第29話:思い返す
***
安倍晴明から土御門の流れを汲み、陰陽術を生業とする一族。掃いて捨てるほどにはいないが、一般人が想像するよりは多くいる系統だ。
そして、一般人が想像するよりもはるかに衰退している。
「お邪魔します」
俺は見張り役の陰陽師気取りを蹴り飛ばし、その屋敷に踏み込んだ。あいさつは大切だ。向かってきた数人を気絶させ、弱々しい式神を投げてきた者も気絶させる。
魔力を放って探知を行うも、陰陽師の屋敷にあるまじき魔術防御の薄さが気にかかるばかり。侵入者に心配される防御でどうする。
次いで、やたらに輪郭がはっきりとした部屋と、そこから漂う血のにおい。
「ふむ」
強力な神秘を持って生まれた子が、修行と称して痛めつけられている。そういった噂を聞いたので突入したが、真実だったようだ。
昔からの魔術家系には、児童虐待としか言えない修行や教育を課すところもある。神秘が世界に明かされた以上、迅速な法整備がもとめられる部分だ。いつかは家庭内暴力などという言葉を過去のものにしなくてはならない。
この件を相談したミズリの未来予知から考えた通り、やはり環境がよろしくなかった。
目隠しをして、鎖に繋がれた子どもがいる。
「……」
放つ神秘は鮮やかなコードだ。それも、部屋を漂う神秘と部屋そのものに輪郭を与えるくらいの強度の持ち主。俺が出会ってきたコード持ちではひぞれに次ぐ。
(陰陽師の本拠地で?)
考えてみれば理論上不可能ではない、コードによる陰陽術。この屋敷の面々では手に余るはずだ。
しかし、衰退した家系でこれだけ強大な神秘と才能を持って生まれたとなれば珍しいものだろう。神秘反転を試した痕跡もあったことを思い返せば、この子をここに閉じ込めたクソどものしたいことはわかる。
反転などできようもないので無意味だが、いつまで五十年前の迷信を……
考えを振り切り、手当ての道具を出していく。
「……大丈夫ですか」
コードの副作用は、体が再生され続けること。おかげで怪我や病気に強い一方、成長期が重なると地獄の激痛に苛まれる。
ろくな抵抗も、逃走もできず、監禁状態。治りかけの内出血の痕がいくつも見える。
「…………はじめて聞く声だ」
脱水気味に掠れた声。
「はじめまして」
軽く体を起こして、吸い飲みで水を与える。
「見張りは? ほかの人たちの気配がない」
「この時代において子どもを痛めつけるなど許せないので3分の2殺しにしました」
「…………。僕を見る前に半殺し超えの行為をやったの?」
「子どもの血と涙のにおいがするなら証拠は十分です」
「あいまい状況証拠だけじゃん」
賢い子だ。
「事前情報もありましたから。それに人権を大切にするなら証言など当てにすべきではありません。頭を直接覗くか自白魔術をかけます」
「わはは、やべー。やべーのがいる。おにーさん絶対異種族でしょ!」
「陰陽師に退治か調伏をされる側の種族です」
「僕ら本拠地に乗り込まれて負けてるじゃん! あっははははは!」
諦めたような笑みだ。
そんな顔を子どもにさせたくはない。
「包帯、解きますね」
目から病や怪我の気配はない。
「え、ちょ、待っ、」
オレンジの目。コードに染まりきった証がそこにある。
「良い目。……あなたなら術を使えますね」
「……できる、けど。やり方が違うから」
「数学では、同じ問題に複数の解法がある。十人十色の着眼点と手法で解くのですよ。あなたのそれも同じことです」
鎖や枷にはこざかしい呪詛があったが、つまむだけで壊れる。……いくらなんでも軟弱過ぎないか?
