7.終

第37話:終

 俺の目指すべきところはキューボール。ビリヤードで唯一プレイヤーが突くことのできる白玉である。運命に突き動かされるようにして、他の人へも伝播させるかのような動きが理想である。

 見習いキューボールらしく、買い物の帰りに迷子のシグノくんを見つけてシュリさんの元へ帰したり、運転中に同級生と思しき男児をぶちのめしたティアナちゃんと彼女に抱きつくユーフォちゃんを見かけて保護者へ連絡したりと色々あったが、今日も無事帰宅した。

「いらっしゃい」

「お邪魔する」

「お邪魔します……」

「いらっしゃい、二人とも」

 堂々たるティアナちゃんと、泣いているユーフォちゃんと一緒である。

「ユーフォちゃん、こっちおいで〜」

「うううぅ……」

 ソファの京に手招きされ、ユーフォちゃんが座りに行く。

 俺はティアナちゃんと、近くにいたテューバさんと共に客間へ。

「怪我してない?」

 素人が殴ったり蹴ったりというのは、怪我がつきものだ。車の中でも確認したが、興奮が冷めたら痛みが出るかもしれない。

「していない」

「良かった」

「心配ありがとう」

「いえいえ」

 テューバさんはティアナちゃんの後ろで浮遊している。

「なにがあったの?」

 男児は駆けつけてきたエドさん夫妻に任せてきたが、女子にぶっ飛ばされたこと&ティアナちゃんが追撃を喰らわせてきたことにショックと恐怖を覚えているだけで、大怪我をしている感じはなかった。

「あの男、ユーフォのことが好きなの。でもアプローチが暴力や脅迫、誹謗中傷だからユーフォは怖がってる」

「……うん」

「嫌だ、やめてと言ってもやめてくれないそうだから、相手がやめてくれない恐怖を味わってもらおうと思った」

「そっかあ……」

 好きな子へのアプローチを間違えた男児を、『血は血でこそあがなえる』主義のティアナちゃんがしばいていたところだったようだ。

「事故に見せかけて股間を潰すことだってできる。学校なんてなあなあにしたがるのだから混乱に乗じて相手に一生残る傷を、」

「落ち着いて」

 テューバさんが翼を広げ、ティアナちゃんを包み込む。

「…………」

「その男の子ね、未熟なんだよ。それと、保護者のコミュニケーションが良くないんだよ。わかるでしょ?」

「……わかる」

「だねえ」

 黒い悪魔の翼をきゅっと握る。

「でも、許されないことをしたね。許されないことだったって、その子にわかってもらわなくちゃダメだよね」

「うん」

「仲裁は大人の方が面倒がないかもしれないね。先生は役立たずだったね」

 さすがの悪竜さんなテューバさん、ユーフォちゃんや、相談されたティアナちゃんが周りの先生に相談していないわけがないと予測しての物言い。

 信頼を受け取ったティアナちゃんは、沈んだ表情で頷く。

「……リナに任せるべきだった」

「「それはやめた方が」」

 同時に止めに入っていると、ノックとともに京の声。

「いま入って大丈夫?」

「あ、うん!」

 ドアを開けると、ユーフォちゃんと京が入ってくる。

「ティアナちゃんっ……!」

 泣きながらティアナちゃんに抱きつく。

「助けてくれたのに、ごめんね……!」

「謝るのは私の方よ。もっと他のやり方があった」

「でも助けてくれたのー……!」

「……ありがとう」

 わんわんと泣く姿と、それを照れつつ受け止める姿から、いくら下手な大人より賢い二人もまだ小学生なのだと感じる。

 見守りをテューバさんに任せ、京とリビングに戻る。

「もしもし、兄さん?」

 スピーカーモードで京が電話をかけると、リーネアさんからすぐに応答があった。

『おう。娘が世話になってる。光太もありがとな』

「お互い様ですから」

『ん』

「まだ仕事中ですか?」

 いまは17時前。定時には少し早い時間だ。

『うん。でも今日の診察終わって書類いじってるだけだから大丈夫。上がったらそっち行くわ』

「待ってるよ」

『ところで、臭いが漏れないゴミ袋でオススメってあるか?』

「兄さん!?」

 男児両親や学校の連絡先を知らないためエドさんたちに任せてしまったが、男児がまだ死んでいないことを祈るしかなかった。



 3時間後にやってきたリーネアさんは、とても落ち込んでいた。

「……兄ちゃんにめっちゃ叱られた……」

 男児を任せ、俺がティアナちゃんユーフォちゃんを任されたあの後。エドさんたちは男児の両親に連絡の上、カルミア先生のところへ預けたそうな。

 表向きは、何もかもを見抜く《瞳》の持ち主であるカルミア先生に怪我がないかを診てもらうため。

 本当の目的は男児の認知や心の具合を診るため。

 ナチュラルに殺害→死体処理まで計画を立てていたリーネアさんは『わざわざ連れてきてくれるなんて親切だな』と思っていたところ、それを《女神の瞳》で見抜かれて説教されたらしい。

