第32話:調理する

 オウキくんを抱っこして京の部屋へ。

 そこにはベッドで上体を起こす京を中心に、ジンガナさんとチトキさん、ルナさん羽袖はそでさんが囲んでいた。

「こんちわー」

「! こんにちは」

 眠ってしまったオウキくんをチトキさんへ託す。

「任せきりにしてごめんね。連れてきてくれてありがと……!」

「任せきりだなんて。俺の方が面倒見てもらってましたし、たくさん手伝ってくれたんですよ。客間でお昼寝させてあげてください」

「用意しておりますわ。チトキ、参りましょう」

 微笑むジンガナさんが先導すると、チトキさんは恐縮しながら、周りにお礼を言いながらついていった。

「ハァハァ……お父さん……幸せそう……♡」

 京はオウキくんが大好きなので、彼が幸福であることに喜びを感じている。妻が幸せだと俺も幸せだ。

「元気だね、京♡」

 撫でるルナさんのお腹はゆったりと膨らんでおり、とても尊い。

「お邪魔してるよ。これ、お土産」

「あざす。いらっしゃい」

 羽袖さんから差し出されたのは天神族名産のお菓子と、竜の国名産のフルーツだそう。非常に嬉しい。

「お染がお世話になったね」

「従兄さんなんでしたね」

「そうそう。妹みたいなもので、昔から可愛いお染だよ」

「ははは。愛ですね。お染さんも羽袖さんを慕っておられました」

「嬉しいな。……話は変わるが『ベニヤさま』とやらどんな男? いいやつ?」

「……い、いい人ですよ……?」

 目が本気で怖い。

「なんせお染は恋で盲目。シェルに聞けば『俺にとっては』理論で聖人君子か何かかという評価しか返ってこない。客観で見てどうだ。どんな感じだ」

「…………。大学の司書さんで、すこぶる仕事のできる人です。見た目はいつも清潔感と気品があり、シェルさんのお子さんらしさがあります。ちなみに陰陽師さんとしても腕が立つそうです」

