第33話:修理する
換気を強力にしながら、台所を磨き上げる。妊娠中はにおいに敏感になるそうだから気をつけたいのだ。
「掃除まで手伝ってもらっちゃってすみません……」
「かまわないよ。私たちもおかずをいただいていく訳だから、お礼はこれで十分さ」
「こういう時は助け合いよ」
エドさんとガーベラさんに頭が上がらない。
「ぜひたくさん持っていってください!」
「家族で美味しくいただくよ」
「私も今日の夕食にさせてもらうわね。シュビィたちのぶんもありがとう」
京も頭を下げようとして、ガーベラさんに止められる。
「お腹をかがめないようにしましょうね」
「! はい」
「そうだとも。私たちは気持ちだけで嬉しい」
「……ありがとうございます」
「では、ひと足先に」
星屑竜である彼は迷いなく窓を開けてベランダに飛び出し、竜と化してかっ飛んでいった。
「まあ、速い」
「ガーベラさんも飛びます?」
「うふふ。私のサイズで竜化したらベランダ崩れちゃうわよ。……ルナ」
羽袖さんにエスコートされながらやってきた娘さんに微笑む。
「楽しんで」
「ありがと、母さん」
ガーベラさんは転移で去った。
我が家本日の宿泊客は、羽袖さんルナさん夫妻だ。
「ルナさんは蒸し鶏と梅干しが食べやすいとのことで、しっとりを目指してみました」
「美味しそう!」
「京はゆがいた豚肉とカボチャといろいろです」
「ありがとう」
食べられそうなものを持って行ってもらえるよう、大皿とトングスタイルだ。
「羽袖さんにはカキフライとホタテのバター炒めメインで、ほかにもいろいろ食べてみてください」
「もてなしがすごい」
「調理にきてくださった人たちのお陰ですよー」
本当に助かった。
「……蒸し鶏柔らかっ!」
「カボチャ、カボチャ……!」
「美味」
つくった料理を美味しいと言ってもらえるのは調理人冥利に尽きる。あとでガーベラさんとエドさんにも感想を伝えよう。
俺もホタテを一口。肉厚大粒で美味い。
「うう……カボチャの食べ過ぎで太りそう……」
「啓明産婦人科の栄養指導を頼るといいよ。サラちゃんと管理栄養士監修」
「依頼してみますっ」
「かわいー♡」
ルナさんと京が話す様子を、羽袖さんは幸せそうに眺めて、時折ノンアル酎ハイを飲むのだ。彼は、ルナさんの出産から授乳期終わりまでアルコールを飲まないと決めているそう。
なんとも幸せで平和な光景だなあ……というところに和室から叫び声。
「わあああん……! ねこちゃん崩れた! なんで形崩すのー……!!」
「お姉ちゃんを泣かせるなんてテメエこの×××!!」
「程々にしときなよー」
泣き叫ぶめーちゃんと、殺意全開のテューバさんと、嘆息気味のソティさん。どうやら、ジンガナさんとご飯を食べていた三姉弟に何やらあったようだ。
立ちあがろうとするこちらテーブルのお三方を制し、様子を見に和室へ向かう。
木桶から引き摺り出された黒土の神様が、テューバさんにボコボコにされている。彼女は知的生命体を操れるため、本来であれば飛散するはずの神様にまとまりを与えた上で殴っているのだろう。
めーちゃんはソティさんを抱っこしながら、ジンガナさんに慰められていた。
「……何が、あったんです?」
「夕食前に、めーちゃんが黒土で猫をつくりましたの。神が動いて形を崩してしまい……かわいそうですわね」
めーちゃんが? それとも神様が……?
