第36話:代理する

 リビングに客人が全員集合で、めーちゃんに抱っこされるノクトさんへ話しかける。

「コマンド制御やら、シンドロームの治療に役立ちそうな情報をまとめた。これ持ってカルのとこ予約して行け」

 まずはリーネアさん。ノートと啓明病院の資料を差し出す。

「……ありがとうございます」

「大尉とも話……いや、おまえの心に毒だから、遮断できるやつをそばにおいて話してくれ」

「私の扱い酷くないか??」

 エドさんをリヴィさんが慰め、ティアナちゃんはユーフォちゃんと抱き合って至福の表情。

 次にルナさん。

「うちの旦那がいろいろ画策してごちゃごちゃやってたみたい。迷惑かけてごめんね」

「糸がもつれていたのでほどきたかった」

「はいはい。……ノクトは大丈夫?」

「はい。ありがとうございました」

 続いてシンビィさん。

「なんか呼ばれたから来た。よくわかんないけどさっきはごめん」

「……あなたは、いつでもあなたらしいですよね」

「? うん。俺は俺でしかない」

「敬愛しております」

「けーあい……ありがとう」

 続いてアネモネさん。

「ノクトは自分で生計も立てているし、そこから生活費も出しているしで、私と夫にとっては特に問題ないの。外の空気を味わう時、どこかに出かけたい時は、制御できる人か気心知れた人と必ず一緒になるようにしているから」

「……お母様……」

「だから今回、ハルネの真意を聞きたいのだけれど?」

 ハルネさんが力強く頷く。

「私は京さんと光太さんから学びました。病気とは治療でき、改善しながら付き合っていけるものだと! …………だから。……ノクトにもと思ったのです。ごめんなさい」

「…………。ありがとう、ハルネさん。しようとしていることを知らせてくださったなら、安心できたかもしれません」

「……ごめんなさい」

 それぞれの空気感と関係性が伝わるやりとりに、胸が暖かくなる。

 俺はお茶や菓子を出したり、和室でお昼寝するユーフォちゃんティアナちゃんの様子を見たりとしていただけだが、平和な様子を見せてもらえて幸せだった。

 なお、京は尊さでトリップしている。



 神様のことでドタバタしたり、ティアナちゃんがノクトさんを口説いてドタバタしたり、とても賑やかだった日曜日から約2週間後。

「今日から図書館で働くことになりました、よろしくお願いいたします」

 本を借りにきたら、カウンター内にノクトさんが収まっていた。

「……よろしくお願いします」

「うふふ。光太さんはイレギュラーに強い方ですわね。そちら返却の本ですか?」

「うす。……」

 紅谷さんは折り紙の式神(ヘリコプターやクレーン車)を大量に操って本を書架に並べている最中だが、ちょいちょい気になるのかこれまた式神(折り紙のフクロウ)でノクトさんの方を見てくる。

「……どういった経緯でここに?」

「ハルネさんのように私も勇気を出せば、コマンドと付き合っていけるかと思いましたの。エドさんから、コマンド制御のヒントをいただきましたところ、まずは人付き合いからとのご指南でした」

