第24話:揺蕩う
名残惜しくも人魚さんたちの名前を一人一人呼んでお別れし、シェルさんパワーで現世の魔術学部書庫バックヤードに帰還した。
俺の涙が落ち着いたところで、簡単な講義を受ける。
「海は生命を育んだり恵みを与えたりする一方で、命や富を奪うこともする。よってその化身である海神はさまざまな面を持つ神として描かれることが多いですね。今回は四季に当てはめたうちの冬です」
春は命が生まれ、夏は育ち、秋には恵が与えられ、冬は死と厳しい試練を与える。そのうちの冬とのこと。
「生命サイクルってやつとも関係ありますか?」
「はい。クジラの一生に代表されるサイクルは、生まれて育ち、子を生み、老いて死ぬこと。春夏秋冬がこのサイクルにも当てはまるんです。海神が冬の状態でいるときは海や人魚たちも多少荒れるんですよ」
「……あんまり冬でいてほしくない感じですかね」
「なので。……子を産んだばかりで死へ向かう海神が寂しくないようにと、始めてしまったそうです」
「…………」
「あの異空間に取り残されて、海神もどうしようもなかったのでしょうね。以上です」
講義はユリさんも(俺に抱きついて)聞いている。私も聞くと譲らなかった。
「あなたのメモと彼女たちの名前を元に、人魚族や海色竜に調査をしてもらっています。供養も執り行う予定ですので、その時は知らせてくれるそうですよ」
「あざす。……ファレテさん、大丈夫ですか」
講義前に緊急搬送されたと聞いた。
「海水を飲んでしまったそうで、呼吸困難になったとか。今は回復してらっしゃいますよ」
説明してもらったところによると。彼自身もユリさんのお母さんを追ってきた人魚を追い払ったり、最終的にしびれを切らした海神を仕留めたりとしたせいか、『海水を摂取すると体が硬直する呪い』を負ったそうな。
「気合いとバグで耐えていたようです」
「耐えられるのすごいすね……」
「お父様だもの」
「……伯父上は、ユリの無事と足のことで安心したのでしょうね」
ユリさんは足を手に入れている。海から離れても命を維持できるようになったのだ。
「セファルとマヅル様がついていますから、心配はいりません。お見舞いに行きますか?」
「行きます!」
「行く!」
「そうですか。……」
シェルさんはなぜかユリさんを見て、何かを諦めたように微笑む。
「あなたたちも体に異常がないか診てもらうと良いですよ」
「? あざす」
「あーちゃんも行く?」
「俺はスペル世界に行きますから、明日以降に……記録を届けてきますね」
渡したノートやメモを手に言う彼に、俺とユリさんは深く頭を下げた。
ユリさんを抱っこしてバックヤードから出、魔術学部から最も近い出口から外に出れば、あたりは夕焼け。
「……日付が変わってないのは有情だったなあ」
24時間ドタバタしていたが、異空間では時間の流れ方が違う。
「ユリさん、歩いてみる?」
「ん……最初は、お父様とお母様の前で」
「おっけー」
抱え直し、駐車場へ向かう。
シヅリさんと追いかけっこ転移ができれば早く済むのだが、いかんせんデフラグの残量がないので徒歩だ。シヅリさんも消耗しつつ眠っている。
「その靴、可愛いね」
「でしょう」
セファルさんが作った素敵デザインの靴を履いている。
「柔らかで、履く人の姿勢を支える魔法もかかった一級品なのよ。さすがお母様なの」
「さすがだね」
「……重たくない?」
「重たくないよー。抱っこには慣れてるし」
ユリさんの体重は、小柄な見かけよりなお軽い。心配になるくらいだ。
「慣れてる……」
「娘がいるからね」
「……そうなんだ?」
「そうなんだよー。まだ小さいんだけど、可愛くて。だから、ファレテさんとセファルさんの気持ちが、少しわかるんだ」
親というのは、子どもが幸せで笑ってくれるなら、頑張ってしまうものなのだ。そうでなければ親ではないのだ。
「…………ん」
「あ、着いたよ。……」
車の窓から、後部座席に座る天女と天使が見えた。
