第28話:話す

「お話、終わったかしら?」

「あ、リチアさん! ミオたち見ててもらってありがとうございます」

 話題がどういった方向へ振れるか不明であったために、ミオとひかりちゃんをリチアさんに預かってもらっていた。

 連れられて戻ってきた二人とも、なにやら真剣にディスカッションしている。

「……なにか見せました?」

「法隆寺建築のシミュレーション番組」

「ああ……ありがとうございます」

 二人の大好物のような番組だ。

 ちびっこが仲良くしている平和を噛み締めていると、翰川先生もやってきて、リチアさんに会釈する。

「娘がお世話になった」

「いいえー。仲良くしてもらって嬉しいわ。……上手くいったのかしら?」

「おそらく」

 いまのお染さんは、京とパールさんに応援されており、面白がっていた炉の神二人がこちらにやってくるところ。

「ひーちゃん、キミのお弟子さん面白い技能だねえ」

「んふふ。自慢の生徒なんだ」

「あーちゃんの基礎がひーちゃんの応用で花開いたような陰陽師だな。尊敬に値する」

「…………。最高の褒め言葉だ。ありがとう」

 そんなやりとりを聞きながら、俺は両側から抱きつくミオとひかりちゃんを撫でていた。

「お父様が心柱だとして、お父様の足は地面に埋まってるんだよ」

「地震に強いね。揺れがずれるね」

「昔の人すごいね」

 二人で法隆寺建築をしているようだ。なんて賢くキュートな子たちなんだろう。

 ミオは職人の卵として、ひかりちゃんは物理学者の卵として好奇心旺盛に学ぶ超可愛い子なのである。

「む、光太。娘がすまない」

「幸せですよ。今の俺は法隆寺の芯です」

「ふふふ」

「お母さんも!」

「先生に抱きつかれたら爆発しちゃうからごめんね」

 敬愛と栄誉によって死を迎える危険性がある。

「むう。……ところで、ミオは紅谷くんと会ったことはあるかな?」

「ないの」

「今度、先生とお母さんと一緒に、会ってみないか?」

「みたい! 折り紙見たい!」

 ミオを先生の方へ送り出し、続いてひかりちゃんも、と思ったが、彼女はオレンジの瞳で俺をじっと見上げていた。

「……どうしたの?」

「光太は、しょーすけくんと友達なの?」

「しょ……うーん……お世話になってる人だね」

「仲良くしてね」

「? ……うん。できれば、良い関係でいられたらと思うよ」

 なんだかんだで、ペナルティの労働中に本を勧めあったりもしているし。

 ひかりちゃんがにっこーと笑う。

 この子は、ご両親に似て周りをよく見ている。

「……ひかりちゃんも、しょーすけくんと友達?」

「うん。しょーすけくん頑張りやさんなの。だから応援したい!」

「そっか。……そっか」

 きっとお染さんもそういうところが好きなんだろうな。

「来て!」

「わ」

 引っ張られた方には、パールさんと京に見守られながら神妙にしているお染さん。

 近くでむむんと仁王立ちするひかりちゃんに気づき、静かに微笑する。

「どうなさったの、可愛い女神さま」

「ひかりは女神じゃないよ。しょーすけくんの友達なの」

「まあ……」

「しょーすけくんを、幸せにしてね!」

「!! ……鋭意努力いたします」

 やりとりに気づいた翰川先生が、ミオを抱っこしたまま慌てて駆けてくる。俺はその光景に涙が止まらない。

「もう、光太っ。いちいち泣かなくていいのに!」

「ずみまぜん……!」

 かつて義足であった彼女が足を取り戻し、走れるようになったことが尊くてたまらない。

「お染さん、娘がすまない」

「いいえ。……いいえ、わたしに足りない覚悟を指摘してくれたのです」

 覚悟?

 この場のおよそ全員が思ったであろう疑問に答えるように、彼女はいう。

「わたし……紅谷さまに、羽衣をお見せしていないのです」

 自由自在に動く不思議な羽衣。改めて観察すると、着物の帯の下に入り込んでいたり、あわせの合間から出てきていたりで、ただ身に纏っているだけではないのがわかる。

「やっぱり、隠せるんですね」

 京の呟きを拾ったのはパールさん。

「日本式の着物を着こなす格式高い種族はいくつかいるけど、自由自在に動く羽衣を持った種族は天神族しかいないもんねえ。超怖いマフィアかヤクザがバックについてる感じ?」

「おじいさまはヤクザではございませんっ」

 天帝様が恐れられていることは事実らしい。

「ふうん。……ひーちゃん的に、紅谷くん視点を推測するとどんな感じ?」

 振られた先生は『本人に聞いたわけではないが』と前置きする。

「挙措から漂うやんごとなき気品に気づかないわけもなく、また、彼女が強大な魔力を持っているともわかっているだろう。ならば超上位の神族であることも予想しているはずだ」

