Vol. 26

1.きらめく生活

第1話:森山京の幸せな日々1

 私は森山けい。現在、大好きな夫の子を妊娠して幸せいっぱい。

 いまは大学を休学中。PCを通して、かつて立ち上げた事業の様子や、運用している資産の様子を見る以外には、基本まったり生活。縫い物でベビー用品をつくるのも楽しく、日々充実している。

 そんなある日。

「お邪魔しまーす☆」

「します」

 縫い物の師匠:フローラさんと、その旦那さんのシンビィさんがやってきた。

 シンビィさんは美少女の姿。雨が降っていたから。

「熱出ない。痛くない。べんり」

「良かったですね!」

 性別変化の反応は残ってしまったものの、高熱と激痛、体の麻痺は起こらなくなったのだそう。

「神様におやつもってきた。いまどこ?」

「えーと……」

 ベランダ前の鉢に、不自然なほど真っ赤な大輪の花が咲き誇っており、そこの土が神様。

 神様が我が家の不幸や危うい神秘を吸い上げ、花がさらにそこから吸い上げて浄化する仕組みが出来上がっている。

 説明すると、シンビィさんはおやつ(という名の栄養剤)を刺しにいった。

 フローラさんがパッと笑う。

「綺麗なお花ね。どなたが植えたの?」

「球根をジンガナさんが持ってこられて、めーちゃんが植えました。毎日お世話と観察日記をしてるんですよ……♡」

「かわいー♡」

「フローラさんもハーブ育ててましたよね」

「そうだよお。料理に使うためにね!」

「素敵。フローラさんのお料理、美味しいですもんね」

「やーん、嬉しくなっちゃう。これ、お土産のパイだよお♡」

「いつもありがとうございますー!」

 一口サイズのレモンパイだ。

 シナモンとジンジャーが効いて超絶的な美味。

「おいひい……」

 妊娠すると酸っぱいものが食べたくなるとはよくある話で、私もなんだかそれなのだ。

「うふふー♡ ヨーグルトシャーベットも持ってきたから、夜のデザートにでも食べて☆」

「ありがとう、ありがとうございます……!」

「昨日、子どもたちがつくったの」

「わー……!」

 我が愛しの父:オウキさんと、セレナちゃんクララちゃんは、本日ユニさん宅にお泊まりをしているのだとか。シャーベットはそのお土産からのお裾分けだったそう。

「大事に食べます!」

「うふふ☆ ……シュビィはなにしてるの?」

 鉢の前で何やら作業中。

「虫除けの魔法かけてた」

「そっかあ」

 戻ってきてウェットで手を拭く。

「全然違う話する」

「はい」

「京は、じぎょうするやつ応援と聞いた」

「ですね」

「……見せたほうが早い気がする」

「そうなんですね。見せてもらえますか?」

「うん」

 彼は赤と青のボタン二つのシンプルなリモコンを出し、赤のボタンを押し込んだ。

 香りが変わる。

 竜の国王城の大広間へ。

「…………」

「おまえの《夢》を参考に、異空間を簡単に作る方法を考えたんだけど、これを使って学祭で脱出ゲームしたいってアイデアが出てる。出資してもらうのってどうやればいい?」

「お話をしましょう」

「? うん」

 シンビィさんの技術は凄まじいこと。もちろん学祭のイベントには(細かい条件を詰めた上で)出資や協力をするのもやぶさかではないこと。せっかくなら、技術をお金にするのも良いのではないかということ。

 大広間でそういったことを伝えると、シンビィさんはきょとんと首を傾げた。

「……わかんない。そういうのはシュレミアに言ってほしい」

「お金を要求するなら必要なことなんだよ、シュビィ」

「んー……?」

 シンビィさんが理解できなくとも説明すべきことで、それを前提に話した。

「……どうして私にお話を持ってきてくださったんですか?」

 彼は基本的に、お金がほしいとなれば育て親であるユニさんに要求する。

「シュレミアが、『京に話してみなさい』って言った」

「光栄です」

「京はやっぱり難しい話するけど、嫌じゃないよ。わからなくてごめん」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 ユニさんはそれを前提に私を勧めてくださったのだろうから。

「先程のお話は後ほど書面でもお伝えします。では、いろいろ質問させてください」

「うん。あんまり難しいことは聞かないでくれ」

 ゆっくりと話そう。

「これ、どうやって実現してるんですか? パターン?」

「ん。《夢》のときのおまえの波長をこれで再現してて、スマホから空間データを送信してる。データは3D設計」

 さりげに怖いことをしている。

「ってことは、王城広間の3Dをつくったんですね。リアルですごい……」

「フィギュア部顧問だからな。最近ソフトつくった」

「へえ、それまたすごいことですね!」

「市販のソフトの使い方わかんなかったから……」

「? ……なるほど」

 シンビィさんの得意分野は《模倣》。神のみわざさえも、手元に収まる技術にしてしまう異才だ。ご本人は『自分では新しいものつくれない』と謙遜をなさるが、正直どんな職人妖精さんより恐ろしいと思う。

「して。この技術を使ったアイデアはどんなものが出ているんですか?」

「ん。脱出ゲーム」

 隣のフローラさんを促す。

 彼女はいつのまにか現れていた黒ラブソティさんをブラッシング中で、無邪気に微笑んでいた。

「学祭の実行委員さんが私の弟子の娘ちゃんなのね? 大学構内を使ってイベントを開きたいんだって学祭の窓口担当してる夫に相談がきて、色々あっていま京ちゃんにもお話ししてるの」

