第27話:調べる

 パールさん、マルクトさん、イェソドさんのお三方は再び映像を観察。

 その間、俺と京とミオは、お染さんから紅谷さんとの出会いを話してもらっていた。

「紅谷さまとは、学会で何度かお会いしていたの……発表もスマートで、どんな人にも物腰柔らか。なんとなく応援したくなるような人だと思っていました」

 ニヤニヤ陰陽師としての彼を知る身としては驚くばかりだが、人はさまざまな面を持つものである。普段の振る舞いの中にも優しさは滲んでいるのですんなりイメージできた。

「ある日、会場で迷子になっていた女の子に、ハンカチでウサギを作ってらっしゃって……優しい声で励まされるものですから、……好きになってしまったのです」

「……甘酸っぱい……♡」

「かわいい……」

 京が尊さにより軽くトリップしている。

 ミオはお染さんのいじらしい様子につられ、少しそわそわ。

「お話は何度かしましたけれども……質疑応答であったり、ポスター発表の議論であったりで……プライベートなことはあまり……」

「……それで今回、図書館に入ってみようとした感じですか?」

 膝上のミオを支えつつ質問すると、彼女は頷きかけて首を振った。

「入れたら……あの方の仕事場所を見られたらと考えたのは確かです。けれど、わたしは、いるだけで魔力を掻き乱しますから。紅谷さまの縄張りを荒らしてしまうのなら、ほ、他のところで、お会いしたいと思ったのですけれど……」

「ハルちゃんとボクが割り込んだってわけだよ☆」

 やってきたパールさんがピースサインを振る。

「この大学ではいろんな神秘持ちと異種族が過ごしてるから、大小様々性質様々なアーカイブが衝突して大変。一歩間違えたら異界化やら魔術現象やらで大事故だ。紅谷くんはそれを防ぐ者の一人だよ」

 異界・異空間によく飲み込まれる一人として、俺は彼への尊敬を新たにする。

「おじいちゃんとマルクトさんにも分析してもらった結果を伝えるね」

「! ……お願いします」

「うん」

 タブレットを見ながら述べるところには。

「彼は陰陽術で、本や書架、家具類、床壁天井に神秘が染みつかないように予防している。正直化け物」

 図書館内のあちこちに折り紙や木彫りのオブジェがあるのもそれの一環らしい。

「入館記録を漁ったところ、神様ど真ん中の人はあんまり入ったことがないみたい。でも他ならぬ《魔力の嵐》なあーちゃんや、コードの塊なひーちゃんが入って大丈夫なら、問題ないと思うよー」

