第2話:森山京の幸せな日々2

 翌日。

「…………」

 つわりのせいかグダグダだった私を、光太はたくさん甘やかしてから大学に出発していった。

 リビングでぽーっとする。

「ただいまでーす!」

「ただいま。……あら、京ったら幸せですのね」

「!!」

 ハルネさんとジンガナさんが旅行から帰ってきたところ。

「で、出迎えせずにすみません!」

「ゆっくりしていなさい。お腹で子どもを育てているのなら体に変化があって当然ですもの」

「ですよー。こちら、お土産です。天使の国名物、レース編みを使ったワンピース! 安産祈願をこめておりますからぜひ♡」

「うぼぁ」

 顔から何か出た。

 気づいたらハルネさんに顔を拭かれ、ジンガナさんに愛でられてほうけていた。

「……好き……」

「私も京さんが大好きですよ♡」

「ええ。可愛らしゅうございます」

「…………好き……」



 今日は、兄家族を招いて、私が、癒される日……

 兄さんが『なにかできることがあれば言ってくれ』と言うから。そこへ何気なくこぼしたら、実現してくれた。なんてありがたい兄なのだろう。

「けい」

「すき」

「あひん♡♡」

 兄さんちの末っ子:カンナちゃんとミズキちゃんに左右から抱きつかれ、告白もされることに、私は昇天しそうだった。

 テーブルを挟んで向かいでは、ユーフォちゃんが微笑んでいる。

「ふふー。二人ったら、京さんに会えるって聞いて大はしゃぎだったんだよ」

「そうなんだ……♡ 嬉しい……♡」

「……妊婦を興奮させるのは大丈夫なの?」

 本日はティアナちゃんも来ており、ユーフォちゃんの隣に座る。

「大丈夫。可愛い子たちからの愛は心の栄養ですもの」

「! ……」

 お茶を持ってきたジンガナさんに微笑みかけられ、居住まいをただす。

「……そうでしたか。差し出がましいことを申しました」

「謝ることではありません。心配してくれたのでしょう? 素敵な子」

「…………」

「ご両親と弟くんを待っていましょうね」

 トレーを置く仕草にさえ気品があって、ティアナちゃんを抱き寄せる腕には優しさと愛。

「この身、銃後にあるならば、無事の帰りを待つのみです」

「素晴らしい。しっかりしたお嬢さんだわ」

「……ありがとうございます」

 あぁー、尊い……照れるティアナちゃん……

「今日も元気そう!」

「元気だよな」

 洗面所に行っていたステラさんと兄さんも来て、私は幸せの絶頂にいた。具体的にいうと尊さの過剰摂取によりトリップしていた。

 今日ティアナちゃんがこちらに来ているのは、お母さんのオリヴィアさんが出産予定日で、お父さんのエドゥアルトさんが病院でついているからだ。

「尊い……新たなる生命の誕生……♡ ティアナちゃん、お姉さんになるんだね……♡」

「お隣」

「隣」

 私の左右の双子が、立ち上がりながら手招きする。

「…………。では失礼して」

 双子はわーい、と無表情で言いながら、ご両親の方へ駆けていく。

 ティアナちゃんがきてくれて、近くで見るとはちゃめちゃに美少女。緩くウェーブのかかった金髪、くりくりとしながら意思を宿す海色の目、形良い鼻と唇……すべてのパーツが、神様が精魂傾けて彫刻したのではないかと思えるほどだ。