「俺を窓口にするのおかしいよな」

「ソティくん、シュビィと遊んであげてもらえる?」

「……。こっちでお話しましょう」

 彼は人型に戻り、PCを出しながらシンビィさんを少し離れたところへ連れていく。

「それで、脱出ゲームの話なのだけれど」

「あ、はい……お願いします……」

「最初は大学構内で広くスペースを貸し切ろうとしたら、やっぱりみんな使いたいからって難しかったのね?」

「ですね」

 学祭ではあちこちに出店もあるし、サークルが催し物をしたりもする。広い範囲での貸切は難しい。

「だからといって、大ホールや図書館も長くは借りられないでしょう。大規模なイベントにしたいみたいだから、今回シュビィの技術が使えないかってことになったの」

「ぴったりですね。となると、気になるのは安全面ですが……空間の外に出るとどうなりますか?」

「死ぬと思うわ」

「……防がないとダメですね」

「そうなの。シュビィはピンときてないみたい」

 シンビィさんはソティさんに何やら見せてもらっているようで、少し楽しげ。

 ソティさんによる説得。

 青のボタンを押すことで、景色は元の我が家リビングに戻る。

 位置関係はテーブルを囲んでいた私とフローラさんとシンビィさん。そして和室にいるソティさんとなった。

「ソティさんはどうやって入ってきたんですか?」

「機械が関わる限り、僕は自由自在だ」

「なら誤作動を防ぐこともできるの? 頼みたいな」

「言語化できないのに極まってる天才の相手とかしたくないんですけど」

「俺は平凡だ。むしろいちばん才能がない」

「ほら、無自覚」

 シンビィさんは無邪気で、周りを振り回すタイプだ。

「……どうしたら協力してくれる?」

「…………」

 嫌そうだったソティさんが、フローラさんと目が合って止まる。彼はなぜか、フローラさんに弱いようなのだ。

 ため息を一つ吐き、吸って、言葉を紡ぐ。

「さっきの技術でなくちゃダメな理由を教えて。大ホールとか図書館とかやらでだって、やろうと思えば脱出ゲームなんて工夫次第でなんでもできるでしょ?」

「……うん」

 少し考える時間が欲しいと言うので、周りは静かに待っていた。

 30分ほど経ち、彼は静かに口を開いた。

「自信を持ちたい」

「……。わかった」

 事情は詳しくわからないものの、応援したくなる動機だった。



 フローラさんは家仕事にまつわる職人妖精であるため、家事全てにおいてプロフェッショナル。

 私に縫い物を教え、お昼にはしっとり蒸し魚と柔らかポテトなどをシンビィさんとともにつくってくださった。

「……おいひい……」

 現在夕方。いつもなら夕食を作り出す頃なのだが、今日はフローラさんたちの置き土産に甘えさせてもらっていた。

 無性に美味しいポテトを無心で齧る。

「良かったね」

「うん」

 ソティさんは裁縫道具を片付けてくれている。

「ありがとう!」

「気にしないで。僕もなんだかんだで、楽しかったからさ」

 私が縫い物を教わっている間、ソティさんはシンビィさんと話していた。

「シンビィの言いたいことはまとめておいたから、調子のいいときにでも読んで」

「ありがとうございます……」

 漏れ聞こえる会話を聞いているだけでも、自覚ゼロの天才であるシンビィさんからの聞き取りは大変そうだった。

「参加者に生きるか死ぬかを強要することになるから、どうにかしないとイベントでは使えない」

「だよね……」

「あんたの《瞳》ではどう見えてた?」

「……空間の輪郭の外が、定義されていないように見えたんだ。ブランクに近いものだと思うけど、そばで見るのは危ない予感があった」

「じゃあ、必要な要素は三つか。出入りを安全にすること、輪郭を頑丈にすること、外を定義すること。いろいろな専門家の手を借りるといいよね」

「うん」

 ソティさんと話しているうち、彼のお姉さんお二人もやってきて、ソティさんを抱きしめたり撫でたりする。とっても微笑ましい。

 みんなやってきた悪竜さんたちとともにフローラさんの置いて行った食事を夕食にいただき、片付けは悪竜さんたちにお任せ。

「みんな、ありがとっ……!」

「泣かないでー」

 めーちゃんとテューバさんに撫でられる。

「いつもお世話になっております……まことに、せつに……」

「お世話になってるの僕たちだよー」

「妊娠中に立ち仕事させられないよー」

「うっうっうっ……幸せを感じる……!」

 私の情緒はドボドボだ。

 しばらく慰めてもらって復活した後、悪竜女性陣のサポートでお風呂にも入れてもらい、至れり尽くせりでドボドボする。

 コペラさんに髪を梳いてもらっているところへ、夫が帰宅した。

「ただいまー!」

「おかえり」

「    」

「意外と早かったね」

 今日はゼミの集まりで長引くと聞いていたのに、まだ9時前だ。

「勉強会が飲み会になったから、途中で抜けてきたよ。正太、ただいま〜」

「ふぐへぇ♡」

「あはは。京かわいいよ」

 シャワーに入ってくるといい、お風呂場へ去っていった。

 お互いに寝支度をしてからお話をする。

 フローラさんにベビー服の作り方を教わったことや、シンビィさんが相変わらずぶっちぎりの天才だったこと、ソティさんが意外にも長くリビングにいてくれたこと……

 眠る前に今日の出来事を話すと、光太は笑ってくれたり驚いてくれたりする。

 そんな日々が幸せなのだ。

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