第19話 逃走劇

「な、なんだ!」


 佐藤は何が何だか分からないまま身柄を拘束される。急な出来事が起こりすぎて全く理解できない中、彼の目の前では異様な光景が繰り広げられていた。


「きぃちゃん下がって!」


「るりちゃん、無理しないで。こいつらやっぱり!」


 るりちゃんと呼ばれた方が巨大な棍棒を振り回すと、空気中から巨大な氷柱が発生したのだ。青白く輝く氷の刃は、棍棒の動きに合わせて宙を舞い男たちへ降り注ぐ。しかし男たちの動きも恐ろしいほどに早かった。どこかから抜き出した警棒が赤く発光したかと思うと、先ほどまで宙を飛び回っていた氷柱が白い蒸気を吐いて消え失せた。


「容疑者二名と交戦中。被害者男性一人は無事確保」


 佐藤を取り押さえていた男がトランシーバーに向かってそう伝えると、そのまま佐藤を担ぎ上げた。


「ちょ、えっと、あなたたちは?」


 何も分からない佐藤に対し、男は答える。


「我々は警察のようなものだ。安心してくれ。君の安全は我々が保証する」


「安全って、どういうことですか」


「そこにいる二人は無法者……バンディット呼ばれる反政府組織の一員なんだよ。君は危うく彼女たちの食い物にされるところだったんだ」


 男に担がれたままカラオケボックスから飛び出すと同時に、再び室内から青や赤の光と共に盛大な爆発音が響いた。カラオケボックスから大声が聞こえる。


「ぼくたちをハメましたね! 政府の犬め!」


 再び爆発音が鳴り響いたかと思うと、特殊部隊と思しき男二人が廊下の壁に吹き飛ばされてめり込んだ。いったい何が起きているのか全く理解できない佐藤を落ち着かせようとしているのか、彼を担ぐ男が続けた。


「君が接触した二人は非常に危険な犯罪者で、実は指名手配犯なんです。君は何が起きたのか理解できず大変でしょうが、あとは我々にお任せください」


「そ、そんなこと言われても……」


 佐藤は納得できなかった。ようやく手の届くところまで近づいてくれた手がかりだったのに。大切なペンダントを取り返すチャンスだったはずなのに。みすみすこんなところで取り逃がしてしまうのは、それだけは嫌だった。


「お母さんの形見なんです! 取り返させてください!」


 佐藤が大きな声を上げた瞬間だった。突如凄まじい爆風が背中を押した。階段を上り地上へ向かっていた男を押し上げるようにして、強烈な風が二人を地上まで突き飛ばした。


「グハッ!」


 佐藤はバランスを崩した男の腕から解放され、カラオケボックスのエントランスに投げ飛ばされた。男は打ち所が悪かったのだろうか、膝を抑えて悶絶している。いったい何が起きたのか理解できないまま佐藤が周囲を見渡すと、ヒヤリとした鋭い痛みが喉に触れた。


「動かないでください!」


 佐藤の背後からきぃちゃんの声がする。佐藤は状況を即座に理解した。どうやら地下から逃げ切ったバンディット二人が、今度は佐藤を人質にしているらしい。カラオケのエントランスホールには黒ずくめの機動隊と思しき男たち以外人の気配が全くない。佐藤の事を待ってくれているはずだった野辺地学の姿も見えない。それこそ閃石の姿だって――。


「――亜愛ちゃん」


「優介くん!」


 自動ドアの先に止められてあるワゴン後部座席に座る閃石亜愛の姿だけが見えた。乱暴な扱いを受けた様子が無いことだけは見て取れる。しかし、今は閃石亜愛の心配をしている暇などなかった。むしろ渦中にいるのは佐藤優介である。彼は喉元に針を突き立てられながら引きずられるように玄関へと向かう。


「はぁい、みんな手を出したら無関係なお兄さんが死んじゃうから気をつけようねぇ?」


 るりちゃんと呼ばれていた女性が笑顔で棍棒を振りかざすと、佐藤の周りを氷柱が舞った。まるで魔法だ。訳が分からないまま、人質として引きずられる彼と、周囲を警戒したままゆっくり移動する二人のバンディット。このまま佐藤は二人が逃げるための人質として機能し続けるのだろう。そうなるくらいなら。


「離せ!」


「あ、こら馬鹿動くな!」


 佐藤がもがいたせいで金髪の少女がバランスを崩した。その瞬間警察を名乗る男たちが一斉に真っ赤な警棒を抜いて駆けつける。その血気盛んな男たちを見て、少女が小さく悲鳴を上げた。


「はいダメぇ!」


 突如、地面から巨大な氷柱が発生した。まるで壁だ。数名の男が突如発生した壁に激突し意識を失う。

 その氷柱を偶然回避した男が二人、るりちゃんに警棒を叩きつけた。巨大な火柱が発生し、佐藤は思わず目を瞑る。それと同時に小さな発砲音が二度響いた。花火大会を思い出させる硝煙の香りが鼻腔をくすぐる。


 恐る恐る佐藤が目を開くと、丸腰の男二人がるりちゃんに叩きのめされているのが見えた。巨大な氷柱には赤い警棒が二本、黄色の針が突き刺さった状態で張り付けられていた。恐らくきぃちゃんがこの距離から針を射出して武器を奪ったのだろう。


「るりちゃん、逃げますよ!」


 佐藤はきぃちゃんに捕まったまま、またしても引きずられるように連れ去られてしまうのだった。

 車の中から、閃石の声が聞こえる。

 優介くん行かないでと、彼女が必死に呼び止める声が。しかし、佐藤の抵抗もむなしく、緑色の光が発生したかと思えばすさまじい爆風に包まれ、佐藤の体は宙を舞っていた。金髪の少女に襟元を握り締められたまま、彼はどこかへと消えてしまった。


「クソッ、バンディット二名に逃げられました」


 残された黒ずくめの男がどこかへ報告する。


「男性一名が人質になっています。お前ら起きろ、跡を追うぞ! 空の魔石虫を知る男だ。絶対に取り返せ」


 彼らの声が空を飛ぶ佐藤の耳に届くことはなかった。

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