第23話:淀む

 会話をしてみた結果。


 ・人魚たちはかつて海神に捧げられたものたちである。

 ・(以前に佳奈子が海神のサイクルを解決した件もあり)なぜ自分たちは必要のない犠牲になったのかと憤っている。

 ・逃れたユリさんと、逃したユリさんのお母様を恨んでいる。

 ・この海は絡みついた執念と、彼女たちが曲がりなりにも海神の化身となったことにより成立する異空間である。

 ・ちなみに俺たちが逃げ回っていることにも怒りを抱いている。


「……俺たちに向けるのは八つ当たりですね」

 少し疲れてきた。転移で逃げ回っている時よりも、防壁を張っていることよりも疲れる。

 ユリさんには耳栓をして、目を瞑って、俺に抱きついて眠っている。魔法は一度かけてしまえばオートだそうなので、ますますすごいと思った。

「ちょっと待っててくださいね!」

 怒鳴られる方が多かった会話をいったん切らせてもらい、ユリさんに展開してもらった泡の中でタブレットにメモをする。

 怒る人魚たちは顔や体に傷や欠損を負っているものが多く、いたましい。ここに救急・整形外科のヒウナ先生がいたら『なんだその雑な傷は!!』とブチギレながら治療を施すだろうに……

「八つ当たりってなんなのよ」

「そいつだけ逃げた!!」

「出てこい」

 見た目には10代後半くらいの女性たちなのだが、言動がとても幼い。赤子か幼子の段階で捧げられていたと聞くからそのせいかもしれない。

「八つ当たりとは! 自分のトゲトゲな気持ちを! 関係のない人にぶつけることです!」

「関係ある!」

「ない!! あなたたちのトゲトゲな怒りや悲しみは、俺にもユリさんにも一切関係ない!!」

「ある!!」

「ない!!!」

 少女たちとしばらく叫び合いが続いたが、脇から他の顔ぶれも口を挟んだ。

「だってそいつ私たちにならなかった、逃げた! なんでそいつだけなの!!」

「なんで私たちは!!」

 いつしか全員がその感情に飲まれ、泣いたり怒ったりを繰り返して叫ぶ。

「…………」

 聞いていた事情や、彼女たちの言葉を聞いてわかったが、この子達は悲しいのだ。

 親から守られることなく、傷つけられて捧げられ。

 必要な犠牲なのだと思っていられれば辛うじての慰めになるのに、生贄が要らなかったと突きつけられ。

 ユリさんのことが恨めしくて仕方ないのもこれだ。

 彼女は母と育ての両親に守られていたから、生贄にはならなかった。

 彼女が逃れたことによって、不要を突きつけられたようにも思っている。

「……なんとか言ってよ。そいつ起こしてよ」

「ごめんなさい。俺が話し相手をします」

 いま、ユリさんはシヅリさんの力で眠っているから。

「なんであんたぜんぶ」

 また騒ぎ出す。

 しばらく、彼女たちが落ち着くまで待っていた。

 シヅリさんと交代で仮眠をとりながら、話はずっと聞いていた。

 眠ったり聞いたり話したりを繰り返して、残り4時間。

 少女たちも疲れてきたのか、怒鳴ることはほとんどなくなっていた。たまに俺の質問に答えてくれたり、転移で渡したクッキーを食べて笑ってくれたりもした。

 ただ、燻る怒りは消えない。声を荒げることも時折あった。

 別にそれでもいいのだ。

 ふとした時に俺やユリさんに怒りを向けてもいい。

 そもそも俺は、俺なんぞの言葉でこの子たちの心が救われて、怒りも悲しみも和らいでいくなんて思っていない。

 それでも、話すことは無駄ではない。

 彼女たちの言葉を書き取って残せば、きっと彼女たちについての調査にも役立てられる。供養に繋げられる。

 影にストックしてある大量のお菓子も、喜んで食べてもらえるならとても嬉しいことだ。

「……そういえば、あなたたちの名前は?」

 ふと気づいて質問すると、彼女らは口を揃えて言った。

「神様に食べられちゃった」

「……」

 外のクジラのことなのかと聞くと、頷く。

「…………。そっか。……みんなはここにいてね」

『こうなると思った』

 相棒たる女神は神殿の外に転移、俺も追いかけて転移。シヅリさんだけ、神殿に退避。

 大口を開けたクジラが眼前に迫るが、避けはしなかった。



「……あなたはメイシー」

 神殿内部で、ユリさんに綴りを教えてもらいながら、名前を書いた紙を渡していく。

 余裕がなくなったので防壁はもう張っていないが、防壁があると手渡しできないし、握手やハグもできないから。感極まって抱きついてくる子や腕のない子にはハグをする。

「あなたは……」

 名前のない子もいた。

 その子たちには、それぞれ要望を聞いて、望めば俺やシヅリさん、ユリさんで考えるし、他の子たちと話し合って決める子もいた。

 名前を取り戻した子、名前を得た子たちは喜んで泳ぎ、踊ったりもする。美しく平和な光景だった。

 クジラが見ているので、外に出られないのは残念だ。

「……さっき、なにしたの?」

 最後の一人。代表格の子、目に包帯を巻かれて片腕を失っている年長の子が、俺から紙を受け取る前に問いかけた。

「死んだだけだよ」

「…………」

「……ごめんね。もっとスマートなやり方ができればいいんだけど」

 俺のしたことは単純だ。

 クジラに飲まれて死んだ瞬間にデフラグを爆散し、この子達の名前を取り戻すことを願った。あとは《復活》してシヅリさんのいるところへ転移した。

 この子達は生き返らないのに、俺だけ生き返ったようで、トラウマを刺激するような行為だ。

「普段なら、いくらでも切腹してお詫びするんだけど……ちょっとギリギリで」

 こんなにデフラグを消費することも滅多にない。《復活》が一度できるかどうかの残量だ。

「死なないで。もうこれ以上、私たちのことで死なないで」

「……ありがとう。死なないよ」

 名前は俺の脳に刻まれる形でこちらに戻ってきた。なんと意地悪な仕様なのだろう。彼女たちに直に渡してくれればよかろうに。

「っと。ごめん、ペン変えるね」

 インクが尽きてしまったペンを離すと、泡の中で神殿の床に落ちる。転がっていこうとしていたのはすぐに止まった。

 クジラは時折、神殿内部から弾き出そうと海流を生み出すのだが、それはユリさんやほかの人魚たちが防いでくれていた。

 なんとありがたいことか。

「……よし、これでいこう」

 影の中には筆記用具もストックしてあり、子どもが喜ぶようにと面白デザインやキラキラペンなども常備しているのだ。彼女らに人気だった偏光キラキラのインクを選ぶ。

「あなた、慣れてるんだね」

「?」

「こういうことと。子どもの扱い」

「ああ、うん……子どもの多いとこでバイトしたりもしてるから」

「そう」

 他の紙でインクの出を試してみる。発色OK。

「それでね。あなたの名前は、ゆりみ……」

 ユリミス。

「…………」

「どうしてあなたが泣くの」

 困ったふうに笑う彼女の口元は、どことなくユリさんに似ている。

 俺に抱きついたままのユリさんも顔を上げた。

「……名前を呼んで」

「…………。あなたの名前は、ユリミスさんです」

「うん」

「会えて嬉しいです」

「わたしも嬉しい」

 腕時計を見ると、残り30分。

 あんなに待ち遠しかった終わりが、今となっては寂しいほどに惜しい。

「怒鳴ってごめんね」

「あなたは一度も怒鳴ってない」

「……あの子達を止めなかったわ」

「怪しい男がいたから警戒してただけでしょう。気にしてません」

「…………。そちらのユリミス、あなたこいつ手放さない方がいいわよ」

「?」

 声をかけられたユリさんは、ますます抱きつく力を強めて顔を押し付けてくる。

 お茶を飲むシヅリさんは『あんた相変わらずよね』となぜか呆れ気味だ。

 どういうことなのか聞いてみようとしたところ、轟音が響いた。

 驚いて外を見ると——クジラの巨体が輪切りにされるところだった。

 神殿内部にいる全員が、唖然としていた。

 海の中では無敵のはずの海神を容易く屠る。そんな真似をしてのけるのは、やはり銀色の鬼畜さん。

 彼はどういった理屈によってか水中を平然と歩き、俺たちのいるところへ窓から飛び込んできた。

「遅れました」

 青い瞳に光はない。一定以上の水深で目が見えなくなる呪いを負っているためだ。

「……シェルさん、目……」

「見えませんが、戦闘に支障はありません」

「でしょうね……」

 さっきのを見ればわかる。俺の質問は心配というより恐れに似た動機での確認である。

 警戒している人魚たちへ、彼は淡々と、しかし優しい声音で告げる。

「外のアレを殺しますので少し待っていてくださいね」



 53回殺し、最後にその亡骸を食べれば海神は死を迎える。そんな作業はシェルさんにとって容易いことなのだそうで、窓の外は戦いと呼ぶには一方的な状況だった。

 最初ハラハラしていた人魚たちも、途中からシェルさんを応援し出すほどには。

「わー、無双……」

 輪切りにされるのは5回目。三枚おろしや乱切りもあった。

「……あーちゃん強いから……」

「だよね。ほんとう、すごい人だよ」

 ユリさんは俺に抱きついたまま見上げる。

「ありがとう」

「? うん」

「……」

 腹に顔をぐりぐり押し付けて、……汗臭くないだろうか。少し気になってしまう。

「その……パーカーありがと。……寒くない?」

「あ、うん。大丈夫。ユリさんのお陰で快適」

「…………」

 背後から咳払いが聞こえ、シヅリさんが出てくる。

「あのね、光太。あんまりそういうこと言わない方がいいわよ」

「え、なんでですか。感謝を伝えるのは人として当たり前のことですよ?」

「……そうだけどさぁ……はあ。人魚相手に……」

「??」

 シヅリさんは呆れを隠さない表情で影に帰っていった。なんだったのだろうか。

 問いただす前にきゃあきゃあわいわいと聞こえていた人魚たちの声が止み、ふと外を見る。

 巨大なクジラよりなお巨大な銀色のトカゲが、クジラを丸呑みするところだった。

「……うん、めっちゃ強い」

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