「そんな表面上のことはいい。シェルから散々聞かされた。……もしお染がおまえさんの娘や妹だったとして、任せられる男か?」

「はい」

 間違いなく。

「……ありがとう。胸が軽くなった」

「羽袖は心配性ね」

 ルナさんが笑いながらいうと、羽袖さんが嘆息する。

「竜たちも似たようなものだったよ?」

「うふふふ。娘や妹なんてものは心配でたまらないものよ」

 いわゆる『何処の馬の骨だ』という相手に対して圧迫しない圧迫面接という妙技を生み出すほどに、竜は家族愛が深いのだ。

「せっかくこちらにきたのだから、紅谷くんにも会ってみたいかも。京から見てもいい人?」

「いい人ですよ。お染さんと合作のお守りもくださいました!」

 ベッド横のテーブルに鎮座する、透明な折り紙でつくられた犬の置物を指す。行儀の良いお座り姿の首には、赤や白の糸で編まれた組紐の首輪がかかっている。

「妙だと思ったら陰陽師作か……」

「厄を祓い、福を守る意思が鮮烈なお守りだねー」

「やっぱりそうですよね! 可愛い置物に仕立ててくれたお二人の心遣いも嬉しくて……出産後はお焚き上げをするようにとも忠告してくださったんです。丁寧な方ですよね」

 役目を終えたお守りをお焚き上げすること自体は自然なのだが、『忠告』とつくのが不穏である。

 京の《瞳》に何が見えているのかはわからないが、話の流れからして、強力なお守りであることはわかった。

「お守りって嬉しいよね。私も皇妃様からいただいたの♡」

「わあ、綺麗……! 害なす者を焼き尽くす猛き意思を感じます!」

 ルナさんも手首につけたミサンガのようなものを見せて盛り上がる。仲良きことは美しきかな。

 会話内容が物騒なところも彼女たちらしい。

 遠い目をしていた羽袖さんが、振り払うように首を軽く振った。

「……今日の客人は全員揃った?」

「全員です。正確にはシンビィさんが来る予定だったんすけど、中止ですね」

 少し前にメールが来ていた。

「ああ……雨か」

「天敵ですからね……」

 昼頃に降ったゲリラ豪雨が、マンションを出ようとしていたシンビィさんに直撃してしまったらしい。なのでメールも本人からではなく、奥方のフローラさんからだった。

「あの呪い、解けないものかな」

「たまにセファルさんや翰川先生からも話題に上るんですが……難しいみたいです」

 どう難しいのかを説明すると時間がかかるし、俺もまだ理解半分なので、シンビィさんの妹君たちを頼る他ない……と伝えると、羽袖さんは深く頷いた。

「……今度話そう。できることがあるかもしれない」

「助かります」

 いろんな種族が揃えば、できることも増えるから。



 夕方。

 エドさんとコンロ前に立ち、唐揚げやらカキフライやら野菜やらを揚げに揚げまくっているとインターホン。

「お……」

 揚がったブロッコリーをバットに並べているところだったのを、エドさんが引き取ってくれた。

「出ておいでよ。ガーベラさんもきてくださった」

「行ってらっしゃい」

「助かります!」

 急いで手を洗い、玄関へ走る。

 扉を開けるとそこには、リーネアさんとユーフォちゃん。

「よう」

「ちわちわ!」

「こんにちは。お二人、どうしたんですか?」

 今日は用事があると聞いていたのだが。

「ちょっとだけ寄る時間ができたんでな。じいちゃんに頼まれて、これ届けにきた」

「どーぞっ」

 ユーフォちゃんから差し出された紙袋を受け取る。

 来る人みなさんお土産を持ってきてくださるが、シンビィさんもそのつもりでいてくださったとはありがたい。

「生クリームとバターとチョコだよ!」

「これにカボチャ足して、プリンとかアイスとかつくってくれ」

「わー! 京が喜びます! ……シンビィさん大丈夫なんですか?」

 思わず問いかけると、ユーフォちゃんは心配そうに、リーネアさんは呆れたように表情を変える。リーネアさんが眼鏡をかけている以外、顔が父娘そっくりなのでなんだか面白い。

「……今回、比較的元気だ」

「!? 呪いが解けたんですか」

「違う。雨浴びたの片腕だけだったからってぶった斬った。新しい腕は生やした。……微熱で収まったらしい」

「ギャー!?」

 何してるのあの妖精さん!?

「ひいおじいちゃん泣いてたの……」

「アリスとヒウナにガチ説教された自業自得だ。ユーフォは危ないことしないようにしような」

「うん!」

 ユーフォちゃんは今日も可愛い。

「……あ、そうだ。ちょい待っててください」

「?」

 台所に駆け戻り、頂き物を置かせてもらう。エドさんとガーベラさんに頼んで揚げ物を詰めてもらっている間、ほかのおかず類を自分で詰める。

 タッパーの蓋を閉めたらビニールで包み、頑丈な紙袋にin。

 玄関に駆け戻る。

「お待たせしました!」

「早かったよー」

「うん。すげえ早かった」

「これ、今日我が家で作ってたおかずたちです! リーネアさん宅からの海鮮使ってますよ」

 差し出すと、会釈して受け取る。

「タイミング被っちまったみたいで悪いな」

「いえいえ。嬉しかったですよ。使ってるの全部時間停止タッパーなんで、しばらく車に放置とかしても大丈夫っす」

「助かる」

「わー、唐揚げ!」

 紙袋を覗き込んだユーフォちゃんがうきうきしてくれている。

「ザンギ、だよね! 妹たちも好きなんだよー♡」

「そうなの? 嬉しいなー。ぜひ食べてね!」

「うん!」

 量は多めに入れてある。

 そろそろ帰るというところに、チトキさんと抱っこされたオウキくんが出てきた。オウキくんは眠たげである。

「お」

「♡ おじいちゃん……」

「チトキさん、送るよ」

「……予知してた?」

「した」

 リーネアさんも目に宿る異能を使いこなしている。

「父さん、家に帰ろう」

「んー。帰る……」

「うん」

 家にいる客人たちに挨拶できないことを侘びつつも、妖精さんたちとチトキさんは去って行った。

 平和だ……

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