「そりゃ怒りますよ……」

「だって、ユーフォを怖がらせて、ティアナにも面倒かけさせたやつなんだぞ……今のうちに殺した方が……」

「娘を傷つけられた怒りはわかります。でも、殺していいほどの罪じゃないですよ」

「…………ん」

「まだ7歳か8歳なんですし、今のうちに向き合って、歪みを正せたら、これから彼自身も生きやすくなるじゃないですか」

 子どもは親を見て真似て育つのだ。学校で問題児とされる子の家庭に問題があることは多い。

「カルミア先生ならいつか絶対その子に謝らせますし、親御さんも病院に着いたそうですから。ね?」

「おまえそいつらが『ウチの僕ちゃんに何するざます』みたいなタイプだったらどうするんだよ。行方不明になってもらった方がよくないか?」

「……兄さんって殺しをリセットボタンと勘違いしてるとこあるよね……」

 京も頭痛をこらえるようにため息。

 そういう常識の世界で生きてきた人なので仕方ない部分はあるし、今回は愛娘が絡むとあって平静でいられないのだろう(平静であっても殺しそうなのはおいておく)。

「うー…………ごめん。……娘がお世話になってます……ご飯もありがとう……」

「どういたしまして」

 生姜焼きと味噌汁とサラダを出させてもらった。

 仲良し女子コンビにも2時間ほど前に同じメニューを食べてもらっており、いま彼女らはジンガナさんの見守りで客間で寝ている。

「二人が起きたら帰るかい?」

「うん。大尉たちとも、ティアナ送るって約束したし」

「わかったよー」

 仕事上がりで空腹気味だったのか、早いペースで食べ終わる。

「美味かった。ご馳走さま」

「お粗末さまです」

 皿を下げたところで、客間からユーフォちゃんがやってきた。

「パパ!」

「おう」

 抱きつく娘さんを受け止め、撫でる。

「ティアナちゃんにお礼を言ってほしいの」

「言う。丁重にお礼するよ」

「うん!」

「もう起きてるのか?」

「ジンガナ様が撫でてるの」

「なるほどな」

 しばらくお父さんに甘えてから、京のそばにそそと寄る。

「叔母様、すき」

「私もユーフォが大好きだよぉ♡♡♡」

 一瞬で蕩けた。

 眠たそうなティアナちゃんを抱っこしたジンガナさんも出てきて、リーネアさんに微笑みかける。

「また今度、泊まりにきてね?」

「おう。ありがとうな」



『リナは被害者の支援は上手いんですが、加害者への支援は下手なんですよね』

 客人が帰った夜、カルミア先生とのオンライン通話でそんな話になった。

『加害をする側の心理は、複雑にねじれていたり、本人も傷ついていたりすることがとても多いんです。実は加害者こそかつて被害を受けていたりね』

「……わかります」

『でしょう。リナは鉄の理性と計算でもって、自分の力を振るうかどうか選べますから。加害をしておいて他責に走るとか、被害者意識を持つとかそういった人を理解しづらいんです』

「あの人の思考回路は戦士ですよねー」

『はい。でも、当てる患者はこちらで選別します。ご安心を』

 京はソファの隣で眠っていて、俺の膝にはタミルくんのランプ。

 PC画面の向こうのカルミア先生には、息子であるアズレアくんが膝上でガッチリ抱きついている。寝てはいないらしい。

「先生は。……意外とオウキさん似ですよね」

『嬉しいですが、自分ではあまりわからないんですよね……』

「判断力がすごいなって」

『何事も適材適所です。リナは使い所さえ間違えなければ素晴らしい能力を発揮しますよ』

 カルミア先生も、鉄の理性と計算で判断を下せるお方である。

『……そろそろお開きにしましょうか』

「はい」

『修論がんばってくださいね』

「あざす! では、また」

『さようなら』

 俺が心理士を目指すとなって、たまに相談に乗っていただくようになった。これからも、頑張っていきたい。

「ねえ」

「お、タミルくん」

 ランプの口からにょろんと砂の手。

「……弟妹たちがお世話になってます」

「どしたの?」

「なんとなく。これからもよろしく」

「うん」

 頑張っていきたい。

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