「なるほど」

「お父様が『晶介のところなら安心です。俺も様子を見に行きやすいです』と勧めてくださいました。司書の資格はとっておりますし、採用面接も正規のルートで受けましたよ」

 胸を張るノクトさん。

 返却手続きを終えた本は背後の棚に転移で収まる。

「コマンドで転移ってどうやってるんですか?」

 内世界の掌握が得意であるために、精神を介さない現実世界への干渉は苦手だと聞く。

「転移させているのは晶介ですわ。私は手で作業して構わないといいましたのに、働かせてくれないのです」

「姉さんに力仕事をさせられません」

 作業を半ば終え、式神たちを折り紙に戻しながら紅谷さんがやってくる。ひかりちゃんがプレゼントした折り紙を使っていたようだ。

「過保護な弟ですこと。私は晶介がお染伯母様とデートしやすくなるようにと思っておりますのに」

「どうしてそう、気を回しまくってくださるのか……」

 仲の良さが微笑ましい。

 俺は会釈し、借りる本を探しに館内を歩く。

 あちこちにお札はあるが、禍々しい雰囲気はなく、どちらかといえば絵に近いし、折り紙や木彫りのオブジェも棚の本に合わせたものだったりで楽しい場所だ。

「おや、光太じゃないか」

「奇遇ね」

「こんにちは」

 エドさんとリヴィさんとティアナちゃんの超絶美形親子がいた。

 テーブルに座って本を読んでいるだけなのに、絵になる三人である。

「おおお……こんちはっす。来てたんですね」

 この図書館は地域住民にも開放されている。

「ノクトさんの就任祝いに来たんだ。お祝いは渡したから、図書館を見学させてもらおうと思ってね」

「そうでしたか」

 リヴィさんもおっとりと微笑む。

「知識が開かれていることは素晴らしいわ。蔵書もバランスがいい」

「生徒と教員の両方に、聞き取りやアンケートをしているそうですよ」

 俺も『新入生時代の勉強に役立った本』などのアンケートに協力したことがある。知り合いの教員陣にも様々なテーマで依頼がくるらしい。

「いいわねー。ね、ティアナもいい本見つけたものね?」

「うん。発達心理学の初学者向け解説本。引用とコラムが豊富なの」

 おお……さすがティアナちゃん。

「この本、リナも読んだことあるかな?」

「専門だろうし、あるかもしれないね。借りていこうか」

「うん」

 リーネアさんは不登校児や難病の子ども、児童養護施設の子どもたちを対象に、訪問医療やオンラインカウンセリングをしている。もちろん病院内での診察や児童以外の患者対応もしているが、割合としてはそちらの方が多いとのこと。

 ティアナちゃんは学校の友達のことであれこれあって、リーネアさんを尊敬しているそうな。

 微笑ましく思いつつ、あいさつをして本探しの旅に出る。レポートと、修論の中間報告書向けの書籍を見つけたい。

「……お。ボス、ちわす」

「こんにちは」

 社会人文科学研究科の長である鬼神さんと出会った。

 彼女は背後に、社会学部の長である旦那様を連れている。

御蔵みくら先生もちわっす」

「ちわです、光太くん。勉強熱心ですね」

「あざす」

 とても静かで穏やかに話す彼も鬼。鬼神さんよりも白い銀髪と、藍色の瞳の持ち主だ。

「お二人はデートですか?」

「断じて違う」

「ぼくはそのつもり」

 結婚して2年経っても、初々しくてらぶらぶである。

「ひ孫さんがこちらに来たと聞くから、お祝いに来た。彼女は照れやだ」

「勝手なことを言うな」

「こんなふうなのに、きちんと祝いの品も用意しているんだよ。かわいいね」

 鬼神さんはツンデレだから仕方ない。

「光太うるさい黙れ」

「口に出してないのに読まないでくださいよ」

 いつものことではある。

 しかし、あまり騒いでいると紅谷さんからペナルティが飛ぶであろうことは間違いない。

 お二人をノクトさんのいるカウンターへ連れて行くには遠い位置……と思っていると、フクロウに先導されてノクトさんがやってきた。

「まあ、ひいおばあさまと夜鳥やどりさま。逢瀬はどうか人目につかないところでなさってください」

「逢瀬じゃない」

「ノクトちゃんにお祝いを持ってきたよ。妻が悩み抜いて選んだから、ぜひ楽しんで」

 鬼神さんの手を取り、夜空を映すラッピング袋を差し出させる。

「ふふ、ありがとうございます。……デートスポットにはお庭がおすすめですよ」

「うるさい黙れ」

「ありがとう、さっそく行ってくるよ」

 転移で姿が消える。図書館内から外へ転移ができるということは、未処理の本などは持っていなかったのだろう。

 じっくりデートしてきてほしいなー。

「光太さん」

「はい?」

「握手をしましょう」

「……。はい」

 手を握る。

 ノクトさんから金色の火花と線が散り、俺の体内のデフラグを操られる。

 彼女にとって必要な分を必要な濃度で取れるよう、俺に出力調整させていく腕前はとても鮮やかだった。

 ふっと手が離れる。

「感謝いたしますわ」

「いえいえ。あ、今度俺もお祝い持ってきますね。妻と一緒に選びます」

「まあ。お気になさらないでよろしいのに」

「こういうのは気持ちと、末長いお付き合いのためにするもんですから」

「! ……ふふ。ありがとう」

 平和とは素晴らしい!

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