「……お二人? まさかずっとここにいたとかじゃないですよね……?」
いくら春とはいえ。
扉を開けて声をかけると、眠るハルネさんを撫でるお染さんがにこやかに手を振った。
「ハルちゃんと東京観光を楽しんでおりましたの。あなたたちが帰ってきて、病院に向かうと聞くものですから、合流させていただこうかと」
「ははは……じゃあ、行きましょうか。安全運転で」
ユリさんは助手席に、俺は運転席に着く。
ドアロックを確認していざ出発。
「お父様っ、お母様!」
「……ユリ……」
「歩けるように、なったんだね……!」
俺を支えにしつつ、ユリさんは点滴を受けるファレテさんとそのそばのセファルさんの元へ歩いていく。
「好き。愛してる。大好き……」
「私も大好き!」
セファルさんが抱き留め、ファレテさんもユリさんを撫でる。
「……光太もありがとうね」
「どういたしまして。こちらこそユリさんにはすごく助けられました。居なかったら圧死か溺死ですもん」
「あとでどんな冒険したのか聞かせてね」
「はい」
ユリさんは椅子に座り、ファレテさんの手を握る。
「お父様。元気になったらデートしましょう。お母様も一緒」
「うん。楽しみだ」
聞いているだけで目の奥がつんとしてしまう。
やはり素晴らしい願いだ。
「歩く練習をして、草むらを歩いたり、砂浜を歩いたりね、したいの。博物館やデパートにも行きましょう」
「ぜひ行こう」
「それとね、私、子どもができたの」
「…………………………。光太、ちょっとこっちに」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、それはおかしい! おかしいですよ!!」
もはや覚えがないとかいうレベルじゃない。
それと同時に、シェルさんの謎の反応にピースがはまる。あの人は魂を直視するから、お腹に宿る子どもの魂を見たのだろう。
見たのだろうとはわかるが!
「割とマジで本当に何もしてないですよ!? え、パーカー貸したら妊娠するとか……!?」
「……責めるつもりはないんだ。お詫びもする。でもまずは説明させてくれ」
ユリさんはセファルさんに抱っこされ『
俺はユリさんが座っていた椅子に交代で着席する。
ファレテさんは『娘が本当にごめん』と前置きした上で、人魚族の繁殖について教えてくれた。
「人魚族に男は生まれない。ならどうやって子どもをとなると、単為生殖に近いことをする。自分の魂の複製をつくる感じだから、他の生き物とはまた違う」
単為生殖とは、生き物のメスが単独で子どもをつくることである。
「しかし遺伝的な問題が起こりやすくなるので、ほかの種族が放出する神秘を少しずつ少しずつ取り込んでいき、複製した自分の魂に混ぜる」
「……な、なるほど。じゃあ、」
「間違いなくキミの子どもが生まれる」
「あべぁどうして!?」
「子どもを産めると判断した時点か、『この人の子どもを産みたい』と思った時点で神秘を取り込んで妊娠するから……」
それからも彼は人魚族について丁寧に教えてくださり、言いたいことはつまり『娘がごめんなさい』であった。
俺も混乱が収まり、少しばかり落ち着いてきた。
「……ていうかそういう生態なのに他の水中種族滅ぼしちゃってるんですね」
「スペル世界の『詰んでる種族二大巨頭』の一角は伊達じゃないんだよ」
「不名誉極まりない呼び名……」
「実際、言葉は悪いが、あまり先々を見通したり考えたりするのが得意じゃないタイプが多いよ。頭は悪くないのに衝動性が強いせいで台無しにしてしまう」
うーむ……
「でも。……たぶんあの子はキミのことが本気で好きになったんだね」
「……う、れしい、ですが。結婚してますし妻一筋です」
「わかってる。だから、ごめん。……でも助けてくれてありがとう」
「…………。はい」
ユリさんとはきっちり話し合おう。
……京ともガッチリ話し合おう……
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