第15話 宝石に似た甲虫

「なんて書いてあるの?」


 閃石も身を乗り出してくる。佐藤は二人に見えるようスマートフォンを机において読み上げた。


「えっと……『初めましてへっちー様、この度は新入生歓迎会でゲロ噴き出す未成年の動画についてお尋ね申し上げます。動画内でゲロを拭きだしている方はお友達でしょうか。その方の胸にあるペンダントを譲っていただきたいのですが、お繋ぎいただけませんでしょうか』だって」


「お前よくそれ読めたな、自分の事だぞ」


「たぶんこいつ等が俺のペンダントを盗んだんだと思う」


「うん、私もそう思う」


「ペンダント? 何の話してんだお前ら」


「だから、もう一個ペンダントがあるってことにしておびき寄せられないかな?」


「どうやって?」


「おびき寄せるって、誰を? え?」


「この人のアイコン、俺が持っていたものとは色違いの虫を使ってる。もしかしたらこの虫を集めてるのかもしれない」


「コレクターってこと?」


「え、お前ら今何の話してんの?」


「コレクターなのか、転売ヤーなのかは分からないけど。でもいろんな色の虫がいるってことは分かった。それにティックトックで見てすぐに場所を特定した二人だ。何をするか分からない。それこそ俺とすれ違いざまに擦ってたっておかしくない気はする。犯人はほぼコイツで間違いないと思うんだ」


「確かにね。あ、そうだ。その虫だったら……」


 閃石がおもむろに鞄の中に手を突っ込んだ。たった一人、全く状況を飲み込めていない野辺地学が困惑気味に手を振る。


「おーい、ねぇ、俺には何の説明もないの? え? 俺の事見えてるお前ら?」


 野辺地学を完全に無視する形で、閃石亜愛は手のひらサイズの何かを取り出した。


「閃石、それは?」


「実は私も昔佐藤くんと同じような虫捕まえて、標本にしてたの」


「ねぇぇぇ?」


 閃石の手には、赤く輝く甲虫を閉じ込めた人口樹脂が乗っている。佐藤の持っていたダイヤモンドカラーのものや、今画面に映っている青色のものと似た形をした甲虫。まるでカットされた宝石のように光を乱反射させる虫だ。違うのは色だけ。閃石の持つ真っ赤な甲虫は、店の照明を反射させて燃えているようにも見えた。


「閃石、これって」


「私も綺麗だなって思って一昨年くらいに標本にしたんだけど、佐藤くんのペンダントが綺麗すぎて同じ虫だと思ってなかったの」


 確かに、佐藤もこのアイコンを見るまでは色違いの甲虫がいるなんて想像すらしていなかった。閃石が失念していてもおかしくはないだろう。だが、彼女のおかげで誘き出す手筈は整った。


「先輩、ちょっとスマホ借りますね」


「ダメだ」


 ダイレクトメッセージを送ろうとした佐藤の手から、野辺地学は強引にスマホを取り返した。


「ちょ、なんでですか!」


「何の説明もなしで意味の分からないことに巻き込むなよ。俺だって暇じゃねえんだ。この動画だってすぐ消さないといけないし」


 先輩は相当イラついていたのだろう。乱暴な動作で画面を操作する。それに慌てたのは佐藤だった。せっかく形見を取り返すチャンスだったのに、みすみす手がかりを逃してしまうわけにはいかない。


「先輩、お願いします。せめてあと少しだけ!」


「いいやダメだ。もし俺に協力してほしいんだったら、誠意を見せろ」


「誠意……?」


 大きくため息をついた野辺地学は、深く椅子に腰かけて画面を見せる。画面に映っているのは例の『正義のバンディット』というアカウントだ。


「お前らは今から何をしようとしている? もしこれが犯罪とかに巻き込まれるようなものだったら俺に迷惑がかかるんだよ。ただでさえ今日はタダ働きだったんだ。これ以上厄介ごとに巻き込むんだったら、俺は帰る。それだけだ」


「……それは」


 それもそうだ。何の説明もせずにただ協力しろなんて虫が良すぎる。金髪を短く切りそろえた男が顎鬚をさすりながら佐藤を睨みつけていた。彼の言い分は正しい。


「分かりました。説明します」


 佐藤は自信を恥じた。周りが見えなくなっていたのだ。自分の大切なものを取り返したい一心で、周囲を巻き込んで当然だと思い込んでいた。いや、そもそも巻き込んでいる自覚すらなかった。閃石亜愛だって、佐藤の無くし物なんて最初から関係はなかったはずなのに。


「俺が悪いんです。俺が、大切な物を無くしちゃって」


「大切な物って、その虫か? 閃石ちゃんも持ってるみたいだし、この虫はいったい何なんだ?」


 野辺地学の言葉に佐藤はハッとする。言われてみれば、この虫はいったい何なんだろう。どうして狙われているのか全く見当がつかない。佐藤はしばらく考えてから小さく首を捻った。それを見て野辺地学が鼻で笑う。


「はっ、話になんねぇな! そんなに大事なら自分で見つけ出せ。よく分からないもののために俺が協力してやる義理は無いんだよ!」


 それから彼は乱暴に閃石を引き寄せて肩に腕を回す。


「それとも閃石ちゃんが俺の事を楽しませてくれるってんなら話は別だけどな」

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