたところ偶然佐藤の動画を目撃したらしい。その動画に映っていたのが、彼女たちの探し求めていた魔石虫。早速映像から店を特定し、動画に映っていた人物を探していたところ公園で発見し声をかけた。そこからは佐藤の記憶にある通り、交渉に失敗し二人は諦めてこの秘密基地まで帰宅したというのだ。その間にペンダントは盗んでいない。

 しかし、この魔石虫と呼ばれる甲虫は魔法を発動するために必要なエネルギー源となるらしい。そのことを知っている人間からすれば、喉から手が出る程欲しくてたまらない存在。その価値は金を超える。


「よくよく思い出してみてください。ぼくたちの他に、あなたと接触した人物が居るはずです。ペンダントを盗むチャンスがある人物が居るはずなんです」


 彼女の言葉に佐藤は記憶をたどった。閃石の助けで雛菊姉妹を追い払った後、佐藤に近づいてきた人物。一人だけ居た。佐藤の動画をわざとネットに公開した男だ。彼は公園で打ちひしがれていた佐藤に近寄り、嘔吐物に汚れているシャツなどお構いなしに肩を組んできた。


「野辺地学……」


「その男が犯人ですか?」


 佐藤は首を横に振った。


「分からない、そもそも証拠がない。目的も不明だし……」


「目的はいくらでも想像がつきます。それよりもっと不審な点はありませんでしたか?」


 佐藤は自分の記憶をたどった。野辺地学の怪しかったところについて。それこそ、再生数稼ぎとはいえ佐藤の作戦に同調してくれたのは不自然だったが。もし彼がペンダントを盗んだのだとすれば、わざわざバンディット二人と接触する作戦に乗る理由が分からない。


「そもそも、その魔石虫っていうのはなんなんだ? 魔法っていったい……?」


 佐藤の問いかけに、黄色は言い忘れていましたね、と言いつつ黄色の魔石虫をウエストポーチから取り出して見せた。


「魔石虫と呼ばれるこの甲虫は、政府がひた隠しにしている新エネルギーの素材です」


「新エネルギーの素材?」


 首を傾げる佐藤が復唱し、黄色はそれに頷いた。


「そうです。佐藤さんは日本のエネルギー問題について知っていますか?」


「え、エネルギー問題? いや、詳しくは。一応大学で習うつもりだったけど。確か火力発電でも原子力発電でもないエネルギーを模索してるってやつだっけ?」


「そうです」


 黄色は肯定してから身振り手振りを交えつつ説明を始めた。


 今から数十年前、世界中は石炭火力発電に頼って電力を賄ってきたらしい。そのエネルギーは人類の発展に必要不可欠なものだった。しかし、火力発電の影響で大気中にあふれた二酸化炭素が今度は地球温暖化という問題を引き起こした。およそ三億年前の石炭紀に地中へ封じられた炭素が、猛烈なスピードで大気に解き放たれたのだ。結果として、自然災害が活発に起こりはじめた。集中豪雨、大型台風、極度の干ばつ。これらの影響を抑えるべく、人類は新エネルギーの模索を始める。そして最初に手を付けたのが原子力発電だった。


「佐藤さんも知ってると思います。二十年前に起きたと言われている大事故」


 佐藤は頷いた。


「世界同時多発的原子力発電所事故」


 佐藤が生まれるよりも少し前、世界各国で起きたとされる大事故の総称だ。

 巨大竜巻や大地震、ゲリラ豪雨や大津波の影響により海岸沿いの原子力発電所が壊滅したという話を毎年追悼式の度耳にした。

 世界中が目指した、温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギー開発は結果として大規模な損害を叩き出した。

 今でもその影響は残っており、日本でも複数の町や村が放射能汚染区域として立ち入り禁止となっている。

 世界各国が過去の反省から、脱原子力を掲げて二十年。日本を含む各国が様々なクリーンエネルギーを模索してきた。しかし、風力発電から発生する重低音は健康被害を引き起こし、水平軸の巨大なプロペラは渡り鳥のバードストライクを引き起こした。また、水力発電を行おうにも、急な干ばつや豪雨の影響で安定した水位を確保することはできず、電力需要には応えることができなかった。太陽光発電に至っては複数のベンチャー企業による強引なメガソーラーの乱立により、山肌から木々が伐採され土砂災害にまで発展してしまう始末。大規模な砂漠を保有する中国がソーラーパネルの市場を独占する等、国家間での新たな火種に発展してしまったらしい。


「そんな中、日本はあえて放射性廃棄物をエネルギーに変換できないか考えていたそうです」


 黄色の説明は壮大で、もし仮に大学の講義ならあまりの難解さにうたた寝をしていたことだろう。しかし、説明が上手かったのだろうか、佐藤は初めて聞いた話であるにもかかわらず、突っかかることなくここまでを理解できた。


「放射性廃棄物をエネルギーにって、そんな話聞いたこともないけど?」


「それは当然です。超が付くほどの国家機密ですから。でも昔はニュースでも取りざたされていたらしいですよ。日本が開発した新エネルギーにより世界は安全になるとかで」


 彼女は黄金に輝く魔石虫を見せながら語った。


「偶然発見されたんですよ。放射性廃棄物だけを食べて無害化する甲虫が」


「まさか、それが?」


 雛菊黄色は真剣な顔をしたまま頷いた。


「日本とアメリカの一部だけが知る、超機密研究対象です。その名を魔石虫。放射性廃棄物を取り込みエネルギーへ返還させる。まるで魔法の石に似た虫ですから、魔石虫と呼ばれています」


 佐藤はようやく腑に落ちた。本来日本人でも一部の人だけにしか情報が共有されていない魔石虫。それを保有していたのだから、奪いに来る者が居たとしてもおかしくはないだろう。


「じゃあ、野辺地学先輩は、魔石虫について知っている数少ない人間ってこと?」


 佐藤の問いかけに、雛菊黄色は首を捻る。


「どうなんでしょう。その辺怪しい動きはありませんでしたか? 魔石虫について知っているとすれば、ぼくたちのようなバンディットか、国の秘密組織くらいだと思うんですが……。それこそ、カラオケでぼくらを襲撃してきたあいつら。あれは絶対に警察じゃありませんよ。魔装を所持してたんですから、確実に秘密組織の奴らです。魔法について知ってる証拠です」


 その言葉に、佐藤は一つだけ思い出した。


「そういえば……」

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