第17話 作戦はカラオケボックスで
その動画の反響は凄まじいものだった。投稿するや否や、早速いいねが三十件もついたのだ。コメントもどんどん増えていく。しかし、買取を希望するダイレクトメッセージは一向に来なかった。
「フォロワー数がついに三千人突破したァ!」
先輩の嬉しそうな声とは裏腹に、お目当てのアカウントは現れない。
「偽物ってバレたのかな?」
と不安を露にする佐藤はコーヒーを追加注文した。気が付けばアイスコーヒーの氷はすっかり溶けきっており、濁った水がコップの底に溜まっていた。
「まぁ、即席の偽物動画だし……」
野辺地学ですら、自信を失ってしまった様子だった。このままターゲットは現れないのだろうか。そう思った頃だった。
「ねぇ、なんかダイレクトメッセージ来てない?」
閃石亜愛の言葉に、諦めかけていた男二人が背筋を伸ばす。
「ちょっと見せろ!」
野辺地学がスマートフォンの画面を軽快にタップすると、そこには見覚えのある甲虫アイコンがあった。ユーザー名は『正義のバンディット』となっている。ビンゴだ。
「ついに来た……」
佐藤が嬉しそうに言葉を絞り出す。
「後は任せろ。場所と値段交渉は俺がやる」
野辺地は残ったコーヒーを飲み干すとフリック入力でやりとりを始めた。それから一分もたたないうちにガッツポーズを決める。
「すんなり行ったぞ! 場所はここから少し歩いた人気の少ないカラオケボックス。急いで移動するぞ。あいつらも三十分以内には来るらしい」
「本当に?」
「マジですか、ありがとうございます!」
閃石と佐藤が慌てて立ち上がる。
「じゃあ俺、会計済ませてくるんで!」
荷物を先にまとめた佐藤がレジへ向かうのを見送りながら、閃石は野辺地に訊ねた。
「よく、協力してくれる気になりましたね?」
「可愛い後輩の頼みだからな」
「別に、嘘つかなくてもいいですよ。何が狙いなんですか?」
彼女の言葉に対し、野辺地はしたり顔で答えた。
「そんなこと、分かり切ってんだろ?」
怪訝な表示を浮かべた閃石ではあったが、それ以上彼女は何も問い詰めることはなかった。
それから一同はカラオケボックスに入店すると、野辺地学が入店手続きを始めた。普段はカラオケの会員をしているらしく、料金を安く抑えることができるらしい。QRコードを読み込んだだけで入店手続きは終わったらしく、部屋番号の書かれたプレートとコップを三人分渡された。あとは部屋番号をダイレクトメッセージで送信する。これで準備は完了した。ここから先は作戦通りに動くだけだ。
「じゃあ、俺と閃石ちゃんは逃げられないように入り口で待機しておくから、中での交渉は任せたぞ」
「もちろんです。先輩、本当にありがとうございます」
「いいってことよ」
殴ってしまったことが本当に申し訳なく感じる。
「優介くん、これ私の甲虫。動画と違って真っ赤だから、できるだけ相手には見せないほうがいいと思うけど」
彼女は黒いケースの中に甲虫を入れて佐藤に手渡した。
「ありがとう亜愛ちゃん。必ず返すから」
「うん、頑張ってね」
彼女から受け取ったケースをポケットに入れて、佐藤は手を振る。
「じゃ、今夜の祝杯はお前の奢りな」
閃石と野辺地も手を振って部屋を後にした。
カラオケボックスの扉がコンコンコンと音を立てたのは、閃石たちが出ていってから二十分程が経過した頃だった。
佐藤は緊張のせいか、せっかくカラオケに来たにもかかわらず一曲も歌えずにいた。それどころか、ドリンクバーにすら足を運んでいない。ただひたすらに、音量をゼロにしたカラオケ画面で見知らぬ歌手が口をパクパクさせているだけだった。
「はい、居ますよ」
佐藤は曇りガラスの向こう側に見える人影へ言葉を投げかける。
「へっちーさんで、間違いないですか?」
幼い女の子の声がした。佐藤は返事をする。
「はい、へっちーです。ティックトックの動画を見てきたんですよね? どうぞお入りください」
へっちーというのは野辺地学のティックトックアカウント名だ。苗字が野辺地だからへっちーなのだろう。安直なネーミングセンスだ。
「いえ、ぼくたちは中に入りません。扉越しにやりとりさせてください」
「え? どうして?」
おかしい、いきなり想定外の返事が来た。予定ではカラオケボックスに入ってきた彼女たちとやり取りをして、盗んだペンダントがちゃんとあるかどうか見せてもらい、それを奪い取るはずだった。
いや、雑な作戦であることは自覚しているのだが、それ以上にいい案は思いつかなかったのだ。もちろん、ちゃんと返すつもりがあるのなら交渉で終わらせるつもりではあった。だが部屋の中に入らないというのは交渉の余地が無い。
「どうしてって、ぼくたちを呼び出すってところから非常に怪しいからです。なんだか罠っぽさを感じます」
なるほど、警戒するのも納得だ。
「罠なんて無いよ。だから安心して部屋に入っておいで?」
「きぃちゃん、この声って昨日のゲロじゃない?」
ふと、大人びた声が聞こえた。この声は、公園で話しかけてきたグラマー体系の子だ。よくよく思い出してみれば、幼い声の方も昨晩聞いた気がする。やはりあの二人で間違いないらしい。
「るりちゃん、よく気づきましたね。すみません、もう一度何か仰ってもらえませんか?」
何かって、何を言えばいいのだろうか。
「えっと、とりあえずドア越しでやりとりするのもアレですし、中で話しませんか?」
佐藤の言葉を聞き終えてから、曇りガラスの向こう側で二つの影が何やらひそひそと相談を始めた。
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