「……!」

「かわいー♡」

 パールさんはくすくすと笑う。

 そして最後を親指で示す。

「で、ひーちゃんとひかりちゃんを呼んだよお」

「うむ、お邪魔します」

「ます!」

 現れたのは、サファイアの髪の女神と、その腕に抱かれるアクアマリンの髪の超可愛い天使(比喩)。

「あびゃあ♡♡」

 京の理性と言語能力が一瞬で蕩ける。

「今日も元気だな!」

「ミオちゃー!」

「ひかりちゃんっ」

 いつものことだが、ふとした拍子にカオスになるなあ。



「紅谷くんは僕のもと研究生! 同じコード使いということもあって、よく話したものだ。というか今もよく話す」

 翰川先生はむむんと仁王立ちで教えてくれた。

「陰陽師としてはシアとシェルの弟子だ!」

「あのひとたちなんでもできるな……」

「世界各国各時代の魔法に精通しているからな。……そちらの天神族さん、聞きたいことは?」

 呼びかけられたお染さんがびくっと跳ねる。

「あ、あ、あ……その、……お師匠さまでらっしゃるのに、手土産も持たず……申し訳ございません」

「いやいや、大丈夫だよ。気にしないでおくれ」

「……紅谷さまをお慕いしております。どうか、情報をくださいっ」

「ふふ……奥ゆかしくも可憐な方だ。できる限りのことを教えよう」

 先生はにこやかに言う。

「まず、彼は独身だ」

 日本国憲法を鑑みればそこが一番重要であった。

 俺含む全員でぽかんとしたので、みんな頭から抜けていたのだと思われる。

 お染さんもぽかんとしてから、安堵の息をつく。

「好みのタイプは不明。いつもどんな誰が相手だろうと似たような微笑みなのでな」

「……そう、なのですね」

「ただ、一つ言えるのは、彼はよく学ぶ人が好きだよ」

「!」

 一喜一憂するお染さんはいじらしく、胸が締めつけられる。恋を応援したくなる。

「紅谷くん自身もよく学ぶし、学ぶ人を応援する素敵な人だと太鼓判を押すよ。なんせコードで陰陽師だからな!」

「……コードで」

 京が呟くと、先生が微笑む。

「気になるかな?」

「はい。……図書館内、私の《瞳》に魔力がほとんど映らないんです。構内をゆっくりと巡る魔力も入り口で遮断されて消えます」

 そういえば先ほど何か言いかけていた。妻は魔力を見る異能を持つのだ。

「コードで、あんなことできるんですね」

「できるよ」

 陰陽師といえば、魔法側——スペル系神秘の領分のように考える。それは京も俺も同じだ。

 妖精さんたちは興味津々にしており、翰川先生も楽しげに話し始めた。

「大前提を話しておくと。式神使って妖怪退治! ……なイメージが強い陰陽師だが、本来は学者や技師に近い人たちだったんだよ。天文、占い。暦や時計も管轄だった」

 ぶたさんプロジェクタで資料を映しながらあれこれ教えていただく。

「もちろん当時は観測技術も科学知識も発展していないから、経験則によるところ大きい。しかし、『病気や死亡といった良くないことが起きた場所・方角は避ける』といったものはいまの感染対策に通じるところがあるだろう? そういう積み重ねをしていた職業なのだ」

 陰陽師について詳しくなったところで、『コードで陰陽師』の解説に入る。

「コードはコードで『科学側の神秘』というイメージが強いものの、本質は『世界の輪郭を描く神秘』だ。紅谷くんはコードで輪郭を描き、空気中を漂う魔法神秘を捕まえて陰陽術を実現しているのだ」

「絵を描くのに、光を描くか影を描くかの違いだね」

 絵を使った魔法を得意とするパールさんが、納得したように頷くと、翰川先生も頷く。

「まさしく。さすがはパール、おしゃれで素敵な喩えを出してくれるな」

「ありがとう。予想してたからこそ、身近なものになぞらえて理解ができた感じ。……でも、質に影響されるね?」

「そこに気づくのもやはり本職だな」

 質とな。

「輪郭を描いて魔法神秘を捕まえ、その形によって陰陽術。というのは、こんな感じだ」

 ホワイトボードに黒のペンで猫の輪郭を描く。輪郭と目の黒ぽち以外には手を加えていない。

「さて、光太。この猫はどんな猫だ?」

「白猫っすね」

「三毛猫のつもりで描いている。しかし実はサビ猫かもしれないし茶トラかもしれない。僕にはわからない」

「あれ!? ……あ!」

 輪郭を描いたとしても、捕まえた中身がわからない。つまり質が安定しない!

「ふふふ、素敵なリアクションをしてくれるものだ。……さて、そちらの炉の神たちから質問は?」

 それぞれ楽しげなイェソドさんとマルクトさんに目を向ける。

「判別する手段は持ってる?」

「異能があるよ」

「ふうん」

「……僕たちが入っても問題ないか?」

「あるはずもない」

 科学者である翰川先生による絶対の自信は、紅谷さんへの信頼に裏付けされている。

「彼がいなければあの図書館には一部の猛者しか入れなくなる。本や書架、床壁天井に染み込む神秘を上書きしつつ、入館者の健康とプライバシーを守っているのだ」

 聞いて思い出すのは、俺にとって馴染み深い場所の仕組みだ。

「……封印監獄みたいなことしてますね?」

「そう、そうなんだよ。彼は1番棟をモデルに理論を考え、安全な施設利用のための魔術を数段発展させたとして魔術学会で特別賞を取っていた。ついでに特許もとっているし、それのライセンス利用料で毎月しっかりお金を稼いでいるすごい男だぞ」

 技術者でもある先生はむふーっとお弟子さんを自慢する。

「封印監獄のほうがもちろん堅固。しかし、アレを実現するためには巨大ショッピングモールもかくやという広さといくつもの機材が必要になるので、悪竜たちのような財力がなくては無理だ。いわゆる簡便化と小型化!」

「ますます話してみたくなってきた! ……でもお染ちゃんに譲るね」

 イェソドさんが示す先には、恋しい人の話に目をきらきらとさせるお染さんがいた。

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