「可愛いよぉ……」

「……ユーフォも隣にどう?」

「いいのー? お邪魔しまーす」

「あふぇ♡」

 反対側にユーフォちゃんが座る。

 全体に兄さんとよく似ているけれど、間近で見ると濃いピンクの瞳が少し優しげなところが違う。

「……あー……♡」

「京さん元気で良かったねー」

「トリップしてるけれどね」

「きっとこれが元気の証だよ!」

「元気だよぉ……♡」

 撫でさせてもらうと、滝のように尊い。

 二人の生誕と成長に感謝を捧げる。

「最近はどう? いまの学校ってアサガオとかトマト育てる?」

「アサガオ育ててるよ!」

「私はトマト。育てるのが簡単な作物のいくつかから選べた」

「そうなんだ!」

「植物といえど、曲がりなりにも生き物を育てる感覚を学ばせるには良い教育方法だと思うわ」

「……そうだね!」

 小学二年生とは思えない風格。

 ユーフォちゃんが柔く笑う。

「えへー。ティアナちゃん好きー」

「私も大好きよ。どうしたの?」

「かっこよくて、私にない視点で話すから大好き!」

「……ありがとう」

 ハァハァ、尊いよぉ……♡

「京さんもベランダで野菜育ててるんだよね」

「みんなでいろいろ育ててるよー」

「あ、お世話してるね」

「うん」

 窓の外には浮遊するワグニくん。ベランダは主に彼の縄張りなので、麦わら帽を被ってお世話をしている。光太経由で紹介されたプロ農家さんから手解きを受けて以来、きっちりとやり遂げる性分もあって水やりや肥料の調整もお手のものだ。

「見せてもらえるかなあ……?」

「頼んでみよっか」

「みる?」

 ワグニくんは聴覚が特殊。念力で窓を開けて問いかけてくる。

「……見せてください!」

「いいよー」

「ありがとう!」

 ベランダ用のサンダルを二足渡すと、ティアナちゃんも一緒に向かっていった。

 あぁー、あぁー……♡

「京さんったら幸せいっぱいですね!」

「あれはマジのトリップだろ」

 多幸感で酩酊する。

 お腹の正太せいたにも、この幸福が伝わっているといいのだけれど。

「京」

「…………」

 触れるだけで愛は伝わる。

 ジンガナさんは。私の母は。その名人だから。

「あなたが幸せでとっても嬉しいわ。これからもそうでありますよう祈っています」

「わた、しも。あなたの幸せを願っています……」

「ありがとう。可愛い娘ですわね」

「……………………」

「さ、前を向きましょうね」

「……はい」

 完膚なきまでの愛に静かな涙が溢れる。

 母に抱きしめられると無敵な気分になる。

「……兄さん。お話をしましょう」

「おう」

 今日の集まりの実現にあたって、私のメンタルコントロールも兼ねて仕事の話もしたかった。

 メールでも話してあった、シンビィさんの持ってきた件について軽く伝え、兄さんとステラさん、ハルネさんに意見を求める。

「頭ぶっ飛んでんなーって感想しか出ない。個人の意見としては事故を防ぐためにも精密に予知したほうがいいと思う。未知の技術過ぎる」

 兄さんは冷静。私も同意。

「見ずにどうこう言えそうにはありません。でも、一回試してもらったら分析しますよー!」

 ハルネさんの申し出がありがたい。

「味わってみたい」

 ステラさんは目をキラキラさせている。今回のことは彼女の専門に近いのだ。わちゃわちゃ抱きつく娘さんたちを撫でる彼女はまるで聖母……

「すごいね」

「ひいおじいちゃん」

「すごい」

「すごーい」

 あぁっ、かわいい! 兄さんと同じ赤い目がきゅるっとしていてかわいい!! カンナちゃんとミズキちゃんかわいい! あっ、名前までかわいい♡

「ふ、二人は……シンビィさんのつくった技術、どう思った? どんなところにも行けちゃうね」

「んー」

「んー」

 顔を見合わせてから、二人は呟く。

「「世界はどれくらい頑張ればいいの?」」

「……?」

 兄さんが反応する。

「異空間のデータをどれくらい作り込めばいいかってことか?」

「「うん」」

「着眼点がいいな。教えてくれてありがとう」

「「♡」」

 あぁー、あぁー♡♡♡

「……となると、そもそもどうやってデータを作ってるのか聞かないとですよねー。シュビィ天才すぎて訳わからないから聞きたくないですけどー」

「フィギュア設計用の自作ソフトって♡ 言ってました♡」

「京さん大丈夫ですかぁ?」

「はい♡ あふへぇ♡」

 もっちり幼児体型の双子ちゃんが兄さんにじゃれる光景だけでご飯3杯いける。

 トリップしてばかりでもいられないので現実に帰還した。

「……ユニさんに聞かなければやはりわからないことは多いと思います。シンビィさんはわざと話さないのではなく、考えるのに必要な情報が何かわからない」

「わかってんじゃん」

 兄さんが笑うと、私はそれだけで幸せになれる。

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