第20話 誘拐
あれからどこへ向かったのか佐藤はとんと検討が付かなかった。ただ一つわかることは、バンディットと呼ばれた女性二人に誘拐されたということだけだ。
人の気配が全くしないビルの一室に佐藤はいた。両腕を麻縄で縛られ、地面に腰を据えている。そんな男の前に、るりちゃんと呼ばれていた女性が屈みこんだ。目線を合わせようとしているのだろうが、大きな胸の谷間がシャツの隙間から見えてしまう。目のやり場に困った様子で目線を泳がせた彼に対し、彼女は口を開いた。
「なんか色々あってお話しできなかったから、改めて自己紹介するね」
「ちょ、るりちゃん?」
金髪の少女が慌てて止めようとするも、女性は聞く耳を持たず胸に手を当てて続けた。
「私の名前は瑠璃だよぉ。雛菊瑠璃。年齢は十六歳なんだぁ」
「え、じゅうろ……え?」
佐藤は耳を疑った。年上だと思い込んでいたからだ。
「うん、きぃちゃんの話だと、高校生くらいの年齢なのかな? でもわたしは学校に行ったことないんだぁ」
にっこりとほほ笑む彼女から、敵意や悪意のようなものは感じられなかった。ただひたすらに友好関係を結ぼうとしてくれていることが分かる。それを察した佐藤は、座ったままの姿勢で声を発する。
「俺の名前は佐藤優介、来週の29日に誕生日を迎えて十九歳になる予定の大学一年生だよ」
「わ! 大学生なんだ!」
瑠璃が嬉しそうに手を叩く。
「ねぇ、勉強って楽しい?」
「え?」
「勉強って楽しいのかなって」
佐藤は少し首を捻って答えた。
「楽しくは……ないかな?」
「なーんだ、そうなんだ。残念」
いったい何の話をしているのか理解できない佐藤を前に、今度は金髪が近寄る。
「まぁ、佐藤さん……でいいですか? あなたは別に強くないですし、敵意も感じないから良しとしましょう」
「妙に上から目線だな」
佐藤が睨みつけると、彼女はにまりと笑った。
「えぇ、ぼく年上ですから」
「は?」
少女は瑠璃の隣で胡坐をかくと、胸に手を当てて自己紹介を始めた。
「ぼくの名前は雛菊黄色。るりちゃんの姉です。こう見えて、二十歳ですから。お酒の飲める年齢ですから」
「え、嘘だろ?」
「ぼくは嘘をつきません」
胸を張る少女の隣で、コクコクと頷く女性。佐藤は二人の年齢について考えることは辞めた。
「それで、俺を捕まえてきて何がしたいんだ?」
そう問いかける佐藤に、黄色が答えた。
「情報を整理したいんです」
「情報を整理?」
「えぇ……」
彼女はゆっくりと立ちあがると、佐藤の背後に回る。
「ぼくたちは佐藤さんに呼ばれてカラオケ内に足を踏み入れました。この辺から何かおかしいなって思ってたんですよ」
「おかしいっていうのは、俺の作戦がバレたからってこと?」
「それもそうなんですが、そもそも佐藤さんがぼくたちを呼び出したということがおかしかったんです。だって昨晩ぼくたちが佐藤さんとお会いした公園では、あなた別に魔石虫の事知らないっぽかったですから」
「そうだ、魔石虫ってなんだよ。あの虫の事か?」
「やっぱり、そこから知らないんですよね? じゃあ先に質問させてください」
彼女は佐藤の背後からそっと耳元に口を近づけた。
「佐藤さんはどうしてぼくたちに会いたかったんですか?」
「それは……」
佐藤はハッキリと言い放った。
「母の形見を取り返したかったから」
「では次の質問です。その形見というのは、昨晩ぼくたちが欲しいと言っていた透明の甲虫で間違いないですか?」
佐藤は頷く。
「そうですか。分かりました」
次の瞬間、背後から金属の擦れる音がした。まるでナイフを抜いたかのような音。
「動かないでください、怪我しますよ」
佐藤の体が恐怖でビクッと硬直する。その瞬間、彼を縛っていた縄が解けた。
「疑いをかけてしまいすみません。ぼくたちはあなたの事を勘違いしていました。謝ります」
「佐藤くんごめんねぇ?」
縄の痕が付いた手首をさすりながら、佐藤はゆっくりと立ちあがる。
「勘違いって、どういう?」
瑠璃と黄色もそれにつられて立ちあがった。そして、黄色がハッキリと告げた。
「ぼくたちは佐藤さんの形見を奪っていません」
「え?」
黄色の言葉に、瑠璃も強くうなずく。二人に嘘をついている様子は見られなかった。
「立ち話もなんです。水でも飲みながらお話しましょうよ」
黄色はそう言うと、ペットボトルを投げてよこした。見ればソファーと小さなテーブルがある。
「ここはぼくらの秘密基地です。邪魔者は入ってきませんよ。氷は必要ですか?」
黄色の言葉に合わせて、瑠璃がメイスを振る。それに合わせて空中には氷柱が発生した。黄色は何の迷いもなくそれを手に取ると、黄色のポーチから黄金の針を取り出して砕く。
「るりちゃん、コップください」
「えー、めんどうだよぉ」
瑠璃はふてくされた表情のまま、緑色の甲虫がハメ込まれたトングを取り出す。それを軽く振って、宙を挟む仕草をして見せた。
ゴトン、と音がする。その方を向くと、コップが二つ、ふわふわと浮きながら佐藤たちの方にやって来たのだ。
「これが魔法です。色々信じられないでしょうが、順を追って説明するんで安心してください」
黄色はそう言うと、佐藤に向けて砕いた氷を投げる。
佐藤はただ流されるままに頷くと、ソファーに腰かけた。片手には、先ほど宙を浮いてやって来たコップ。その中に、黄色の投げつけた氷がカランと音を立てて入った。
「きぃちゃんお話長くなる?」
「えぇ、きっとマイクラ配信より長くなりますよ」
「えー、つまんない。わたし動画見てていい?」
「いいですよ、必要な時に呼びますから」
瑠璃は鼻歌交じりにスマートフォンを開く。足元に転がっている充電ケーブルを差し込んでから、その場でゴロゴロしだした。その様子を眺めてから、雛菊黄色は語り始める。何があったのかを。
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