第34話:推理する
「へー、ロザリーの娘? 祝福しよう」
「 !」
「 。 」
「あなたに幸福がありますように」
「もちもちー」
「幸福を祈っているよ」
リビングに我が家の悪竜さんが勢揃いして、お風呂上がりのノクトさんへ祝福を降り注がせていく。
「……ありがとうございます。私は大丈夫」
「可愛がらせろ」
「姪っ子かわいー」
「もちもち!」
赤い顔のノクトさんを、ハルネさんが堂々と撮影しているのでさらに赤くなるのだ。
「おじさま、おばさま。私は、」
「よし、めーちゃん。ノクトを助けてやってね」
この場の悪竜さんでは年長のタミルくんが言い聞かせると、めーちゃんは張り切ってノクトさんに抱きつく。
「まかせて。ノクトちゃんをまもる!」
「……敵がいるわけではないでしょうに」
「おまえを怖がらせるもの、脅かすもの全て敵である。翼の内に入るが良い、愛し子よ」
「…………」
めーちゃんは黒い翼を広げ、ノクトさんを包み込んだ。
「愛している」
「……」
「今日は一緒に寝よう。おじおばはおまえを応援している」
「……………………。はい」
なにやらノクトさんには事情があり、悪竜さんたちはそれを察知しているらしい。
「ソティ、撫でさせてあげて」
「……」
黒ラブ姿に変化しながらやってきて、ノクトさんに頭を預けた。
「ありがとう、ソティおじさま」
「ん」
「……ごめんなさい、先に休ませてもらいますね」
謝ったのは羽袖さんに。シンビィさんの件を軽く話したいとのことだった。
「体調優先だよ。なにも今すぐ急ぎという要件でもないのだから、調子が良い時に」
「ありがとう」
めーちゃんに抱っこされ、ソティさんを連れて悪竜さん部屋に消えていく。
見送った俺たちは、それぞれの所感を話し合う。
まずは京から。
「精製される魔力がぜんぶコマンドだった。初めて見るよ」
続いて俺。
「意外とアネモネさん似ですね?」
次にハルネさん。
「ノクトはシュビィ苦手なんですよねえ」
ルナさん。
「今日も可愛いかった。調子が悪そうなのは心配」
最後に羽袖さん。
「コマンドシンドロームだな」
そのワードに京が反応すると、医者であるルナさんが補足する。
「自分と他人の内世界を強く認知してしまうことで、疲れを感じやすくなる症状だよ。パターンと違って、コマンド持ちは出る種族が限られているからあまり有名じゃないね」
「…………改善は難しいですか」
「難しい。……羽袖はどうして大丈夫だと思っていたの?」
奥方に問われ、羽袖さんは重い息を吐く。
「6千歳だと聞いていたので、症状が重たいと思っていなかったんだ。申し訳ない……」
「ああ……知らなかったらそうも思うか。アリアが場を整えて、モネちゃんが掌握している屋敷の中でならシンドロームはほぼ出ない。なのであの子は在宅仕事」
ハルネさんをじっと見る。
「……どうしていきなり泊まらせようとしたの?」
「直感です。それに、この家ならめーちゃんもいますから! あの翼の内側にいれば、コマンド関連は全て遮断されます」
「はあ……もっとちゃんと話して」
「気をつけますねっ」
仕切り直すように、ルナさんは告げる。
「さっきの発言の意図を、順番に教えてほしい。もちろん直感なら直感でもいいよ。では京から」
「ええと、体内を巡る神秘って、神秘持ちや異種族さんでも単色になることは珍しいんです。もちろん持っている神秘が優勢ですが、大抵はいくらか他の神秘も混じっています」
「ノクトはコマンドの金一色だったってことね」
「はい。……中毒になりかねないのではないかと思っています」
京の表情は心痛。ルナさんも苦く微笑む。
「心配ありがとう。明日、ノクトと話せたら話してあげて?」
「はい!」
次は確か、俺だった。
「……直感で申し訳ないっす。でも、ノクトさんの中身はアネモネさん似だと思います」