「うっ、うっ……上手くできたのに……」
「写真撮ったよ。またつくろう? 今度は粘土でさ」
「ソティ……愛してる……」
「僕も愛してるから、締め上げてこないで」
あやしているソティさんが大変そうなので、俺はテューバさんの方へ向かう。
殴られ続ける神様はせんべい並の薄さ。
「テューバさーん」
「なに、光太?」
「神様触っていいですか?」
「殴ってくれるの?」
「ある意味では殴るより酷いことするよ」
「! あげる」
さすがだ。
木桶に入れ、まとまりも解除してもらう。
デフラグを指にまとわせて、こねる。混ぜる。神様が嫌がっていてもこうするしかない。
「……文明破壊姉弟がいるのすごいな」
「お、羽袖さん。食べててくれて良かったのに」
「助けになろうかと思って。それ、イェソドから来たやつだろう? 厄払いは得意技だから、デフラグを借りて細工する」
「おお、頼もしい!」
なお、めーちゃんとテューバさんはジンガナさんに言い聞かされて手を消毒中。ソティさんは黒ラブ形態から人型に戻ってこちらを見ていた。
「では借りる」
羽衣を出現させ、一枚が俺の手を巻き取る。
残りの数枚が木桶に殺到した。
「不幸を吸って周りを幸福にしろ。そうでなければおまえは生きられない」
冷徹に告げる彼は、やはり神様なのだなと思った。
デフラグをけっこう遠慮なく持っていくので、シヅリさんに頼んでブーストする。
「……不幸を吸う……」
「ああ。その生態になるよう固定する。……あ」
「?」
「ひとつ、思いついたぞ」
羽袖さんはにっこりと笑った。
「シュビィの呪いをこいつに吸わせよう」
「っ……!」
「……といっても、微調整が必要になるかな」
作業が終わったようで、羽衣が消え去る。
すんすん泣いていためーちゃんに『生き物だから言うことを聞かないこともある。気長にやりなさい』とアドバイスしつつ、俺を連れて洗面所へ向かう。
「どういった調整ですか?」
「シュビィの内世界側に働きかけて、体に染みついた言霊を剥がしやすくしたいんだ。コマンドが望ましい……知り合いにコマンド使いは?」
「ノクトさん」
「
手を洗って、食卓へ戻る。
ノクトさんとハルネさんが俺と羽袖さんの席に座っていた。
「「…………」」
驚きと、なんとも言えない気持ちで沈黙してしまう。
ノクトさんが恥ずかしそうに縮こまって京に慰められているのに対し、ハルネさんはきゃあきゃあとルナさんと話しているからだ。
「あっ、お二人ともお帰りなさい! 羽袖くんは久しぶり!」
「……久しぶり」
「聞いてください、今日はノクトとデートしたんですよ♡ らぶらぶです」
「素敵な1日だったんだね。でもノクトが困っているから、いったん落ち着いて。ルナもこういう時は助けてあげようね」
「ごめんなさい。恥じらうノクトが可愛かったの。……光太、二人飛び入り参加だけれど、席を増やしてもらってもいいかしら?」
「もちろんです! 椅子持ってきますね」
もともと大きめダイニングテーブルを4人で使っていたから、あと二人は余裕で入る。
先に皿の配置を変えて詰めてもらい、軽く食べてきたというハルネさんとノクトさんには好きにとってもらうための小皿と、グラスを並べる。
他の部屋に置いていた椅子二脚を配置すれば、セッティングばっちり!
「ありがとう、光太さん」
楽しい晩餐も終わり、片付けも終わった頃。急遽泊まることとなったノクトさんが俺に頭を下げた。
「飛び入りでお夕飯もいただいてしまって。大変美味しゅうございました」
「いえいえそんな、ご丁寧に……」
いまはハルネさんと京がお風呂。羽袖さんとルナさんは和室でジンガナさんと文明破壊姉弟と話している。
「その、ハルネさんがごめんなさい……」
「いつものことなんで大丈夫っすよ。むしろ、あの人が常識的か倫理的な振る舞いをしてる時は調子悪いみたいなんで逆に安心といいますか」
「……ありがとう」
ハルネさんは、幼い頃のノクトさんの面倒を見ていたのだそうだから、第二の母のような存在なのかもしれない。
浮遊しながらやってきたワグニくんがノクトさんを覗き込む。
「おねえさんだれ?」
「初めまして。ノクトと申します。あなたの姪ですわ」
「めい。……だれの娘?」
「54331の娘です」
「おー!」
ノクトさんの虹銀髪を両手でわしゃわしゃ撫でる。
「あいしてる、めい。可愛い弟の可愛い愛し子よ。祝福を」
「……嬉しゅうございます」
「おまえは、たいへんだから、祝福を。幸せであれ」
「…………はい」
こんなふうに神らしい状態のタミルくんは珍しい。
ノクトさんは目を細めて抱擁を受け入れた。
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