第16話 動画編集

「は?」


「え? いやちょっと、困ります」


 閃石が悲鳴にも似た声を上げて抵抗する。それでも野辺地は辞めようとしない。


「いいじゃんか、昨日だって俺たちちょっといい感じだったでしょ?」


「は? そんなことないです。先輩が無理やりライン交換しようって言ってきたから」


「いいじゃんいいじゃん、俺カメラ大好きなんだよね。家にもたくさんカメラあんの。閃石ちゃんの可愛いところたくさん撮らせてくれるんなら、何でも協力してあげるからさ?」


「ちょ、本当にやめてください」


「なぁ佐藤くん、一晩閃石ちゃん貸せよ。どうせお前のものでもないんだろ? 大人の遊びを教え――」


 ――思わず佐藤のこぶしが野辺地の顔面を捉えた。


「な、なにしやがるテメェ!」


 突然の暴力に野辺地は思わず立ちあがった。佐藤自身、なぜこんなことをしたのか分からなかった。彼自身温厚な性格だと自負していたし、嫌なことがあってもすぐに手が出るようなタイプではなかったはずだ。だが、頭に血が上っているのだろう。佐藤は続けざまに言い放った。


「俺の彼女に次ベタベタ触ってみろ、ただじゃ済まねえぞ」


「優介くん……」


 閃石亜愛が驚いた表情でこちらを見つめている。野辺地学でさえ、鼻頭を両手で抑えたまま動かなくなった。肩で息をする佐藤の怒りは、まだ収まりそうにもない。そんな彼を軽蔑するように野辺地学は悪態をついた。


「お前、次からサークルに居られると思うなよ」


 それから野辺地はスマートフォンをタップする。動画を削除しているのだろう。佐藤は彼を殴ってしまった手前、それを止めることも出来ずにいた。ただ、じわじわと心の奥底から後悔が湧き上がってくる。手を出すまでもなかったんじゃないだろうか。しかし、すぐにその考えを頭から振り払った。こんな男に彼女を触らせるくらいなら形見を無くしたままの方がましだ。


「俺には大切な彼女がいるんで、二人で楽しい思いで作れるから大丈夫です」


 ハッキリ言い放ってやった佐藤を睨みつけながら、野辺地はスマートフォンの画面を見せた。


「ほらよ、動画も来てたメッセージも全部削除した。これでお前らの探し物は終わりだ。もう帰っていいか?」


「えぇ、帰ってください」


 佐藤の棘ある言葉にけげんな表情を浮かべながら、野辺地は立ち上がった。そんな彼を見上げて、ふと何かを思いついたように閃石が口を開く。


「でも、たぶんこんなに綺麗な虫の動画投稿したら、絶対バズるよね」


 一瞬野辺地の足が止まる。それを確認してから、閃石は続けた。


「私のこの虫を写真にして、ティックトックで『抽選で一名に販売します』って投稿したらさ、バズらないかな?」


「それって、どういう?」


 佐藤の質問に、閃石は微笑む。


「だからね、もし『正義のバンディット』さんがこの虫を集めているんだったら、ティックトックで上手く釣れるんじゃないかな?」


 なるほど、妙案であった。それならわざわざ先輩の力を借りるまでもないわけだ。

 拡散されればきっと奴らの目に留まる。そうなれば向こうから連絡してくるはずだ。しかし、その話に乗ってきたのは野辺地学であった。彼は急に踵を返して近寄ったかと思えば、机に両手をドンと乗せて身を乗り出す。


「なぁ、その話詳しく聞かせてくれよ」


 あっけにとられる佐藤をしり目に、閃石はしたり顔で作戦を話し出した。彼女の作戦は非常にシンプルだった。まず今この場で撮影した赤い甲虫をティックトックに乗せる。

 タイトルには『抽選販売』の文字。

 そして連絡してきた人間の中から『正義のバンディット』だけに狙いを定めて場所の交渉をする。

 場所は逃げられないように駅から少し離れたカラオケボックスを採用。そこでダイヤモンドカラーの甲虫を返してもらうよう交渉するというものだ。


「馬鹿だろお前ら、そんなやり方じゃバズらねぇよ。抽選販売じゃない。抽選プレゼントだ」


「プレゼント?」


 まぁ見てろと野辺地は得意げにスマートフォンを取り出すと、机の上に黒い紙を敷いた。小さな鞄の中から小型の照明機材まで出てくる。彼の表情はやる気に満ち溢れていた。


「プレゼント企画は昔からやってたんだ。フォロワーを増やすにはうってつけの方法なんだよ。そして喉から手が出るほど欲しい奴は必ずダイレクトメッセージを送ってきやがる。いくらで売ってくれませんかってな」


 スマートフォンに取り付けるタイプのドーナツ型照明機器が白い光を放つ。彼はスマホのカメラを起動し、画角を調整しながら動画の撮影を行った。


「写真じゃダメなんですか?」


「馬鹿だなぁ佐藤くん。写真だったら加工し放題だろ。本物である証明には動画が一番なんだよ」


 撮影を終えた彼は、編集アプリ画面を開きながら笑う。


「まぁ、動画でも光の輝き具合や色合いなんかは編集できちゃうんだけどな。確か佐藤くんが持ってた虫ってこんな色だったよな。居酒屋で撮影した時から綺麗だなって思ってたんだよ」


 そう言って彼が見せた動画に移る甲虫は、まるでダイヤモンドのように無色透明だった。時折赤や青の光を乱反射させている。


「な、なにこれ。どうやって?」


「すごい……」


 佐藤と閃石が同時に息をのむ。まるで佐藤が持っていたものとそっくりだ。


「同じ動画を複数レイヤー用意して、それぞれ色分けするんだよ」


 何を言っているのか分からなかった。


「まぁ、見てろ」


 彼はそういうと、目の前で編集を行う。動画を複製し、エフェクトからカラー補正を選択する。そして赤い甲虫の基本となる色を選択して青や緑、黄色へと変更し始めた。


「これで赤の他に三色の甲虫が完成しただろ」


「はい」


 彼はさらにもう一枚動画を作成すると、それを白黒に変える。


「ただ白黒にするだけでダイヤモンドに見える。ただこれだと色の乱反射が見えない。だから裏にある赤や青の映像をランダムに透過させるのさ」


 彼の作業はそこから細かかった。マスクを使って一部だけを赤くしたり、加算発光を用いて強く青い光を目立たせたりする。だが、その作業にも慣れているのだろう。五分程度でダイヤモンドそっくりの甲虫が完成する。


「後はこれを繰り返して十秒程度の動画にする。そしてでっかいテロップで『抽選一名にプレゼント』って書くだけよ」


 佐藤の中で、野辺地学に対する印象が変わった。


「先輩、凄い人なんですね」


「は?」


 急にそんなことを言われるだなんて思っても居なかったのだろう。野辺地学が目を丸くする。


「俺てっきり、酷い先輩なんだって思い込んじゃってました。ごめんなさい。先輩の凄さに、正直驚きっぱなしです」


「お、おう。だろ? 人には適材適所ってのがあるんだよ。ただ偶然俺の得意分野がこれだったってだけの事。お前は、そうだな。まぁ執念深いのがいいところなんじゃねえの?」


 先輩の言葉に、佐藤は頭を掻いた。むしろそれは欠点な気がしたからだ。


「まぁ、何はともあれだ。動画は完成した。あとはこいつを公開するだけだな」


 先輩はニヤニヤした表情のまま動画をティックトックに公開した。


「フォロワー何人増えるかなぁ?」

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