「どんなところが……とか言える?」
「んー……持っている力が、たぶんすっごい特殊で強力で。扱いが不安そう……みたいな気がしますね」
そちら方面に詳しくないので憶測まみれになってしまうが。
「シェルさんも強力ですけど、魔法の延長線上にあるといいますか。アネモネさんの方が元々持ってる力が特殊なはずなんです。力の系統まで同じかはわからないですけど……」
「キミの直感は謎な鋭さを見せるね」
羽袖さんのお言葉は過大、そして恐縮である。
「うんうん。それもノクトと話せるといいね。じゃ、次はハルネ」
「コマンド使いはデフォで周囲の人たちの思考をうっすら把握できるのですけれどー。光太さんか羽袖さんの思考を覗いてしまい、シュビィへの苦手意識が蘇ったのかと思います」
「……苦手意識?」
「はい。シュビィは最強ですもの。天敵らしい天敵のいない、海中のシャチのように強いのに、精神性はアンバランス。他者の心を読めるひと、思考が見えるひとはシュビィの心を『できるだけ見たくない』と言うのです。それをどうしようもなく把握するのですから、ノクトにとって恐怖でございます」
俺と羽袖さんは顔を見合わせる。
恐怖の塊と向き合わせるようなことを考えていたら、ノクトさんがそれを読み取っていたのだ。
大変申し訳ない。
「……ええと……切腹した方がいいですか?」
「さすが光太さん、頭がおかしくていらっしゃる。そこまでのことではございませんよ。仕方のないことです。実際、シュビィの治療にはノクトの力が必要になりますし。強いコマンド持ちってレアなのですよね」
「あの」
京が小さく手を挙げる。
「強いコマンド使いさんに心当たりがあります。その方なら、おそらく、シュビィさんと向き合っても平気です。……万全を期すならノクトさんの方が……とはわかっていますが、どうでしょうか」
「ありがたい。すまないが、その人に連絡してもらってもいいだろうか?」
「はい。メールしておきますね」
部屋割りは、客間にルナさん羽袖さん。ジンガナさんのお部屋にハルネさんがお泊まり。俺と京は寝室。
「……あ、返事きた。明日来てくれるって」
「早いね。誰に頼んだの?」
「エドさん!」
「おおう……あのひと、そうだったね……」
「強いコマンド使いさんだよ。兄さんにも確認した!」
いくつかメッセージの並ぶリーネアさんとのチャットには『ノクトの次に強烈なやつだ』と、げんなり顔のスタンプとともにメッセージがあった。……凶悪コンボの片翼だもんなあ。
「なら間違いないよね。でも、コマンドでどうやって身体能力とかあげてるんだろ?」
「自分自身も一つの内世界だから、それをいじれば強化できる。高速飛行は内世界干渉で速度を出しているんだよ。すごいよね」
「自己バフみたいな感じ?」
「うん。音速を超えた飛行でもへっちゃらなように、理屈を超えて体を丈夫にしてるからまさに自己バフ!」
「すごいな……」
それからも京はコマンドについてあれこれ教えてくれ、とても楽しげだった。
京が楽しいと俺は幸せになる。
人に教えられるほど勉強をする、努力家な妻を尊敬する。
「ん……ふぁ」
「そろそろ寝ようか?」
「うん……」
「ランプ消すね」
結婚祝いに妖精さんたちがくれたランプは優しい明かり。消える時にも光が目に優しい変化をする。
「……正太にはやく会いたいなあ」
「俺も」
「みなさんが、お祝いのメッセージと贈り物をたくさんくれるの、すっごく嬉しいんだ。……母親になるの、緊張するけど、がんばるね」
「一緒にがんばろう。周りの人に相談しながら」
「…………結婚しよう?」
「もうしてるよ」
しばらく撫でていると、寝息が聞こえた。
俺も緩やかに眠りに落ちる。
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