「俺はシュレミア。あなたの名前は?」
「……晶介」
「ありがとう。ところで、この家に未練はありますか?」
「ない」
「良かった」
最終的に屋敷は爆散した。
***
「……というのが晶介との出会いです」
「最後爆発しませんでしたか??」
お染さんと紅谷さんの話し合いから三日後の現在地、シェルさんの教員室。紅谷さんとの出会いを教えてくれたのだが、まさかの爆発オチであった。
「人里離れた山奥でしたので、心置きなく爆破しました。多少の家財と名誉と引き換えに命を長らえたのですから彼らには感謝してほしいものです」
シェルさんはやっぱり鬼なんだなあと感じる。言っていることは間違っていないのかもしれないが、どことなく倫理観が飛んでいる。
「……翰川先生に次ぐ強度って半端ないすよね?」
話を逸らすため問うと、シェルさんの隣でお茶をすすっていた紅谷さんが答えてくれた。
「強度だけですよ。量は先生やグリモアルトさんなどに負けます」
最強の悪竜の名を出され、そういう特性なのだと理解する。
「で。聞いてみてどうでしたか」
「…………。聞かせてくださり誠にありがとうございます。ですが、俺に聞かせて……苦しかったりしないですか」
「しません。それに、今回話すにあたって、カルミア先生からも《瞳》でチェックを受けました」
「!」
カラーコンタクトを外したオレンジの目で俺を見据える。
「あなたの目指す進路の先では、僕よりもひどい環境で、誰の救いもなく生きてきた人と出会うこともあるでしょう。お互いの実りになるとも予知してくださったので、そうしました」
僕本人から話すのは止められましたので父さんに頼みました、と付け加え、彼はまたお茶を一口。
俺はテーブルに額がつかんばかりに頭を下げた。
「顔を上げてください。……これは、お絹さんとのことでの、誠意といいますか……そういったことも含んでます」
「何かありましたっけ……?」
「……翰川先生がとりなしにきてくれた後に、天帝様が乗り込んでこられて乱闘になったでしょう。光太くん、気絶してしまって」
「あー! はいはい、大丈夫っすよ。死にませんでしたから!」
確か、天帝様が紅谷さんの式神を拳で弾いて、それが俺の後頭部に直撃したのだとか。気絶していたおかげで顛末を知らない。
さらにその後収拾をつけにきてくれたらしいシェルさんが嘆息する。
「天帝様も、繊細でお優しい姉様が心配なのはわかりますが過保護極まります。晶介の頭を覗くでもなんでもすれば良いでしょうに」
「人外バリバリの意見はともかく。お絹さんが天帝様の孫娘であることよりも、父さんの姉君だったことに驚きましたよ」
知らされていなかったのか……
「知らせたらおまえは妙な遠慮をするでしょう? 先入観なく姉様を見てくれる存在は貴重ですから、恋仲になるにも友人になるにも余計な知識は入れたくなかったのです」
「……そう……似たようなことがあるか知らないけど、次はやめてください」
「? 善処します」
深いため息の紅谷さん。
「お邪魔します」
「します!」
転移で出現した翰川母娘が可愛くてズギュンときた。
翰川先生はコウテイペンギン、ひかりちゃんは子ペンギンのぺんぎんさんバッグを提げており、尊かった。
「しょーすけくんこんにちは!」
「こんにちは」
「おいわい」
子ペンギンのバッグから出てきたのは、日本の伝統的な柄が色とりどりな折り紙パック。
「僕からは、ミズリと選んだ日本酒」
「ありがとうございます。……なんのお祝いでしょう?」
「お付き合いのおいわい!」
「…………。ありがとうございます……」
なんとも言えない表情ながらも赤い顔で受け取る紅谷さんは、ひかりちゃんに撫でられている。なお、ひかりちゃんはシェルさんが持ち上げている。
「お付き合いすることになったんですね。めでたい!」
「意外だな。光太に伝えていなかったのか?」
「京さんの分と合わせてお礼の品を選んでいたんですよ。今日伝えるつもりでした」
なんと、嬉しい心遣いである。
「! すまない、紅谷くん!」
「お気になさらず。お祝いは、嬉しいですよ。ひかりちゃんもありがとう。撫でないでいいからね」
「撫でると幸せになるの。たくさんなでなで!」
ひかりちゃんの尊さで危うく心臓を吐き出すところだというのに、直撃の紅谷さんは落ち着いている。
しかし、ニヤニヤではない照れたような笑みを見せた。
「ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます