第35話:整理する

 目が覚めて身支度を整え、朝食を済ませて。

 エドさん一家がやってきた。

「お邪魔するよ」

「朝から招いてくださってありがとう」

「おはよう」

 順にエドさん、リヴィさん、ティアナちゃん。

 こちらは俺と京、羽袖さんとルナさん、ジンガナさんとノクトさんが揃っている。

「昨日のおかず、ありがと。すっごく美味しかったわ」

 リヴィさんにお礼を言われ、恐縮である。

「嬉しいっす。エドさんやガーベラさんに協力してもらったんですよ」

「時雨煮の味付けは光太担当なんでしょう? ティアナに大ヒット。今度レシピを教えてね」

「ほんとですか。メールで送ります!」

 嬉しい。

 話をしながら視線を動かしていくと、エドさんは羽袖さん夫婦に挨拶をしている最中で、ティアナちゃんはソファに座るノクトさんの前に立つところ。

「……はじめまして」

「はじめまして、麗しいお姉さん。私はティアナ。これから仲良くして欲しい」

「う、麗しいだなんて。あまりお姉さんを揶揄うものではありませんよ?」

「本気だよ。あなたは美しい」

「…………」

 真っ赤になるノクトさんの頬に指を添え、慈しむように優しい眼差しを送る。8歳の風格とは思えない……

「会えて嬉しいな」

「あ、う……はい……」

 リヴィさんが慌てて駆け寄る。

「ティアナったら、いきなり口説きにいかないの。ごめんなさいね、ノクトさん」

「いえ。大丈夫……です。……好感を抱いてくださっているのが、少し意外でした」

「あなたのお心を感じいれば好感を持つのは必至だ。同じコマンド持ちとして尊敬する」

「…………」

 ノクトさんはリヴィさんの腕に顔を押し付けながら抱きつき、少し経って復活した。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして? ……会えて嬉しいわ」

「?」

「あなたが書いたグラフ理論の論文を参考に、ネットワーク掌握のコツを掴めたの」

「……え」

「うふふふ。……エドったらこっち来ないわね」

 エドさんは話していた京に送り出され、こちらにやってきた。

「はじめまして。エドゥアルトといいます」

「ノクトです。リーネアのお友達なのですよね」

「はい。……」

 珍しく歯切れが悪い感じを受ける。

「?」

 みかねたリヴィさんが間に入る。

「夫はあなたの父君のファンで、あなたに会うのも少し緊張していたのよ」

「まあ。……どの側面のファンですか?」

 シェルさんについてはかなりなところもあるので、質問は仕方ないのかもしれない。

「数学と、それに基づく合理主義です」

 エドさん曰く、軍の下っ端も下っ端だった時代に、シェルさんによる経済学と数学が融合したような論文を偶然読んだのだそう。

「衝撃でした。士気を落とす上官を殺せば戦いやすくなり、地図を塗りつぶせばどんな戦況も切り開けた。シュレミアさんのおかげなんです」

「予想だにしない形でとんでもない影響を与えていますのね……」

「いつかお会いした際には、お礼を申し上げたいところです」

 調子を取り戻したらしいエドさんに、ルナさんが声をかける。

「京から連絡いってるだろうけど、ノクトちゃんはコマンド持ちなのね? あなたの方が使いこなしてると思うの。アドバイスはある?」

「私は至極当たり前のことをやってきただけでして……それに、見たところ強度も量もノクトさんの方が上でいらっしゃる。助けになれるかどうか」

「いいからいいから。コマンド持ちレアなんだもん。ヒントになりそうなことならなんでもいいよ」

「では。私は人権を大切にしてきました」

「ごめんね、ストップ。通訳呼ぶ」



 20分後。

「てめえがナチュラルサイコなせいで尻拭いさせられるんだよ、くたばれ」

「ティアナちゃあん!」

 娘さん連れのリーネアさんがやってきた。

 ユーフォちゃんはティアナちゃんに抱きつき、ティアナちゃんは抱擁を返す。

「朝から『くたばれ』なんて物騒だな。相棒として悲しいよ」

「上官の息子を朝食の場で殴り殺した奴が何言ってんだ」

「だって隊の女性陣に卑猥な言葉を投げるから……昇進したいって言ってたしちょうど良かったんだ」

 軍隊では戦死により二階級特進するという制度があるそうな。なお、そういう使い方をするための制度ではない。

 これを皮肉でなく本気で言っているらしいところがエドさんの怖さ。

 リーネアさんは重いため息を吐いて頭を下げた。

「大尉の頭がおかしくてごめん……」

「気にすんな。……場を仕切り直そうか」

 ルナさんの采配で、ユーフォちゃんとティアナちゃんは別室で京とリヴィさんとジンガナさんが預かり、残る面々でダイニングテーブルにつく。

 俺は家主としてもてなすホスト役である。

「奥さんも外してよかったのかい?」

 ルナさんははじめリヴィさんも残そうとしていたのだが、リーネアさんに『ティアナとユーフォのためにも』と言われて子守りの方へ移した。

「大尉のヤバさを加速させるタイプなんだよ」

「ああ……うちの父様母様に似てるやつか」

「魔法竜王夫妻に似た夫婦関係とは、僭越にも光栄ですね」

「ごめん、この側面についてはあんまり褒めてない」

 エドさんはポジティブなので、特に意に介さない。

「んっんん! ……コマンドシンドローム克服についてなど体験談があれば、ノクトさんに伝えてさしあげてほしいな」

 羽袖さんが割り込むと、エドさんは少し考えてからリーネアさんに丸投げする。

「どうしたらいいかアドバイスがほしいな」

「……パターン世界の経験だと再現性が低いよな?」

「頭が吹き飛んだらシンドロームが収まったことがある」

「よし、却下だ。ちょっと時間をくれ。こいつの倫理観をノクトに直撃させられねえ」

 どこか部屋を貸してほしいと言うので、書斎で良ければと案内させてもらった。

「……みなさま、こんなにも、……助けになろうとしてくださるのですね」

 ノクトさんの呟きは静か。

「…………。……羽袖さん」

「ん。なにかな?」

「あなたもコマンド持ちであらせられる」

 !!

「……そうだ。ディテクト7割コマンド3割なのでシンドロームはほぼ出なかった」

 ディテクトは特殊な命令型神秘で、他の神秘のベクトルを操作する。黒土の神様に対して俺のデフラグを操ったのはこれか。

「私の心は読めますか?」

「『私にコマンドは向いていない』。……そのようだ」

「……ですよね。過分にも代表に収まってしまいました。エドさんに譲れたら良いのですけれど」

 俺と目が合った。

「……エドさんも交代を望むなら、できるかも。ですが……どういう影響が出るかわからないところがあります」

「カルミアくんに予知してもらえば確認できそうですね」

「…………」

 疲れたようなため息。

 助けられるならそうしたいと思うが、本人も迷っていることでデフラグを使っても、良いことは起きない。

 現実に振り向かせるパターンを持つ京も静観している。

「……こんなに量が多くなくてもいいのに」

「減らせばいいの?」

「————」

 転移出現したシンビィさんが、ノクトさんから金色を吸い出す。

 バランスボールくらいの大きさになった金色を手で丸め、野球ボールくらいに圧縮。時間にして5秒程度。

 ノクトさんの目から涙が溢れる。

「…………」

「っ、なんで泣く? ど、どうした。ごめんな。返すか? その、返したからって許されないかもしれないけど、」

「……好き……」

 抱きつく。

 そして、転移出現したアネモネさんを見つける。

「……処刑は待ってほしい」

「しないわ。……ノクト、こっちおいで」

「お母様……」

 抱き寄せて撫でつつ、羽袖さんに微笑む。

「羽袖も回りくどいことをしていないで、口で説明したほうがいいわよ」

「…………。説明が難しくて迷っていた。大変申し訳ない」

 なにやら、羽袖さんにも特殊能力があるようだ。

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