「ふむふむ。つまり、バレバレだと」

 お染さんが涙目になっているが、ご自身の一挙手一投足から溢れ出る威厳と風格に無自覚であることに一番の驚きを感じる。

 王侯貴族にあたる方や、いわゆる名家のご出身の方を見ていて学んだのは、気品とは一朝一夕に身につくものではないということ。

 実は紅谷さんからもそう感じることがあるので、相性は良さそうに思えるのだ。

「ふむ……やはり会うのが一番早いんじゃないか? 紅谷くんに連絡を入れておく」

「そんな、展開が早い……!」

「もしもし、紅谷くん?」

 先生に躊躇いはない。

 30分後からなら空いているとの返事があったそうで、真っ赤になるお染さんを周囲は優しい目で見守っていた。



 25分後。

 着物を整え、髪を結い直したお染さんが、図書館のバックヤード近くの席に座っている。

 そして、服装を変え、マルクトさんによる幻術で存在を誤魔化された俺と京が少し離れた席に座っている。なお、首にはお染さんから伸びた不可視の羽衣が巻かれている。

「「…………」」

 各々無言で本をめくる。

 どうしてこうなったかというと、お染さんが平常心を取り戻せるように、俺と京それぞれの神秘を吸いたいとおっしゃるのでこうなった。

 時折震える羽衣から緊張が伝わってくる。

 10分前から待っていたのだが、俺と京にとっては1時間にも思えるような切実さがあった。

「……お待たせしてすみません」

 足音と声。紅谷さんだ。

「ま、っておりません。今来たところです……!」

「ありがとう。お久しぶりです、染絹さん。……浮かれてしまいました」

「そんな……嬉しゅうございます……」

 お染さんが照れているのがわかる。

「バックヤードの方で話しませんか」

「ぜひ、お話ししたいです……」

 羽衣が俺と京の首から外れた。

 ちらとそちらに視線を向ければ、いくつか本を抱えた紅谷さんと、彼についていくお染さん。

 思わず京と目があって、お互い笑う。

 上手くいくといいな。

「……地下に戻ろっか」

「そうしよ。あとはお二人に任せ——」

「光太くん」

「うお!?」

 視界が歪んだと思ったら、バックヤードにいた。

「い、いいいいいきなり一本釣りはどうかと!? ってか気づいてたんですか!?」

「デフラグ持ちなんてキミくらいしか来ませんし、リソース持ちの女子と一緒なんてキミでしょう」

 ニヤニヤ陰陽師め!

「それより。僕に為川先生作品を勧めた責任として会話を取り持ってください」

「…………」

 机に積まれているのはさまざまな書籍。そのうち、為川歩先生作品が数冊あり、机を挟んで向かいに作者さんがいる。耳まで真っ赤だ。

「作者ご本人を相手に、迸るオタク語りで困らせてしまったのがいまです」

「……なんて語ったんですか?」

「『軽妙な語り口と読者の興味を惹く題材の裏に確かな教養を感じる。このような素晴らしい作品を生み出してくれた作者には感謝を捧げたい』と。彼女は律儀にも返事をしてくださった」

「……うれしかったの……」

 なるほど。付き合えばいいんじゃないかな。

 しかし、まだ彼女は羽衣を出せていない。

 ここから何をどうすれば良いのだろう。紅谷さんも普段のニヤニヤが消えて考え込んでしまっている。

「でも、わたしも助っ人を呼ぶわ」

 現れた羽衣が広がる。……紅谷さんの顔に驚きは見えない。

「わ」

 羽衣から京が呼び出され、着地する。

「京。パターンを貸してくださいね。このままではあらぬことを口走ってしまいそうなの。好きな殿方に作品を褒めてもらえるなんて思わないから、うっかり言ってしまいそうなの」

「……。そうなんですね! それは大変です」

 もう口走っているし、なんなら紅谷さんは赤くした顔を隠すように背けている。

 付き合えばいいんじゃないかな。

「光太くん」

「……なんすか」

「キミと京さん、僕とお絹さんでダブルデートしましょう。……いや、了承をとっていないので失礼かもしれない。そう、おでかけ。おでかけと呼びますね。付き添いをお願いします」

「面倒なので直接聞きますけども、お染さんのこと好きですか?」

 呼び名が明らかに特別だ。

「いやっ、その。っんん! ……素敵な女性だと思っていましたよ。もっと似合う人がいるでしょうし、家柄も釣り合いませんので、好いて……いただけているのは、その」

「…………」

 ここにくる前、翰川先生からは『紅谷の苗字は陰陽師ではない父方のものだよ』と聞いていたこともあり、事情があるのだろうなと思った。

「どうしたらいいのかしら……仲を深めてから、想いを伝えられたらと思いましたのに、こんなふうで……」

「デートを申し込むといいですよ!」

「きゃ……そんな。そんな。はしたないと思われないかしら? 紅谷さまのこと好きだって伝わってしまうかもしれないわ」

「伝わってもいいと思います!」

 ぎしっと固まる紅谷さん。

 うーむ。

 ここはもう、外からの助け舟を呼ぶしかないな。

「翰川先生、埒が開かない感じになったので助けてください」

 敬愛する恩師は、紅谷さんにとっても頼りやすい人だろうから。

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